◇SH0948◇最二小判 平成28年7月8日 清算金請求事件(小貫芳信裁判長)

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 本件は、再生手続開始の決定を受けた証券会社Xが、信託銀行Yとの間で基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結して行っていた通貨オプション取引及び通貨スワップ取引(以下「本件取引」という。)が終了したとして、本件基本契約に基づき、Yに対し、清算金の支払等を求めた事案である。これに対し、Yは、Xの再生手続開始の決定後、Yと完全親会社を同じくする他の株式会社が再生債務者であるXに対して有する再生債権を自働債権、XがYに対して有する前記清算金の支払請求権を受働債権とする本件基本契約に基づく相殺(以下「本件相殺」という。)をしたことによって、前記清算金の支払請求権が消滅したと主張した。そこで、再生債権者と再生債務者との間において債権債務の対立(以下、再生債権者と再生債務者との間における債権債務の対立を単に「相互性」という。)を欠く本件相殺が、民事再生法(以下「法」という。)92条1項により認められる相殺に当たるか否かが争われた。

 

 本件の事実関係の概要は、次のとおりである。

 (1) Xは、投資銀行であった米国法人A社の子会社であり、Y及び証券会社であるB株式会社は、ともに持株会社であるC株式会社の完全子会社であった。

 (2) Xは、平成19年、Yとの間で本件基本契約を締結し、本件取引を行っていた。本件基本契約には、一方の当事者(甲)の信用保証提供者が破産決定その他救済を求める手続の開始を申し立てた場合には、甲につき期限の利益を喪失する事由に該当することとなるものとし、同事由の発生に伴い行われる関連手続の開始等の時点で当事者間に存在する全ての取引が終了する旨の定めとともに、同事由が生じた場合には、甲が再生債務者となった場合であっても、他方の当事者(乙)が、自らの関係会社(乙と共通の支配下にある法的主体等を指す。)の甲に対する債権を自働債権とし、甲の乙に対する債権を受働債権として相殺することを許容する旨の定め(以下、この定めを「本件相殺条項」という。)があった(なお、本件基本契約は、1992年版のISDAマスター契約(ISDA(国際スワップ・デリバティブズ協会)が作成したデリバティブ取引の標準契約書)に依拠したものであるが、本件相殺条項はISDAマスター契約と異なる特則として設けられたものである。)。

 (3) 本件基本契約におけるXの信用保証提供者であるA社が平成20年9月15日に米国連邦倒産法第11章の適用申請を行ったことから本件取引は終了し、XはYに対して本件基本契約に基づく清算金債権(以下「本件清算金債権」という。)を取得した。他方、B株式会社も、Xとの間で本件基本契約と同様の基本契約を締結して取引を行っていたところ、同取引は同日に終了し、B株式会社はXに対し、同基本契約に基づき、本件清算金債権を上回る金額の清算金債権を取得した。

 (4) Xは、その後、再生手続開始の決定を受けたところ、Yは、再生債権の届出期間内に前記(3)のB株式会社のXに対する清算金債権を自働債権、XのYに対する本件清算金債権を受働債権として、対当額において相殺する旨の本件相殺をした。

 

 原判決は、本件相殺は、2当事者が互いに債務を負担する場合における相殺ではないが、Xの再生手続開始の時点で再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在するものであると認められ、かつ、再生債権者間の公平、平等を害するものであるとはいえないことから、法92条により許容されるとした上で、本件清算金債権は本件相殺によりその全額が消滅したとして、Xの請求を棄却すべきものとした。

 これに対し、本判決は、再生債務者に対して債務を負担する者が、当該債務に係る債権を受働債権とし、自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は、これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても、法92条1項によりすることができる相殺に該当しないとの判断を示し、これによれば、本件相殺も同項によりすることができる相殺に該当しないものとし、原判決を変更して、Xの請求を一部認容した。

 

 法は、再生債権につき再生手続開始後は原則として再生計画の定めるところによらなければ消滅させる行為を禁止する(85条)など、再生債権者間の公平、平等な扱いを基本原則としている。これに対し、「互いに」同種の債権を有する当事者間において、相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することは、通常、再生債権についての再生債権者の公平、平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではないことから、法92条は、破産法等と同様の考え方の下に、再生債権者による相殺権を保障したものと解される。このことは、最大判昭和45・6・24民集24巻6号712頁及び最二小判平成24・5・28民集66巻7号3123頁からすれば、明らかであるものと考えられる。

 ところで、学説においては、一般的に、法92条1項による相殺が認められるためには相互性が要件であるとの説明がされている(伊藤眞『破産法・民事再生法〔第3版〕』(有斐閣、2014)465、905頁、園尾隆司=小林秀之編『条解民事再生法〔第3版〕』(弘文堂、2013)478頁〔山本克己〕、全国倒産処理弁護士ネットワーク編『新注釈民事再生法(上)〔第2版〕』(金融財政事情研究会、2010)500頁〔中西正〕、山本克己ほか編『新基本法コンメンタール 民事再生法』(日本評論社、2015)222頁〔佐藤鉄男〕等)。他方、相互性を欠く相殺が法92条1項により認められる場合があるのか否かにつき、これまでに特に目立った議論がされていたものではなく、相互性を欠く相殺が同条により許容されるとした裁判例も本件の原判決及びこれと同旨の原々審判決以外には見当たらない。

 法は、相殺の意義につき特別に定義した規定を設けておらず、法92条1項の相殺の意義は民法の定めるところによるべきものと考えられるところ、民法505条は、法定相殺につき、2人が互いに債務を負担することを要件としている。また、法92条1項は、文言上、再生債権者が「再生債務者に対して債務を負担する場合において」相殺することができるものと定めている。仮に相互性を欠く相殺が法92条1項により認められるとすれば、「互いに」同種の債権を有する当事者間における相殺の担保的機能に対する期待を保護しながらも、再生債権についての再生債権者間の公平、平等な扱いを実現しようとした法の趣旨ないし政策判断を没却するものであって相当とはいえないし、むしろ、法93条以下の相殺の禁止に関する規定は相互性があることを前提としており、そのような規定の存在は、法92条1項による相殺が認められるために相互性を要求することと整合的であるものと考えられる。これらによれば、法92条1項による相殺が認められるためには、あくまでも相互性が要件となっているものと考えられる。

 もっとも、本件相殺は、本件取引が終了する前に本件の当事者間において合意されていた本件相殺条項に基づくものであるところ、合意に基づくものであれば相互性を欠く相殺も法92条1項により認められるとの解釈が可能か否かも問題となるところである。法の相殺の禁止に関する規定は、再生債権者間の公平、平等を図ることを目的とする強行規定である以上、これに反してされた相殺は合意に基づくものであっても無効であると解することで特に異論がないものと思われる(園尾=小林・前掲499頁〔山本克己〕、山本和彦ほか『倒産法概説〔第2版補訂版〕』(弘文堂、2015)264-265、267頁〔沖野眞已〕、山本ほか前掲・222頁〔佐藤鉄男〕等。なお、破産法に関し、最三小判昭和52・12・6民集31巻7号961頁参照)。これに対し、法92条1項は相殺の禁止を定めたものではないが、再生手続の下において相互性を欠く相殺も合意に基づく限り認められるとすれば、法の相殺権に関する規定の存在意義を否定することになりかねないし、相殺の禁止の規定に反してされた相殺は合意に基づくものでも無効であると解することとのバランスも考慮すれば、合意に基づくものであるからといって相互性を欠く相殺が同項により認められるとするのは相当でないものと考えられる。

 以上のような検討を踏まえ、原判決が相互性を欠く本件相殺が法92条1項により許容されるものとしたことに対し、本判決は、相互性を欠く相殺が同項により認められる相殺に当たらず、それは合意に基づくものであっても異なるものではないとの一般論を前提とした上で、本件の場面に即し、再生債務者に対して債務を負担する者が、当該債務に係る債権を受働債権とし、自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺であっても、前記の一般論と別異の解釈をするべきではないものと判断したと思われる。そして、本判決は、法92条1項に関して判断を示したものであるが、同種の規定である破産法67条1項、会社更生法48条1項にも同様の考え方が及ぶものと考えられる。

 

 なお、本判決には千葉裁判官による詳細な補足意見が付されている。その内容は、法廷意見の内容を敷衍するとともに、形式的には相互性を欠く相殺につき、実質的には相互性が認められるものと評価できる場合には、法92条の類推適用等によって再生手続の下においても認められるとする解釈の余地があり得るとしても、本件相殺はそのような場合に当たらないことなどを念のために検討したものであると考えられる。

 

 本判決は、法92条1項により認められる相殺における相互性の要件に関して最高裁として新たに判断したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。

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