◇SH2498◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(158)日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉚ 岩倉秀雄(2019/04/23)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(158)

―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉚―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、組織の危機管理に関する筆者の基本的考え方について述べた。

 どれほど真摯にコンプライアンス強化に取り組んだとしても不測の事態は発生するので、企業は、危機発生前・危機発生時・危機収束後のそれぞれの組織状況に応じた危機管理の準備をしなければならない。

 危機管理の最上の策は「危機の予防」であり、そのために最も重要なものは、「経営者のマインド」である。

 アイアン・ミトロフによる「たまねぎモデル」でも指摘されているように、トップがリスク管理や危機管理の重要性を組織内に共通認識化し、組織文化にビルトインしなければ、危機の芽は見過ごされて成長し、組織は危機に陥る。

 特に、経営トップは減点主義の組織文化や専制的マネジメントスタイルに陥らないように努力し、現場のマイナス情報がもみ消されない風通しの良い組織文化を作らなければならない。

 そして、最悪の事態を想定した危機対応計画を策定し、メディアトレーニング等、シミュレーションを実施しておく必要がある。

 今回は、筆者の問題認識と視点を明らかにしたうえで、リスク管理と危機管理の違いについて考察する。

 

【日本ミルクコミュニィティ㈱のコンプライアンス㉚:組織の危機管理②】

1. 問題認識と考察の視点

 経営者がコンプライアンスの定着を目指して組織文化の革新に真摯に取り組み、経営上の危機を招かないよう経営戦略上の意思決定を適正に行ったとしても、事件や事故の発生可能性をゼロにすることはできない。

 組織には自然災害や事件・事故等の不測の事態が発生する可能性が常に存在し、いったん危機が発生すると組織にとって致命傷になる場合もある。

 したがって、組織は、平時から自然災害や事件・事故等の発生する可能性を想定し、これを予防するいわゆる管理(リスク・マネジメント)はもとより、危機が発生した場合にこれを迅速・的確に処理し今後の経営に生かす危機管理(クライシスマネジメント)についても研究し、対応力を強化しておく必要がある。

 論者の経験では、危機への備えのない組織は、いったん危機が発生すると大混乱に陥り、平時では想像もつかないほどコミュニケーションや意思決定に支障を来す。

時には、パニック状態に陥る場合すらあり、後から振り返って「何故あのときあのような対応をしたのか? もっと上手に対応していたら組織の危機ははるかに小さかったに違いない」と思うことになる。

 また、同じような不祥事を起こしたにもかかわらず、ある組織はメディアから徹底的に叩かれ、ある組織はわずかにその事実を報道されただけで済む場合もある。

 ここでは、自然災害が発生した時の危機管理や事業継続について考察するのではなく、組織が自らの責任で法令違反等の不祥事を発生させた場合にどう対応するべきかについて考察の対象とする。

 コンプライアンスの研究は、本来そのようなことが、発生しないようにするためにどうするべきかについて研究するものであるが、原子力発電所の危機管理に象徴されるように「あってはならないことだから考察の対象としない」のではなく、不祥事が発生した時の危機対応について「万が一に備えて準備しておく」ことも、社会の安定と組織の持続的発展の視点から重要である。

 一定規模以上の組織であれば、危機や不祥事に備えて、危機管理体制や事業継続について研究し準備していると想定されるが、論者が実際に企業不祥事を経験し危機対策本部の事務局メンバーとして危機対応と経営再建策の策定・実施にあたった経験では、危機を経験した当事者にのみ語り得るさまざまの課題が存在することを実感した。

 危機管理の研究は、組織が築いてきたすべての財産を失う危険を予防し、万一危機が発生した場合にはそのダメージを最小限に抑え早期に脱出する方法を探ることであり、経営者にとっては日頃重要視している経営戦略(効果的な資源配分を通して組織の存続・発展可能性を高めること)の研究と同等以上に重要であるかもしれない。

 

2.「リスク管理」と「危機管理」の定義と関係

 「リスク」の定義は、「起こりうる結果の変動」[1]のような広義のとらえ方から、「通常のビジネス過程で発生し、組織の経営資源に損失または損害をもたらすと思われる事態の発生要因およびその影響」[2]のように経営に絞った狭義のとらえ方までさまざまである。

 本稿の目的は、主に企業不祥事が発生した場合を想定した危機管理を考察することなので、ここでは「リスク」を「経営にマイナスの結果を引き起こす要因やその影響」とし、危機(クライシス)を「組織の存続を脅かすほど大きな経営上のマイナス要因やその影響」とする。

 「リスク」は組織の存続に影響を与えないレベルであるのに対し、「危機」は組織の存続に大きな影響を与えるレベルの経営上の脅威であるが、最初は「リスク」であったものが、何の手も打たずに放置されて「危機」に成長することも十分にあり得る。

 また、「リスク管理」とは、「リスクの発生可能性やその影響を一定以下に保ち、場合によってはあえてリスクを保有しつつ、万一それが発生した場合にはただちに対応できるように管理下におくこと」とし、「危機管理(クライシスマネジメント)」を「危機の発生を予防し、万一危機が発生した場合にはその影響を最小に抑え早期にダメージから回復し、危機の処理過程を通じて学習した内容を以後の経営管理に役立てる一連のプロセス」とする。

 なお、本稿では、リスクが緊急事態(重大な不測の事態が局地的に発生する)を引き起こし、その処理に失敗して危機となるケースについても想定する。

 以上のとおり「リスク」、「リスク管理」、「危機」、「危機管理」をそれぞれ定義して、以後、危機の発生段階に沿って危機管理の要諦について考察する。

つづく



[1] 武井勲『リスク・マネジメントと危機管理』(中央経済社、1998年)2頁

[2] 大泉光一『危機管理学研究』(文眞堂、2001年)42~43頁

 

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