企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
3.「製品規格」の仕組みが業法・有害物質規制・表示規制等の遵守に有効
例6 食品・飲食店営業(食品衛生法)
• 食品の安全性の確保のために、公衆衛生の見地から必要な規制・措置を行い、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、国民の健康の保護を図ることを目的として、食品衛生法は、基本的に次のように定めている[1]。
(以下、本項の条数は2018年6月13日に公布された改正食品衛生法による)
これを見ると、安全のための公的な基準・規格(以下の2.2~2.5)を定めるとともに、HACCP[2]やリコール制度等のマネジメントの仕組みを求めており、「製品規格」の要素を備えていることが分かる。
〔食品衛生法の概要〕
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1. 食品等事業者の努力義務(3条1項~3項)
- 1) 自らの責任で安全性を確保するため、知識・技術の習得、原材料の安全性確保、自主検査の実施等。
- 2) 危害の発生防止に必要な範囲で、販売食品等・原材料を販売した者の名称等の記録を作成・保存。
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3) 食品衛生上の危害発生の防止のため、上記2)の記録を国・都道府県等に提供、危害原因となった販売食品の廃棄等の迅速・適確な措置。
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2. 販売用の食品、添加物、器具、容器包装等の取扱の原則
- 1) 販売用の食品・添加物の採取・製造・調理・貯蔵・運搬等は、清潔で衛生的に行うこと。(5条)
- 2) 次の食品・添加物は、販売等するために採取・製造・輸入・加工・調理・貯蔵等してはならない。(6条)
- ・ 腐敗、変敗、未熟のもの。ただし、一般に人の健康を損なわず飲食に適すると認められているものは除く。
- ・ 有毒、有害な物質を含有・付着(又はその疑い)したもの。ただし、厚生労働大臣が定めるものを除く。
- ・ 病原微生物による汚染(又はその疑い)があり、人の健康を損なうおそれがあるもの。
- ・ 不潔、異物混入(又は添加)等により、人の健康を損なうおそれがあるもの。
- 3) 厚生労働大臣は、販売用の食品・添加物を規制し、製造等の基準や成分規格を定めることができる。
- 基準違反の製造・加工・販売等、規格不適合の食品等の製造・輸入・加工・販売等は、禁止される。
- ・ 同大臣は、新開発食品の危害発生防止のため食品としての販売を禁止できる。(7条)
- ・ 同大臣が未承認の添加物(これを含む製剤・食品を含む)は、販売用等の製造・輸入等を禁じる。(12条)
- ・ 同大臣が定める基準・規格[3]に合わない食品・添加物は、販売等してはならない。(13条)
- 4) 厚生労働大臣・内閣総理大臣は「食品添加物公定書」を作成し、添加物の基準・規格を収載する。(21条)
- 5) 規格が定められた食品・添加物・器具・容器包装は、政令の区分に従って厚生労働大臣等の検査を受け、厚生労働省令による合格表示を付さなければ、販売や営業上の使用をしてはならない。(25条)
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(注) 食品健康影響評価(リスク評価)
日本では内閣府食品安全委員会が独立して、中立公正な立場で科学的に行う[4]。この結果に基づいて、厚生労働省・農林水産省・消費者庁等の行政機関が必要なリスク管理[5]を行う。
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3. 乳製品・厚生労働大臣が定めた添加物・その他製造/加工の過程で衛生考慮を求めて政令で定める食品・添加物の製造等を行う営業者は、施設毎に専任の「食品衛生管理者」を置かなければならない。(48条)
- (注1) 営業者が自ら食品衛生管理者となって管理する施設についてはその必要がない。
- (注2) 製造・加工を複数の隣接する施設で行う場合は、その隣接する施設全体について1人置けば足りる。
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「食品衛生管理者[6]」は、営業者に対し必要な意見を述べなければならない。
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4. 厚生労働省令で定めるHACCP等の措置(50条の2)
- ① 厚生労働大臣は、営業施設の衛生的管理その他公衆衛生上必要な措置について、省令で次の事項の基準を定める。
- 1) 施設内外の清潔保持、ねずみ・昆虫の駆除・その他一般的な衛生管理に関すること。
- 2) 食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための取組に関すること。(HACCP)
- ② 営業者は、上記①で定められた基準に従い、省令に基づく公衆衛生上必要な措置を定めて遵守しなければならない。
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③ 都道府県知事等は、①の基準に反しない限り、公衆衛生上必要な措置を条例で定めることができる。
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5. 都道府県は、政令で定める営業(公衆衛生に与える影響が著しい)の施設[7]につき、厚生労働省令で定める基準[8]を参酌して、条例で、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない。(51条、54条)
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6. 営業の許可制度・届出制度[9](55条、57条)
- ・ 54条(上記5.)の営業を営むには、厚生労働省令に従って都道府県知事の許可を受けなければならない。
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・ 54条(上記5.)以外の営業を営むには、予め、省令で定める事項を都道府県知事に届出なければならない。
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7. リコール情報の報告制度(58条)
- ① 営業者が、次のいずれかに該当する場合であって、製造・輸入・販売等した食品・添加物、販売した器具・容器包装を回収するとき(当局の命令を受けて回収するとき等を除く)は、厚生労働省令・内閣府令で定めるところにより、遅滞なく、回収に着手した旨・回収の状況を都道府県知事に届け出なければならない。
- ・ 食の安全の規定に違反し、又は違反するおそれがある場合
- ・ 大臣による販売禁止措置に違反し、又は違反するおそれがある場合
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② 都道府県知事は、上記の届出があつたときは、厚生労働省令・内閣府令で定めるところにより、厚生労働大臣又は内閣総理大臣に報告しなければならない。
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8. 食中毒に関する届出、調査、報告(63条、64条)
- ① 食中毒患者等を診断・死体検案した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出る義務を負う。
- ② 保健所長は、①の届出を受けたときその他食中毒患者等の発生を認めるときは、速やかに都道府県知事等に報告し、政令に従って調査しなければならない。
- ③ 都道府県知事等は、②の報告を受けた場合、厚生労働省令に従って、直ちに厚生労働大臣に報告しなければならない。
- ④ 保健所長は、②の調査を行つたときは、政令の定めに従って都道府県知事等に報告しなければならない。
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⑤ 都道府県知事等は、④の報告を受けたときは、政令の定めにより、厚生労働大臣に報告しなければならない。
- 9. 違反者の公表(69条)
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厚生労働大臣・内閣総理大臣・都道府県知事は、食品衛生上の危害の発生を防止するため、食品衛生法違反又は同法に基づく処分に違反した者の名称等を公表し、食品衛生上の危害の状況を明らかにするよう努める。
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10. 食品衛生法に規定する権限の委任(80条)
- ・ 厚生労働大臣の権限は、厚生労働省令で定めるところにより、地方厚生局長に委任することができる。
- 地方厚生局長に委任されたこの権限は、厚生労働省令の定めにより、地方厚生支局長に委任することができる。
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・ 内閣総理大臣は、政令で定めるものを除き、この法律による権限を消費者庁長官に委任する。
- 11. 罰則(81条~89条)
- 食品衛生法に違反した者(個人、法人)には、懲役刑・罰金刑が科される。
〔HACCP導入のための「7原則、12手順」[10]〕
HACCPを実践するための基本プロセスは以下の通りである。
しかし、これを様々な業界の業務に当てはめて具体的なマネジメントシステムを策定するのは、必ずしも容易ではない。そこで、厚生労働省ではHACCP導入の手引を業界毎に作成し[11]、中小規模の事業者が容易に導入できるようにしている。
HACCPの導入では、まず「手順1」から「手順5」までを行って、「手順6 危害要因分析」の準備をする。
続いて、HACCPの「原則1(=手順6)」から「原則7(=手順12)」を実践する。
- 手順 1 HACCPチームの編成
- 手順 2 製品説明書[12]の作成 製品の安全の特徴を示す
- 手順 3 意図する用途・対象者(消費者)を確認 (例)加熱の有無等
- 手順 4 製造工程図の作成 受入~製造~出荷(~食事提供)
- 手順 5 製造工程図を現場で確認
- 手順 6【原則1】危害要因(ハザード)分析の実施 原材料、工程、包装等
- 手順 7【原則2】重要管理点(CCP[13])の決定 加熱殺菌、金属探知等
- 手順 8【原則3】管理基準(CL[14])の設定
- 手順 9【原則4】モニタリング[15]方法の設定
- 手順10【原則5】不具合があった場合の「改善措置」の設定
- 手順11【原則6】検証(定期的に見直す)方法の設定
- 手順12【原則7】記録の文書化と保管
(筆者の見方)
HACCP等の経営管理システムの導入は、様々な手引書を参考にして、企業が自社の事業現場に適する方法を自ら考案して行うのが望ましい。形式的にひな形の管理システムを導入しても、市場(各国の規制[16]を含む)・技術・従業員等の変化に対応できず、いずれ、本来の管理目的(生産性を含む)を実現できなくなる可能性が大きい。
(参考)さまざまな民間認証の規格がある(例)。
ISO22000(食品安全マネジメントシステム)、GFSI(国際食品安全イニシアチブ)が承認するスキーム[17]、JFS(日本の食品安全管理規格)、HALAL(ハラ―ル。イスラム教義に基づいて処理・加工した食品等)
[1] 食品衛生法1条
[2] Hazard Analysis Critical Control Pointの略(HACCP ハサップ)。1960年代に米国で開発された宇宙食の安全確保の手法 HACCPが1993年に国連の Codex 委員会(国際食品規格委員会)ガイドラインに取り入れられた。近年、HACCPを義務付ける国が増えている。
[3] (例)「食品、添加物等の基準・規格」(昭和34年厚生省告示第370号)第2添加物(2017年11月30日現在)は、通則、一般試験法、試薬・試液等、成分規格・保存基準各条、製造基準、使用基準を定める。
[4] 食品安全基本法22条~38条
[5] 最大残留基準値の設定、規格・輸入基準の設定、検査・サーベイランス(調査、監視)・指導等
[6] 医師、歯科医師、薬剤師、獣医師その他法定の資格に該当する者でなければ、食品衛生管理者となることができない。(食品衛生法48条6項1号~4号)
[7] 食品衛生法施行令35条で34業種(1972年までに定められた。その後、2019年2月まで変更がない。)が定められており、見直しが行われている。例えば、スーパーマーケットでは飲食店営業・乳類販売業・魚介類販売業・食肉販売業等の複数の営業許可が必要で、近年の生産・流通形態の変化に対応していないと産業界から指摘されている。
[8] 「営業施設基準の準則(昭和32年9月9日衛環発第43号の別添)」が厚生省から許可営業施設の最低基準案(技術的助言)として各都道府県知事等あてに発出され、その後、更新されている。
[9] 1施設で複数の営業許可を申請する現状を改善する。
[10] 厚生労働省「食品製造における HACCP入門のための手引書」より
[11]〔手引の例〕乳・乳製品編、食肉製品編、清涼飲料水編、水産加工品編、容器包装詰加圧加熱殺菌食品編、大量調理施設編、と畜・食鳥肉処理編、食鳥処理・食鳥肉処理編、漬物編、生菓子編、焼菓子編、豆腐編、麺類編
[12] 原材料・特性をまとめ、危害要因分析の基礎資料とする。レシピ、仕様書等も可。
[13] Critical Control Pointの略。特に厳重に管理する必要があり、かつ危害の発生を防止するために、食品中の危害要因を予防もしくは除去、又は、それを許容できるレベルに低減するために必須な段階。
[14] Critical Limitの略。危害要因を管理する上で許容できるか否かを区別するモニタリング・パラメータの限界。
[15] CCPが管理状態にあるか否かを確認するために行う観察、測定、試験検査。
[16] EU、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等が義務化している。
[17] FSSC22000、SQF、GLOBALG.A.P.(欧州の流通小売の大手企業が設定した取引要件)等