企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
2. トレーサビリティ(追跡可能性)の確保
(3) トレーサビリティシステムの導入促進
2003年に農林水産省から「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」が公表された[1]。その後、農林水産省は、中小零細企業での取組率の向上を図って各種の「食品トレーサビリティ『実践的なマニュアル』」を作成している。
例 総論、取組手法編、各論(農業編、畜産業編、漁業編、製造・加工業編、卸売業編、小売業編、外食・中食業編)
業界団体も、それぞれのトレーサビリティ導入ガイドラインを策定している。
例(2004年~2006年) 青果物、外食産業、国産牛肉、鶏卵、貝類(カキ・ホタテ)、養殖魚、海苔
それぞれの食品等事業者が「HACCPに沿った衛生管理」を適切に実行し、併せて、材料・製造・流通等の段階毎に各事業者が材料・製品・商品の管理に必要な、製品(又は、包装・梱包)単位に付与した番号(ロット番号[2])を追跡する仕組みを作ると、食品業界全体として精度の高いトレーサビリティを確保することができる。
そのうえで、食品安全に係る適切なリスク情報を、必要とする者に迅速に伝達する仕組みを整備・充実することが望まれる。
3. 情報の取り扱い基準の共有
経営管理は、企業の財産である人・金・物・情報を対象にして行う。
企業の中には、次のように、至る所に情報(データの形が多い)があり、その多くが記録されている。
- ・ 購買は、物品授受、受入検査結果、受入数、工場への払出数、取引先動向等を記録する。
- ・ 工場は、作業員の作業、切削・加工・組立の実績、機械・検査装置の稼働、良品完成数等を記録する。
- ・ 開発・設計は、実験結果・発明、製品仕様の決定過程、設計図・仕様書等を記録する。
- ・ 営業は、顧客別販売実績、市場・取引先からのクレーム(返品を含む)、市場動向等を記録する。
- ・ 人事は、社員の採用・退職、出勤・欠勤、給与計算(天引きを含む)、人事考課等を記録する。
- ・ 経理は、現預金・債権・債務の出入・増減・残高、決算・原価計算等を記録する。
これらの情報は企業の財産であり、これを経営に活かすことができれば、企業の活力は高まる。
本項では、企業の経営情報について、(1)取得・利用のルール、(2)情報セキュリティ管理、(3)文書・情報の管理の水準、(4)社会への情報発信(経営情報、危険情報等)、の観点で考察する。
(1) 情報(記録・データを含む)の取得・利用のルール
企業の経営活動の中で取得した未加工の情報(ナマ情報)の取り扱い(記録の作成を含む)、及び、その利用に関する社内ルールを作って、第4層(いわゆる「現場」)[3]の業務の基盤を正確なものにする。
存在・事実を「直接」裏付ける未加工の情報(ナマ情報)には、例えば、次のようなものがある。情報の媒体・種類に応じて、適切な管理方法を実施する。
-
情報の媒体:
紙類(図面・写真を含む)、電子媒体(データ、画像・音等の情報)、サンプル、等 -
情報の種類:
計測データ、検査データ(設計図・成分表・検査済証・合格証を含む)
基準値(重量、寸法、強度、電気特性、成分等)、規格(製品の規格、方法の規格等)
製品への表示(製品名・品番・生産地、含有成分、材料明細等)
物品・電子情報の授受・移動(出荷記録・廃棄記録、送り状、納品書、受領書、PCの操作ログ等)
金銭等の授受(現金・有価証券授受の記録、銀行振込記録、ネット送金記録、請求書、領収書等)
対話・討議・交渉の経緯(顧客からのクレーム受付、会議議事録、会話録音、交渉記録・履歴、契約書等)
公的手続きの実施(届出書・報告書等の提出・受理記録等)
存在の確認(在庫の棚卸し結果、現金・有価証券・固定資産等の現物照合結果等)
入退室・入出門・特定場所での挙動(警備巡回記録、タイムカード打刻、監視カメラ記録等) - (注)「情報の取得・保存・廃棄」に関して、責任者・方法・場所・保存期間等を定める。
① 情報の取得・取扱いの基準を作る。
1) 人の恣意性やミスを排除する仕組みにする。
牽制・点検する作業を追加して、恣意性及びミスを排除する。
自動化・機械化(人が介在しない作業)が有効であり、これを積極的に採用することが望ましい。
ただし、これらの仕組みは、作業全体の生産性を下げないように工夫することが重要である。
牽制・点検の工程の追加は、記録の作業を重複させることになり、コストと作業時間がかかる。
自動化・機械化には、設備投資及び情報セキュリティ投資(初期投資、継続管理費)が必要になる。
2) 社内の基準・規格は、常に、法令や公的な基準・規格と同等以上の水準に設定する。
例 JIS規格には次の規定があり、社内基準はこれらに適合することが必須である。
製品規格: 形状、寸法、材質、品質、性能、機能 等
方法規格:試験、分析、検査及び測定の方法 等
基本規格:用語、記号、単位 等
なお、法令や公的な基準・規格が無い場合は、必要に応じて自社独自の基準・規格を設定する。
この場合は、設定した背景・根拠を記録して、保存する。
グループ内で統一基準を定める例もある。グローバル企業が統一基準を制定する場合は、各国・地域の最新の規格・基準を反映させる必要があり、これを実際に運用する体制を整備しなければならない。
3) 設計、製造、購買、施工、サービス提供等の業務をそれぞれの規程・基準に従って行い、その実施記録を作成して残す(通常は、一連の業務プロセスの中に組み込まれる。)。
- 例1 メーカーでは、実験、試験、分析、検査、計測、測定、組立・加工・判定等の業務が行われる。
- 例2 銀行では、本人確認(個人の場合)[4]が行われる。 銀行等は、一定の取引(口座開設・貸金庫等の取引開始・一定額以上の振込み・融資取引等)について顧客が本人であることを窓口で「取引時確認」するために「本人確認書類」の提示を求め、取引目的・職業等を確認しなければならない[5]。
4) 外部の第三者から取得した情報は、ナマ情報として業務に用いることがあるが、経営に大きな影響を与える情報については、それが正確であることを自ら確かめる必要がある。
-
事業者が部品・材料を調達する場合:必要に応じて、抜取検査・全数検査等の受入検査を行う。
なお、「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針(消費者庁)[6] 」は、商品・役務の長所・要点を一般消費者に訴求するために、その内容等について積極的に表示を行う場合に、その表示の根拠となる情報を確認することを求める。 ただし、この「確認」がなされたといえるかどうかは個別具体的に判断され、全ての場合について、商品の流通過程を遡って調査を行うことや商品の鑑定・検査等を行うことまでを求められるものではない、としている。 -
消費者の場合:必要な知識修得・必要な情報収集を行う等自主的・合理的に行動するように努める[7]。
(注) 国は、消費者が商品の購入・使用・役務利用に際しその選択等を誤ることがないようにするため、商品・役務の広告・表示に関する制度を整備して必要な施策を講ずる[8]。
② 社内の基準・規格に適合するモノ(商品、仕掛品、材料等)・サービスだけを業務に用いる。
1) 基準・規格に不適合のものは、速やかに検出して除去し、再発防止の仕組みを作る。
「適合」のみを、次の段階(顧客への提供を含む)に進める。
「不適合」は、自らが分担する業務範囲内で除去・停止等し、次の段階(工程、部門)に流さない。
「不適合」の場合は、直ちにその内容を記録・分析して、再発防止策を講じる。
再発防止策の検討では、現行の「基準・規格」及び「作業の仕組み」の妥当性も検討する。
2) 暫定措置を講じた場合は、「暫定」の状況が終った段階で、遅滞なく元の状態に戻す。
例 契約に基づく部品・材料等の「特別採用(特採)」を行った場合は、取引条件等を元に戻す。
- (参考) 取引基本契約書の「特別採用(特採)」条項の例
- ⑴ 発注者は、受入検査の結果「不合格」と判定された目的物について、その「不合格」が些細な事由によるもので、発注者の工夫により使用可能であると認めるときは、納入者と協議のうえ、その目的物の納入価格を値引きしてこれを引き取ることができる。
- ⑵ ⑴で行われる納入者から発注者への目的物の引き渡しは、発注者がその目的物を受け入れた時に行われたものとする。
- ⑶ ⑴に定める納入価格の値引額については、そのつど、発注者と納入者が協議して決める。
[1] 2007年(平成19年)に改訂版が作成された。
[2] 最近は、バーコード、QRコード、ICチップ等を用いて管理する例が増えている。
[3] 本稿の「第2章 第1部1.(4)第4層(ガイドライン、マニュアル、作業指図書等)」を参照。
[4] (本人確認書類)1.窓口で原本を直接提示して確認する。運転免許証、運転経歴証明書、パスポート、マイナンバーカード等。2.次の「本人確認書類」については、窓口で原本提示に加えて補完書類の原本提示を求める。各種健康保険証・各種年金手帳、顔写真の貼付がない各種福祉手帳(母子健康手帳等)等。(一般社団法人全国銀行協会HPより(2019年5月14日時点))
[5] 犯罪収益移転防止法4条1項
[6] 平成26年(2014年)11月14日内閣府告示第276号「第4 事業者が講ずべき表示等の管理上の措置の内容」
[7] 消費者基本法7条
[8] 消費者基本法15条