企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
3. 情報の取り扱い基準の共有
(4) 社会への情報発信
②「危険」を知らせる情報の発信
特定の事業が原因になって、消費者や近隣住民等に被害を及ぼす危険が生じていること(又は、その可能性があること)を認識した企業とその関係行政機関等は、被害を受ける可能性がある者や関係者に危険情報を伝達し、危険回避行動をとるように促して、被害を最小にする。
この情報提供には、危険情報を掌握している企業・行政機関等が関係者に向けて積極的に発信して注意喚起するリコール等の方法と、行政機関が法令に基づいて収集・蓄積した情報へのアクセス権限を、一定の対象者に付与する方法がある。
いずれの方法も、取得者が容易に理解して正しく判断できる情報を、適切な方法で提供することが重要である。
生命・身体に被害が生じる可能性があることを関係者に周知すべきことが法令で義務付けられている場合に、その情報を隠蔽・改竄等する行為に対しては、刑事罰が設けられている。
○ リスク・コミュニケーション
企業が、平時から、消費者・被害を受ける立場の者・取引先・地域住民・株主・行政部門・専門家その他の関係者との間で、事業リスクに関する正確な情報を共有していると、問題発生時に生じる摩擦と混乱が少なくなり、関係者が比較的冷静かつ迅速に問題に対応することが期待される。
万一、生命・身体に関わる事故が発生した場合は、その直後に及び適切な段階で、企業が把握している最新の情報(事実関係、分析結果、評価、今後の可能性等)を関係者に平易に説明することが求められる。
その説明の中に、消費者・近隣住民等に勧める危険回避行為、企業が講じる再発防止策(暫定措置、恒久措置)、社内の関係者の処分等を含めると、説明を聞いた者が事故の全体像を把握できるので、無用な不安や混乱が少なくなる。
- (注) 工場では、関係官庁・地方公共団体・住民との間で、日頃から、操業に係るリスク情報を共有するように努めることが重要である。
○ リコール、社告等
自動車・医薬品・食品・電気機器・ガス機器・石油機器等の重大な安全問題(火災、生命・身体・健康被害等)が発生したときは、リコール制度、及び、事故の報告・公表制度等が適用される[1]。
企業及び当局は、それぞれ、事故再発や被害拡大の防止に向けた消費者への注意喚起をマスコミや自らの情報ネットワークを通じて行い、並行して、事故原因の究明を(独自に又は専門家等と連携して)進める。
企業では、修理・回収・廃棄等の措置を徹底して行い、再発防止策を講じる。 ・企業がリコールの開始を決定したときは、法令に基づいて所管官庁に届け出る。
- ・ リコールの実施にあたっては、実施事項とその結果を正確に記録し、法令に従って当局に報告する。
- ・ 社告を消費者にわかりやすく伝達するために、リコール社告 JIS [2]が制定されている。
○ 国等が公表する「製品の危険情報」
国民主権の理念に則り、誰でも国の行政機関等に対して行政文書の開示を請求することができる(情報公開法1条、3条)が、生命・身体・財産等に重大な影響を与える情報については、国・地方公共団体等がこれを関係者に積極的かつ迅速に公表・周知して、被害の拡大・発生を防ぐ必要がある。
なお、情報公開法は、開示される第三者に開示内容を事前通知し、それに対する意見書を提出する機会を与えるべきことを定めているが(同法13条)、ガス・石油機器による重大製品事故(火災・一酸化炭素中毒等)の場合は、製品欠陥による事故ではないことが完全に明白でない限り、「事業者名、機種・型式名、事故の内容」を消費者庁が事業者から事故報告を受けた[3]後、直ちに公表する[4]。
- (注) 国等の公表は、誰に対して、何について注意を喚起し、どのような行動を期待し、何の目的を達成するか等を明確にして行う必要がある。これを怠って事業者等に損害が生じると、国家賠償法に基づく賠償責任を負う[5]。
例1 消費者庁(事故情報データバンクシステム)
日本中の重大事故情報は、官庁や地方公共団体等を通じて、最終的に全て消費者庁に集約され[6]、事故情報データバンクシステムに蓄積されて、一般に公表される[7]。
例2 消費者庁・経済産業省等(消費生活用製品[8]による事故)
消費生活用製品の製造事業者・輸入事業者は、重大製品事故(死亡・重傷病・後遺障害・一酸化炭素中毒・火災)発生を知った日から10日以内に、名称・型式・事故内容・製造/輸入/販売数量等を消費者庁長官に報告しなければならず、同長官はその報告内容を一般消費者に迅速に公表する[9]。ガス・石油機器による重大製品事故の場合は、製品欠陥ではないことが完全に明白な場合を除き、報告受理後直ちに事業者名を含めて事故概要を公表する。
重大製品事故・非重大製品事故については、NITE[10]が、経済産業省の指示等に基づいて原因調査を行うとともに事業者の原因究明結果を収集する等して、その未然防止に努めている。
- (注1) 食の安全と消費者の信頼の確保に関しては、FAMIC[11]が、農林水産省と密接に連携し、科学的手法による検査・分析を行って、原産地・品種・加工食品の原材料・遺伝子組換えの表示の監視・適正化等を図っている。
- 2018年に食品表示法が改正(公布)され、食品関連事業者等が安全性に関する食品表示基準に違反(アレルゲン・消費基準等の欠落・誤表示)する食品の自主回収(リコール)を行う場合は、その旨を、行政機関(都道府県等)に届出ることが義務付けられた(公布後3年以内に施行)。同じ2018年に、食品衛生法も改正(公布)されて、食品リコール情報の届出が制度化された(公布後3年以内に施行)。国(消費者庁等)は、食品表示法と食品衛生法が定める食品リコール情報の届出(事業者から都道府県等へ)・報告(都道府県等から国<消費者庁>へ)・公表(消費者庁が消費者へ)の手続きをコンピュータ・システムで一体的に運用し、消費者に向けて適切に情報提供(公表)する準備を進めている。
- (注2) 消費生活用製品のうち、構造・材質・使用状況等からみて一般消費者の生命・身体に特に危害を及ぼすおそれが多い製品は政令で「特定製品」に指定される。「特定製品」は、技術基準(主務省令で定める)に適合していることを示すPSCマークを表示したものだけが、販売及び販売目的の陳列を認められる[12]。
例3 厚生労働省(食品衛生法違反、医薬品の副作用)
厚生労働大臣・内閣総理大臣(実務は、消費者庁長官)・都道府県知事は、食品衛生上の食中毒等の危害の発生を防止するために、食品衛生法又は同法に基づく処分に違反した者の名称等を公表する[13]。
医薬品の製造販売業者は、厚生労働大臣の承認を受けた医薬品について副作用等が疑われる疾病・障害・死亡の発生、使用起因が疑われる感染症の発生、その他有効性・安全性に関する厚生労働省令の規定事項を知つたときは、その旨を省令に従って大臣(実務は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA))に報告しなければならない[14]。
- (注) PMDAは、患者から報告された情報について、医薬品と副作用の関連性を評価することなく、医薬品名・副作用名・転帰等を(個人を特定できない形で)HP「報告いただいた副作用報告に関する情報」に掲載している。
例4 国土交通省(自動車リコール等の情報)
自動車の構造・装置・性能が道路運送車両法の「保安基準」に適合せず(又は、そのおそれがある)、かつ、その原因が設計又は製作の過程にあるとメーカー又は輸入業者(以下、本項で「メーカー等」と総称する。)が判断したときは、予め国土交通大臣に状況・原因・改善措置・周知方法等を届け出てリコールを行う[15]。
メーカー等がリコールを開始しない場合でも、類似の事故が多発する等、保安基準不適合が疑われるときは、国土交通省が独自に分析・検討してメーカー等に改善措置を勧告する。
メーカー等がこの勧告に従わないときは、これを公表してリコール命令を行う[16]。
同省はリコール関連情報をHP等で公表して消費者に注意を喚起している[17]。
- (注) 国土交通省は、不具合の早期発見・リコール隠し防止等の目的で「自動車不具合情報ホットライン」を設け、車の所有者等から不具合情報を直接収集して[18]、公表している。(因果関係は未検証)
リコールを届け出たメーカー等は、国土交通大臣に対して、その改善措置実施状況を報告しなければならない[19]。
③「ブランド・イメージ向上」に資する積極的な情報発信
企業は、ブランド・イメージ向上や経営方針に対する理解者の増加等を図って広報情報、 CSR 報告書、環境報告書、 IR 情報等を、社会に発信している。この情報に虚偽があると、企業の信用は大きく傷つく。
例1 CSR(企業の社会的責任)
2010年に ISO26000(社会的責任)が発行され、7つの原則(説明責任、透明性、倫理的な行動、ステークホルダーの利害の尊重、法の支配の尊重、国際行動規範の尊重、人権の尊重)と7つの中核主題(組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画及びコミュニティの発展)が示された。
ISO26000は、企業がブランド・イメージを向上するためのチェック・リストとして役に立つ。
例2 IR(Investor Relations)
各会社が自らの判断で、投資家の投資判断に必要または有用な経営方針・経営活動実績等の情報を年次報告書や取組紹介等にまとめ、ホームページ掲載、企業説明会、オフィス・工場見学、広報等を利用して自発的に開示(公表)する活動をIRという。
近年、この情報を提供する対象範囲を顧客・地域社会等のステークホルダーにまで拡大して関係者と意見交換し、相互理解を深めて、経営の質の向上を図る企業が増えている。
前述の「統合報告書(IR=Integrated Report)」を作成した企業では、それを基礎にして、株主・投資家向けに発信する情報のあり方(IR=Investor Relations)を検討することになる。
[1] (例) 道路運送車両法63条の2、63条の3。医薬品医療機器等法68条の9~68条の12。食品衛生法59条。食品表示法6条1項~8項、7条。電気用品安全法42条の5。ガス事業法157条、161条。液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律65条。有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律6条。消費生活用製品安全法38条1項~3項、34条1項、2項(「消費生活用製品のリコールハンドブック2016」を参照)。消費者安全法38条~45条。
[2] JIS S0104:2008
[3] 消費生活用製品安全法35条1項・2項
[4] 公表にあたっては、経済産業省と協議する。
[5] 1996年(平成8年)に大阪府堺市で起きた学童集団食中毒事件に関し、東京高裁判決(平成15年5月21日(判時1835号77頁))は、「O-157集団食中毒の原因が『かいわれ大根』である」という印象を与える菅厚生大臣の発表が違法であるとして、国家賠償法1条に基づいて国が事業者に損害を賠償するように命じた。
[6] 行政機関の長、都道府県知事、市町村長及び国民生活センターの長は、重大事故等が発生した旨の情報を得たときは、直ちに、内閣総理大臣(実務は、消費者庁長官)に対し、内閣府令で定めるところにより、その旨及び当該重大事故等の概要その他内閣府令で定める事項を通知しなければならない。(消費者安全法12条1項、47条1項)
[7] 消費者安全法施行規則(消費者安全法12条2項・4項。同法施行規則9条1項~8項)
[8] 主として一般消費者の生活の用に供される製品をいう。ただし、別表に掲げるもの(例えば、船舶、洗浄剤、消火器具等、毒物・劇物、自動車、高圧ガス容器、猟銃、医薬品・医薬部外品・化粧品等)を除く。(消費生活用製品安全法2条1項)
[9] 消費生活用製品安全法56条1項に基づいて内閣総理大臣が消費者庁長官に委任、同法35条(内閣総理大臣への報告等)、36条(内閣総理大臣による公表)、37条(体制整備命令)。消費生活用製品安全法の規定に基づく重大事故報告等に関する内閣府令3条(報告の期限・様式)
[10] 独立行政法人製品評価技術基盤機構 National Institute of Technology and Evaluation
[11] 独立行政法人農林水産消費安全技術センター Food and Agricultural Materials Inspection Center
[12] 消費生活用品安全法2条~4条
[13] 食品衛生法69条(前63条:公表)、80条(前70条)3項(消費者庁長官への委任)
[14] 医薬品医療機器等法68条の10(副作用の報告)、68条の13第3項(機構への報告)。同法施行規則228条の23(機構に対する副作用等の報告)
[15] 道路運送車両法63条の3(改善措置の届出等)
[16] 改善措置の勧告等(道路運送車両法63条の2)、改善措置の届出等(同法63条の3)、報告及び検査(同法63条の4)、立入検査(同法64条)、罰則(同法106条の4)
[17] リコール(2018年度=平成30年度、速報値)の届出件数は408件、対象台数は821万台(国土交通省 2018年4月12日 Press Release)
[18] 例年、約3,000件の情報(保有者の整備不良を含む)が寄せられ、結果が国土交通省HPで公表されている。
[19] 道路運送車両法63条の3第4項