◇SH2816◇英文契約検討のViewpoint 第12回 複雑な英文契約への対応(11)、相手方案への対応(上) 大胡 誠(2019/10/09)

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英文契約検討のViewpoint

第12回 複雑な英文契約への対応(11)、相手方案への対応(上)

柳田国際法律事務所

弁護士 大 胡   誠

 ⑤ 各国の規制法(承前)

 そのほかの規制について

 各国におけるビジネスの規制法制には種々のものがある。経済活動に対する規制法としては、前回言及した競争法が代表的なものの一つで、市場経済における経済活動の原則を定めるものと位置づけられている。その一方、各国においては、(主要な)産業を規制し、保護し、あるいは発展させるための法律が立法されていることが多く、当該産業に関連する国際契約(≒英文契約)を作成・検討する際には、契約の対象に応じて関係国の規制も検討しなければならない。

 こうした規制には国情や産業の特性に応じて多様なものがある。典型的なものとしては、人体に有害な物質についての規制、金融・証券分野についての規制、電気通信分野についての規制などは各国において見受けられよう[295]

 知的財産法について

 また、上記のような「規制」とは些か趣旨を異にするが、契約の内容に大きな影響を及ぼすものとしては、各国の知的財産法制がある。

 租税法について

 更に、各国の所得税、法人税などの租税法がビジネスを行う上で重要なことは指摘するまでもない。特定の産業の振興、雇用の創出など様々な政策目的のために、租税上の優遇策が設けられ、それを前提に当該国や地域への直接投資を行う場合には、その直接投資に係る契約が優遇策の要件に沿うものか検討を要しよう。

 租税法については、関係国間の租税条約にも留意が求められる。また、たとえば、外国に設立した子会社との取引については、移転価格の問題にも注意を要しよう。

 

5 相手方案への対応

 ① ビジネスの理解再論

 連載第1回(NBL1132号)から今回の冒頭部分まで、相手方当事者の契約案を示されたとき[296]、その内容をどのように分析していくか、を念頭に検討してきた。まず強調したことは、ビジネスを理解することの重要性である。ビジネスの理解がなければ、法的な分析の基となる事実の認識ができないし、また、検討する契約案の内容がビジネスに適切かの判断に必要な基準も認識できない。また、ビジネスを理解しておくことは、英文を読み込んでいく時にも、英文で書かれるべきことをあらかじめ日本語で知っておくことになるので、不慣れな外国語に取り組んでいく者には大きな助けとなろうことも指摘した。ビジネスの理解の重要性は連載の第1回に縷々記載したが、再度、ここで強調しておきたい。

 ビジネスの理解を基に、英文契約案の分析を進めていくことになるが、連載第3回(NBL1136号)においては、まずは明文で書かれている事項を理解し、次いで書かれていない事項についても分析を進めていくことを指摘し、連載第9回(NBL1148号)までは、概ね書かれている事項の理解に関連することについて記述した。連載第10回(NBL1150号)以降の内容に鑑みれば、書かれていない事項の分析は、準拠法となる国の法律はもとより、適用される各国の規制法などをも踏まえる必要があり、複雑な契約となれば決して簡単なことではないことは推察されるであろう。当該法律に習熟した外国の弁護士の助力も必要となるところで、この点については後述する。

 相手方当事者の契約案を分析すれば、その契約案に立った場合、当方のビジネス目標の達成にどのような支障(リスク)が生じるかがわかるから、そのようなリスクを回避し、かつ、相手方当事者からも合意を得ることのできる条項案を作成することが、この修正案の作成である。「ビジネス目標の達成」こそ重要であるから、修正案の作成においても再びビジネスの理解を基にする必要がある。なお、修正案を作成しようとする時点においては、やがては両当事者の合意を導かなければならないのであるから、ビジネスの理解は当方の立場からのみではなく、相手方当事者の視点からの理解(すなわち、相手方当事者のビジネス目標は何か)もなされていれば好ましい。相手方当事者のビジネス目標を的確に理解することは必ずしも容易なことではなく、自社の事業部門からの情報や相手方当事者の契約案の分析によって推察するほかないことが少なくないが、どのような契約でも多かれ少なかれ、両当事者ともビジネスを相手方当事者の視点からも見てみようとしているはずである。

 ② 修正案の作成

 基本的視点

 さて、相手方当事者案の分析は、それ自体が目的ではなく、それに基づいて、修正案を作成し、これを相手に合意させることが目的である。以下においては、どのように修正案を作り、合意までに進めていくのかを検討しよう。

 英文契約案の修正といっても、合意に至らんとする過程なのであるから、どうやったら当方のビジネス目標を達成しつつ、相手方当事者のビジネス目標をも(それなりに)両立させられるかが基本的な問題であって、英文契約としてよく使われるスタイル(たとえば連載第1回に示したようなもの)になるように体裁を整えたり、条項の文言を手元の雛型に合わせたりすることではない。

 自社案の正当性

 「合意に至らんとする過程」と書いたが、当方が相手方当事者の契約案を丸呑みしてしまえば、あるいは、相手方当事者が当方の修正案を異議なく受け入れてしまえば、容易に合意に達する。しかし、そのようなことはほとんどありえず、いずれの当事者もその意向を契約の文言に組み入れるべく、交渉や契約修正案のやり取りが行われる。こうした過程において当方の契約修正案を相手方当事者に受け入れさせて合意に至らしめる推進力はなんだろうか。いろいろな見解があり得るし、筆者はいわゆる「交渉学」について特段の知見があるわけではないが、思うに、その一つは、当方の契約案の正当性を主張できること、逆に言えば、相手方当事者案の不当性を指摘できることであろう。

 この種の主張は三つほどのカテゴリーに分類できるのではないかと思う。最も端的な例は、相手方当事者案の違法性を指摘することであり、この違法性の指摘が適切なものであれば、相手方当事者はその契約案を撤回するか、少なくとも違法な箇所は修正せざるを得なくなるから、当方の契約案に対する相手方当事者の合意を得やすくなる(一つ目のカテゴリー)。

 また、相手方当事者案に記載された条項には予め両当事者間でビジネスの前提としていた共通のビジネス目標やスキームと整合しない条項があるとの指摘や、相手方当事者案に記載された条項相互間に整合性の欠けるところがある旨の指摘も、それが適切な指摘であれば、相手方当事者の契約案を修正させる大きな力となりうる(二つ目のカテゴリー)。ただし、前者の指摘については、相手方当事者から、相手方当事者案は予め両当事者間でビジネスの前提としていた共通のビジネス目標やスキームに反するものではないとの反論がなされることが多いであろう。

 三つ目のカテゴリーは、相手方当事者案に記載された条項が不公平であることの指摘や、不公正であることの指摘である。すなわち、相手方当事者案に記載された条項が自社に過大な負担を招来する、あるいは、社会規範やビジネスの常識に反しているとの指摘である。端的な例は、Distributorship Agreementに係る契約交渉において、販売店(distributor)となる当事者が、製造事業者たる相手方当事者の提示している販売店に課される条件(販売スタッフの水準・教育、設備、品揃え、在庫など)が一般的レベルに照らして著しく高い(そのため販売店の利益が少ない)と指摘することである。この例からも明らかであるが、不公平であるか、不公正であるかは、それぞれの立場から見解に相違がある場合が多く、単に不公平・不公正と指摘しただけでは、相手方が修正に応じないことのほうが多いであろう。このような場合、たとえば、販売店に課される条件がそのような高レベルであると市場での顧客に対する販売価格が高額とならざるを得ないため、顧客に受け入れられず、共通のビジネス目標の達成(市場での顧客への販売量の増大)ができなくなる、との主張ができるような場合であれば、相手方当事者が再考する可能性を若干なりとも高められよう(このような主張は上記二つ目のカテゴリーとなる)。また、たとえば、日本の独占禁止法が適用される事案であれば、指摘する不公平性や不公正性が、不公正な取引方法(優越的な地位の濫用、不当な拘束条件付取引など)に該当する余地があるとの指摘までできるようなときには、相手方が修正に応じる余地はさらに大きくなろう(このような主張は上記一つ目のカテゴリーとなる)。

 いずれにせよ、当方案の正当性、相手方当事者案の不当性の指摘は、相応の論理性が必要である。理屈抜きで相手方当事者案に反対しても、それは単に当方の希望を述べているにすぎず、交渉は進まない。当方案の正当性、相手方当事者案の不当性の指摘は、いわば理屈の力で、相手方当事者から契約案修正に対する合意を得ようとするものである。上記の三つ目のカテゴリーについての例でも、少なくとも相場に照らし高すぎることを示せることが前提である。

つづく



[295] なお、国際的な取引に関する大きな枠組みとしては、世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(WTO協定)とその附属書に納められた諸協定(GATT、GATS、TRIPSなど)があるほか、国際投資についての様々な投資協定などが各国間に存在する。

[296] 国際契約の交渉においては、自分で作成したドラフトで交渉をスタートさせた方が有利との見解がある(中村秀雄『新版 国際契約交渉のキーポイント』(商事法務研究会、1998)119頁参照)。その指摘のとおりかとも思うが、常に自分のドラフトで交渉できるわけではなく、相手方当事者のドラフトが早々に提示されて、それに基づく交渉になることも少なくなかろう。一連の連載においては、このような状況を想定して検討してきた。

 

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