租税における公平の実現
第2回
首都大学東京法科大学院教授・弁護士
饗 庭 靖 之
第1 租税における公平の内容
3 租税における公平の裁判所の判断
租税における公平の、裁判における判断の例として、大島訴訟の最判昭和30年3月27日判決を取り上げる。
同訴訟では、旧所得税法が、給与所得については、事業所得のように実額による経費控除を認めず、概算経費控除としての給与所得控除を認めるに止まることが、憲法14条等1項に違反するかどうかとの問題を争点とする。
判決は、第1に旧所得税法が給与所得について実額控除を認めず、給与所得控除を設けた目的は、①「給与所得者は、事業所得者等と異なり、自己の計算と危険とにおいて事業を遂行するものではなく、使用者の定めるところに従って役務を提供し、対価として給与をもらうが、職場における勤務上必要な設備、器具、備品等に係る費用は使用者において負担するのが通例であり、給与所得者が勤務に関連して費用の支出をする場合であっても、各自の性格その他の主観的事情を反映して支出形態、金額を異にし、収入金額の関連性が間接的かつ不明確とならざるを得ず、必要経費と家事上の経費又はこれに関連する経費との明瞭な区分が困難であるのが一般であること」と、②「給与所得者の申告に基づき必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行うことは、技術的及び量的に相当の困難と租税徴収費用の増加を免れず、税務執行上の混乱を生じる懸念があり、また、各自の主観的事情や立証技術の巧拙によって租税負担の不公平をもたらすおそれもある。」ためであり、租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することを制度の目的としているので正当であるとする。
判決は、第2に「給与所得控除の制度が合理性を有するかどうかは、結局のところ、給与所得控除の額が給与所得にかかる必要経費の額との対比において相当性を有するかどうかにかかる」とし、「職務上必要な諸設備、備品等は使用者が負担するのが通例であり、また、職務に関し必要な旅行や通勤の費用に充てるための金銭給付、職務の性質上欠くことのできない現物給付などおおむね非課税所得として扱われていることを考慮すれば、自ら負担する必要経費の額が一般に給与所得控除の額を明らかに上回るものと認めることは困難である」とし、旧所得税法の規定は、憲法14条等1項に違反しないことを判示している。
以上の判決の判断は、給与所得者と事業所得者という異なる所得間において、実質的な公平を図るための立法措置には裁量性があり、所得の性質の違いを理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当で、区別の態様が著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法14条1項に反していないとしている。
4 租税法律主義
(1) 租税法律主義と租税回避行為
税は、憲法の租税法律主義により、法律の規定に該当してはじめて課税される。そのため、法律の規定に該当しないように行動する租税回避行為が起きる。
意図的な租税回避行為は、徴税権を無効化する行為なので、意図的な租税回避行為ができないように、法律で徴税する範囲を拡大して、租税回避行為に対して徴税できるように、立法措置がとられる。
このように、法律によって形成される徴税範囲に入らないように租税回避ができるよう納税者は行動するインセンティブを持つ。このようなインセンティブが現実の行動となって更に課税範囲を拡大するいたちごっこを防ぐためには、納税者間での公平性が確保されるような徴税の範囲を形成する必要がある。
(2) 租税回避行為への対応
租税回避行為に対する直接的な法的対応の手段としては、税法の中に個別的否認規定と一般的否認規定を規定することがある。
わが国では、個別的否認規定として、同族会社の行為または計算、法人組織再編成にかかる行為または計算、連結法人にかかる行為または計算その他に関する規定がある。また、一般的否認規定は導入されていないが、税負担の公平性や予見可能性・法的安定の低下や企業の競争条件の不公平性や税収確保の問題を生じさせないため、一般的否認規定を導入すべきとの意見がある。[1]
租税回避についての否認規定を設けることについては、仮に一般的な否認規定を設けたとしても、租税を課するにはあらかじめ法規で課税根拠を規定しておかなければならないという租税法定主義の枠がある。
したがって、租税回避行為を実効的に防ぐためには、そもそも租税回避行為ができるような穴が開いた税法体系にすべきでないという対応が基本的に必要である。
租税回避行為ができるような穴が開いていない税法体系とは、原理原則に忠実で、例外規定を持つことなく、単純明快であって課税ベースを広く薄くする税体系にすることだと考えられる。