企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
5. 知的財産の管理
(1) 知的財産を活用してビジネスを作る
② 無形資産(ソフト)中心のビジネス
1) 著作権ビジネス
流通の変化やICT (情報通信技術)の進歩に伴って著作権関係のビジネスは大きく変わり、これに伴って著作権法が頻繁に改正された。
- (注1) 情報は、紙、絵画キャンパス、フィルム、サンプル(試作品)、レコード、CD・DVD・ブルーレイ、電子媒体(USB・SDカード・HDD等)等に固定されて利活用される。この、固定技術の進歩が著しい。
- (注2) インターネットの普及と情報の処理・伝達の高速化・大容量化によって高画質映像の送受信や複写が可能になり、放送・通信分野で著作権・肖像権・個人情報保護等の問題が生じている。
多くの著作権ビジネスは、次の「(1)著作者の権利」と「(2)著作隣接権」を契約で組み合わせて作られる。
- (注) 映画は、多くの権利・人員・資金等を投入して制作されることから、著作権法で著作者・著作権者・保護期間等に関する特別なルールが設けられている[1]。
(1)著作物の著作者(=創作者)に「著作者の権利(著作権)」として、次の著作権(財産権)、及び、著作者人格権が与えられている[2]。
- (注1)「著作権」という用語には広義・狭義の用方があり、誤解しないよう注意が要る。
- (注2) 職務上作成される著作物の著作者は、原則として法人である[3]。
著作権(財産権)は譲渡が可能であり、具体的には複製権、上演権・演奏権等の支分権[4]として権利行使される。
著作者人格権には公表権・氏名表示権・同一性保持権があり[5]、著作者の一身に専属して、譲渡できない[6]。
(2)著作物等を伝達する者に、それぞれ次の「著作隣接権[7]」が付与されている。
実演家には、実演家人格権[8]と財産権(許諾権、報酬請求権)が付与される。
レコード製作者には、財産権(許諾権、報酬請求権)が付与される。(人格権は無い。)
放送事業者には、財産権(許諾権)が付与される。(人格権は無い。)
有線放送事業者には、財産権(許諾権)が付与される。(人格権は無い。)
ところで、特定の権利者(作家・作詞家・作曲家等の著作権者、歌手・演奏家・俳優等の著作隣接権者)が、全国の利用者から使用料を適切に(無断使用を見逃さずに)回収するのは、難しい。
そこで、多くの権利者が、著作権等管理事業者[9]に自分の著作権・著作隣接権の管理を委託し、同事業者が回収した全使用料の中から管理手数料を控除し、その残額から自分の使用実績相当の分配金を受け取る制度を利用している。
著作権法には、著作物として次の1~10が例示されている[10]。これらの著作物を軸にして、様々な著作権ビジネスが展開されている。
1 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
- 1) 紙書籍の流通(複製権・譲渡権等の権利関係を契約で詳しく定める[11]。)
-
原始型: 作者→出版社→(取り次ぎ)→本屋
派生型: 古本屋、貸本屋、リサイクル店、オンライン書店 -
(注1) 著作物の発行事業者及び流通業者に「再販売価格拘束」が認められている。(独占禁止法の適用除外[12])
(注2) 各種の団体[13]が、著作物の使用に関する規程を定めている。
(注3) IC・DVD・CD等の電子媒体に著作物を収めて販売する電子辞書のような「販売型電子出版」の場合は、「紙書籍」と同様に、複製権・譲渡権の取り扱いを契約で詳しく定める。「販売型電子出版」の流通経路は、商品によって様々である。
- 2) 電子書籍[14]の流通(「配信型電子出版」に関して、複製権・公衆送信権等の権利関係を契約で定める[15]。)
- ・ 電子書籍の内容は技術的手段(不正な複写・流出の禁止、書換禁止等)によって保護される。
-
・ コンテンツ配信管理、会員認証、課金等のシステム、及び、その情報セキュリティ管理が必須である。
- 3) 権利行使に関する制度
- ・ 出版権は、文化庁に設定登録することにより、第三者に対抗することができる[16]。
- ・「日本複製権センター[17]」が、著作権者(書籍・雑誌・新聞・写真等)の委託を受けて、その著作物を利用者(会社等)がコピー(複製)することを許諾して使用料を徴収(同センターと利用者が著作物複写利用許諾契約を締結)し、権利者に分配する業務を行っている。
2 音楽 の著作物
・ 音楽の分野では、著作権者(作詞家・作曲家・音楽出版者等)と著作隣接権者(実演家・レコード会社・放送事業者)が、権利・義務の関係を契約で定めてビジネスを作る。
- (注) 近年、単独で(1人又は1グループで)作詞・作曲・演奏を行いつつ俳優・作家・画家等を兼ねるマルチ・タレントが現れ、単純な音楽産業から総合マネジメント・ビジネスに展開する例が見られる。
・ 権利者の収入と利用者の支払い 民間放送局(民放)の場合は、音楽著作権の権利処理手続・金額を、日本民間放送連盟(民放連)を通じて、日本音楽著作権協会(JASRAC[18])・日本レコード協会(レコ協)・日本芸能実演家団体協議会(芸団協)と包括契約を結んで決めている。
(注) NHK・放送大学・BS・CS等でも、それぞれの方法で権利処理が行われている。
・ 音楽レコード(正規品)の海外からの還流防止措置
日本国内の音楽文化基盤を守ると同時に、物価水準の低い海外市場への進出を促すことを目的として、著作権法は一定の要件を満たす商業用レコードについて還流防止措置を設けている[19]。レコード製作者は、「国外頒布目的商業用レコード」である旨を商品に表示するとともに、対象となるCD等が輸入される情報を入手して税関に輸入差止申立を行っている[20]。
- (注) 近年、音楽のインターネット配信が増加しており、還流防止措置の効果は希薄化していると思われる。
3 舞踏又は無言劇(パントマイム)の著作物
4 絵画、版画、彫刻その他の美術 の著作物
5 建築の著作物
6 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形 の著作物
7 映画の著作物
映画の製作には、大勢のスタッフ・権利者が様々な役割を分担して参加し、多額の資金が投入される。 完成した作品が上映されてヒットすれば、これに関連する様々な事業(続編・シリーズ化、リメイク、舞台・ミュージカル化等を含む。)が展開され、全体として大きな収入が得られる。
-
(参考) 作品に関係する事業の例
上映(配給会社、劇場)、TV放送、ビデオグラム化、商品化(キャラクター商品)、ゲームソフト化、出版 等
しかし、通常の興行収入[21]だけでは製作会社が赤字に陥る例が多く、その赤字を映画の二次利用(TV放送等)によって埋め合わせようとする試みも行われる。映画は、ハイリスク・ハイリターンの事業である。
映画の製作プロセス・商業利用・関係者の概要を次に示す。
各段階で、著作者の権利(著作権<支分権を明記する>、著作者人格権)・著作隣接権の取り扱い、提供する具体的な役務、対価の支払い、スケジュール等を定める契約[22]が締結される。映画に関しては、過去に著作者・著作権・著作隣接権等をめぐる争いが繰り返されており、これを避けるために、それぞれの契約において関係者の権利・義務を(二次利用を含めて)できるだけ具体的に定めることが重要である。
- (注) インターネット動画流通の増加、コンピュータ・グラフィック映像の増加、二次利用類型の増加等に伴って映画のビジネスモデルが多様化し、画一的な契約で対応するのが難しくなっている。今後普及する5G(第5世代移動通信システム)では2時間の映画が3秒でダウンロードされるので、新しいビジネスモデルの出現が予想される。
-
・ 映画の製作プロセス
1 企画開発 development
原作(オリジナル・小説・テレビドラマ・インターネット書き込み等)をもとに映画を企画する。
監督・脚本家・主要スタッフを選出、脚本を作成、製作日程を編成、予算概要を立案する。
2 製作準備 pre-production
撮影・照明・美術のスタッフと出演者を編成、撮影場所を設定(セット・ロケ)、撮影日程を作成、機材・美術・衣装・車両等の業者を選定する。
資金調達
3 制作 production
録音、録画、撮影作業、実演を行う。
4 ポストプロダクション post-production
複製、編集、音(セリフ、状況音、音楽、ナレーション)と画像(撮影状態確認用ラッシュ、CG)の同期化
外国映画の場合は、翻訳・字幕制作・吹き替え等を行う。
-
・ 映画の商業利用
1 劇場上映(ロードショー) 配給会社、興業会社(劇場等)等が行う。
2 ビデオグラム(ビデオソフト)販売
3 pay-per-view放送、pay-channel放送
4 地上波テレビ放送 放送事業者(NHK、民放)
5 キャラクター商品販売
6 ヒット作品の展開(続編・シリーズ化、舞台化・ミュージカル化、TVドラマ化、リメイク等)
7 権利侵害行為の差止め、権利侵害者の摘発、損害賠償請求
-
・ 映画製作の関係者
1 製作委員会、プロデューサー[23]
2 映画制作会社
3 原作(通常、作品の作家を原作者という。)[24]
4 脚本家
5 制作スタッフ[25]
6 字幕
7 出演者 タレント、タレントマネジメント
8 音楽 作詞、作曲、音楽出版、著作権管理団体
9 演奏、レコード会社
8 写真 の著作物
9 プログラム の著作物[26]
10 二次的著作物[27]、編集著作物[28]、データベース[29]
二次的著作物・編集著作物・データベースは、いずれも著作物として保護される。ただし、「二次的著作物の原著作物の著作者の権利」、並びに、編集物及びデータベースの「部分を構成する著作物の著作者の権利」には影響を及ぼさない[30]。
- (参考) 放送番組は権利の塊
-
過去の放送番組の映像の一部を使用するには、基本的に、原権利者の権利処理が必要である。
原権利者=主に、原作者、脚本家、出演者(実演家、解説者等の著作者)、番組制作者(他局の番組の場合)
利用形態=放送、配信、 DVD・CD化、商品化
利用形態毎に、演出家、作詞家、作曲家、実演家、レコード製作者、写真家等の権利処理を考慮する。
[1] 著作権法2条10号(映画製作者)、16条(著作者)、29条(著作権の帰属)、54条(保護期間は公表後70年等)
[2] 著作権法17条1項
[3] 著作権法15条1項
[4] 様々な支分権:複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権、公の伝達権、口述権、展示権、譲渡権、貸与権、頒布権、二次的著作物の創作権・利用権。(著作権法21条~28条、11条、2条1項11号)
[5] 著作権法18条、19条、20条、113条6項
[6] 著作権法59条。なお、著作者が存しなくなった後においても人格的利益保護が配慮される。(同法60条)
[7] 著作権法90条の2~100条の5
[8] 「実演家人格権」は、実演家の一身に専属し、譲渡できない。(著作権法101条の2)
[9] 著作権等管理事業法3条、11条1項、13条1項、15条、23条1項。著作権等管理事業者は文化庁長官の登録を受けて権利の管理業務を行う。管理委託契約約款・使用料規程を文化庁に届け出て、これを公示しなければならない。文化庁長官は、業界に影響の大きい者を「指定著作権等管理事業者」に指定する。(2019年3月31日時点で、JASRAC・日本レコード協会を含む28団体(うち、2団体は準備中)が登録。)
[10] 著作権法10条1項1号~9号、11条、12条
[11] (例)出版契約書、二次出版契約書、音楽著作権契約書。(著作権法80条1項1号を参照)
[12] 独占禁止法23条4項(「法定再販」といわれる。)
[13] 出版者著作権管理機構、学術著作権協会、日本脚本家連盟、日本文藝家協会、他
[14] 課金や著作権(無断の複写・転送等)の問題が生じる可能性がある。
[15] 〔電子配信に係る出版契約書で定める主な事項〕出版権の設定、出版権の内容、著作権者の利用制限、利用料の支払い、出版物の利用、著作者人格権の尊重、出版の期日・方法、原稿修正の増減、改訂版・増補版の取扱、契約の有効期間、契約期間満了後の配信、著作権者であり契約締結権限を有することの保証、完全な権限を有することの保証、翻訳・映画化等の二次的利用、契約当事者の権利・義務の譲渡禁止、著作権等の侵害への対応、一般条項(不可抗力、契約解除、秘密保持、個人情報の取扱、契約の変更、等)。(著作権法80条1項2号を参照)
[16] 著作権法79条1項・2項(出版権の設定)、88条1項(出版権の登録)、78条(登録手続等)
[17] 「日本複製権センター」は、1991年(平成3年)に「日本複写権センター」として設立され、2001年に「著作権等管理事業者」登録、2012年(平成24年)に「公益社団法人日本複製権センター」に移行・改称した。会員団体は、著作者団体連合会・学術著作権協会・新聞著作権協議会である。(2018年8月時点)
[18] JASRACは権利者との間で「著作権信託契約」を締結している。JASRACの信託契約数(2019年4月1日時点)は18,358である(作詞者4,939、作曲者3,658、作詞・作曲者6,562、音楽出版者3,166、他33)。
[19] 著作権法113条5項。著作権法施行令(平成16年<2004年>政令338号)は国内発売後4年間に限定する。2004年12月6日 文化庁次長通知は次の5要件について留意事項を周知している。①国内で先行・同時に発行される国内頒布目的商業用レコードと同一の国外頒布目的商業用レコードであること。②「情」を知って輸入する行為等であること。③国内において頒布する目的での輸入・所持であること。④国外頒布目的商業用レコードが国内で頒布されることにより、それと同一の国内頒布目的商業用のレコードの発行により権利者の得ることが見込まれる利益が不当に害されることになる場合であること。⑤国内頒布目的商業用レコードが、国内で最初に発行された日から4年以内であること。
[20] 「日本国内頒布禁止 NOT For Distribution In Japan」等を表示する。日本レコード協会は「輸入差止申立てに係る対象レコードリスト」をホームページ上で公表している。
[21] 一般的な収益配分: 興業会社50%、配給会社5~15%、製作会社(製作委員会)35~45%(みずほ銀行産業調査部「みずほ産業調査/48 2014№5 図表2-2-3」より)
[22] (例)製作委員会契約、原作使用契約、脚本契約、出演契約、監督契約、制作委託契約、原盤供給契約、配給契約(劇場、ビデオグラム、TV放送、海外販売等)、商品化ライセンス契約
[23] 映画製作には①製作委員会方式と②プロデューサー方式がある。①製作委員会方式(日本で主流)では、映画の利用に関わる会社(通常、数社)が資金を出し合って製作委員会(民法667条の組合)を組成し、映画を製作する。委員の1社が幹事会社として各種の契約締結等を行うが、映画の著作権は委員の共有であり、合議制で決めるため、ビジネスの意思決定が遅くなるといわれる。②プロデューサー方式(海外で主流)は、基本的にプロデューサーが設立する会社がビジネス全体を統括し、製作費を全額出資する(通常、銀行借入により調達する。借入に際して、完成保証会社や各種保険会社(主演俳優・監督の死亡、他者の著作権・肖像権の侵害等のリスクに対応)の保証・保険を付す。)とともに、全ての著作権を帰属(一元化)させて事業を展開する。
[24] 作品に至らない映画製作の基になるアイデアを「原案」という。特に、映画の二次利用に際して権利及び報酬の問題が生じないように、映画制作時に権利関係を契約しておく。
[25] 監督、映画企画、演出、美術(デザイナー)、照明、録音、撮影、スクリプター(撮影シーンの記録・管理)、特殊効果、編集、等
[26] 1985年の著作権法改正で導入された。導入時には別の法律(特許法的アプローチ)にするか論争があったが、現在はTRIPS協定10条1項に著作権として規定されている。
[27] 二次的著作物とは、著作物を翻訳・編曲・変形・翻案(脚色・映画化他)することにより創作した著作物をいう。(著作権法2条1項11号)
[28] 編集物(データベースを除く)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものをいう。(著作権法12条1項)例えば、百科事典、新聞、雑誌、論文集、文学全集、美術全集、音楽アルバム、職業別電話帳。(「著作権法」初版 107頁 中山信弘著 有斐閣)
[29] 論文・数値・図形他の情報の集合物で、電子計算機を用いて検索できるよう体系的に構成したもので、その情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものをいう。(著作権法2条1項10号の3、12条の2)
[30] 著作権法11条、12条、12条の2