◇SH0258◇最三小判、外れ馬券必要経費事件 佐藤修二(2015/03/18)

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最三小判、外れ馬券必要経費事件

岩田合同法律事務所

弁護士 佐 藤 修 二

1.はじめに

 平成27年3月10日、自動購入ソフトを使用して馬券を継続的かつ大量に購入して多額の利益を上げた男性が脱税に問われた事件の最高裁判決があった。判決は、争点であった「外れ馬券の購入費用が必要経費となるか」という点につき、これを肯定した。本件は、広く世間一般の注目を集めたもので、企業における税務問題も含めて課税の在り方全般に示唆を与えるものとして、ここで紹介したい。

2.外れ馬券の購入費用は必要経費か

 本件の争点は、馬券払戻金による所得金額の算定に際して必要経費とされるのは、当り馬券の購入費のみか、外れ馬券の購入費も含まれるのか、という点であった。この点、馬券払戻金による所得が、偶発的な利得として「一時所得」(所得税法34条1項)に該当するならば、所得は個々の払戻金ごとに生じ、必要経費も個々の払戻金収入に対応する当り馬券の購入費のみであると解されるのに対し、本件での馬券購入行動を一体としての経済活動と見れば、馬券払戻金による所得は「営利を目的とした継続的行為から生じた所得」として、一時所得ではなく「雑所得」(同法35条1項)となり、外れ馬券の購入費も、馬券購入活動「全体」に要した支出として必要経費となると解される、という関係にあった。

 最高裁は、男性が自動購入ソフトに独自のデータ分析に基づく設定などを行い、個々のレースで勝つことを目的とするのではなく、長期間を通じて収益を上げようとしていたものであるという行為の態様から、馬券払戻金による所得は、「営利を目的とした継続的行為から生じた所得」(同法34条1項)であり、一時所得ではなく雑所得に該当するものとし、それゆえ、外れ馬券の購入費も必要経費に含まれるものとした。

所得分類

収入とされる金額

必要経費

一時所得

個々の当り馬券の払戻金

個々の当り馬券の購入費

雑所得

全ての当り馬券の払戻金合計額

外れ馬券を含む全馬券購入費

 

3.判決から何を読み取るか

 本件での課税当局側の立論の背景に、通達の存在がある。すなわち、通達は、馬券の払戻金は一時所得と分類しているのである(所得税基本通達34-1(2))。この通達は、売り場で馬券を購入するごく普通の競馬ファンを念頭に置いていると思われ、少なくとも通達の制定当時には、合理的なものであったと言えよう。

 問題は、本件でこの通達をそのまま適用して良かったのか、である。もちろん課税当局は、行政機関として、通達に従うことを求められる立場にある。しかしながら、第一審判決(大阪地判平成25年5月23日LEX/DB文献番号25445678)も指摘するように、その通達自体、前文で、「社会通念」に基づき、個々の事案に妥当する処理を図るよう求めているのである。次に、所得税基本通達の前文を引用する(下線は筆者)。

<所得税基本通達・前文>

この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るよう努められたい

 

 本件での男性の行為は、常識的に見て、継続的な営利活動であると思われ、最高裁判決は、正にそのような「社会通念」に沿った判断を示したものといえよう。ここ数年、司法判断を受けて、国税庁が、通達その他の課税上の取扱いを改める事例も少なくなく[1]、正に本件についても、国税庁は、判決を受けて通達の改正を行う意向を公表している[2]。多くの場合、当局の取扱いは実情に沿った合理的なものであろうが、変化の激しい現代にあって、とりわけ変化のスピードの速いビジネスの世界においてはなおのこと、常に当局の取扱いが妥当であるとは言い切れないのではなかろうか。納税者としては、当局の取扱いに沿った課税であっても、社会通念に照らして納得の行かない場合、裁判所の判断を求めるべき場面もあるように思われる。



[1] 例えば、東京高判平成25年2月28日裁判所ウェブサイトを受けてなされた財産評価基本通達の改正(国税庁ホームページ《https://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h24/kabushikhoyu/index.htm》を参照)、東京地判平成24年6月21日判例時報2231号20頁を受けてなされた相続税における「庭内神し」の取扱いの変更(国税庁ホームページ《https://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h24/teinai/01.htm》を参照)などがある。

(さとう・しゅうじ)

岩田合同法律事務所弁護士。2000年弁護士登録。1997年東京大学法学部、2005年ハーバード・ロースクール(LL.M., Tax Concentration)各卒業。2005年Davis Polk & Wardwell LLP (NY)勤務。2011年~2014年東京国税不服審判所国税審判官。中里実他編著『国際租税訴訟の最前線』(共著、有斐閣、2010)等税務に関する著作多数。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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