証券取引等委員会、株式会社パルマ株券に係る内部者取引の告発
岩田合同法律事務所
弁護士 池 田 美奈子
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証券取引等監視委員会(以下、「SESC」という。)は、2019年11月1日、株式会社パルマ(以下、「パルマ」という。)の元社員及びその知人を、金融商品取引法違反(内部者取引、情報伝達)の嫌疑で、検察庁に告発した。
SESCの報道発表及び新聞記事[1]によれば、パルマ(東京証券取引所マザーズ市場に上場)の元管理部次長Aは、パルマが日本郵政キャピタル株式会社を割当先とする第三者割当増資を行う旨公表した2018年4月より以前の、2017年12月中旬頃、その職務に関して知った当該第三者割当増資の事実を知人であるBに伝達し、Bは、2018年1月上旬から同年4月中旬までの間、パルマの株券合計3,000株を1,100万円で買い付けたとされている[2]。東京地方検察庁は、SESCによる告発を踏まえ、2019年11月7日、A及びBを金融商品取引法違反の罪で在宅起訴した。
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SESCによる内部者取引に関する処理方法は、事案の性質に応じて、取引調査課による取引調査、及び特別調査課による犯則調査の2つがあり、調査の結果、内部者取引が認められた場合、前者では、金融庁に対する課徴金納付命令の勧告、後者では、検察官に対する刑事告発という結論に至る。本件については、まだ起訴された段階であり事案の詳細については、裁判の行方を見守る必要があるが、SESCが刑事告発処理を選択するのは、一般的に悪質性、重大性が高い事案とされている。
(証券取引等監視委員会「インサイダー取引の最近の傾向と対策」[3]参考資料3をもとに作成。)
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SESCの処理が、課徴金納付命令の勧告であれ、刑事告発であれ、内部者取引が認められた場合、企業としてはレピュテーションの低下等のリスクを負い、場合によっては経営にも重大な影響を及ぼし得るため、役職員による内部者取引を未然に防止するための体制の整備・運用が不可欠となる。以下では、一般的な事前防止策として挙げられる項目のうち、社内規程の見直し、情報管理体制の整備・運用について述べる。
(1) 社内規程の見直し
いうまでもなく、内部者取引の防止(情報管理及び自社株売買の管理を含む。)について定めた規程を定めることが基本である。この点、日本取引所自主規制法人ほかが2016年に全国の上場企業を対象に実施したアンケート[4]によれば、回答企業の約97%が社内規程を定めていると回答している。
しかし、社内規程を制定した企業のすべてが、法改正の都度、社内規程の見直しを実施している訳ではないであろう[5]。金融商品取引法の改正は比較的頻繁に行われるところ、企業の担当者・担当部署において、最新の法規制を把握し、社内規程に反映されるよう適時に見直しをすることは、社内規程の適切な整備という観点にとどまらず、実効的な研修・啓蒙活動の実施にとっても重要である。
(2) 情報管理体制の整備・運用
上述のとおり、情報管理に関する規程は多くの上場企業が制定しているところではあるが、規程に沿った情報管理を適切に実施するための具体的な手続や体制を整備し、適切に運用されているかモニタリングすることも不可欠である。
例えば、増資や業務提携等の取引においては、取引の当事者相互に秘密保持義務を課しつつも、取引の交渉の事実等の秘密情報を知る必要のある役職員等については、秘密保持義務を課した上で例外的に開示することができる旨定めるのが一般的であるところ、実際に企業が当該取引に関与する役職員に対し、当該取引に関する秘密情報の秘密保持を目的とする誓約書まで徴求している例は多くはないと思われる[6]。
個別に秘密保持義務誓約書を徴求することにより、役職員が情報の取扱いに関しより意識的に注意するという効果が期待できること、また内部者取引は形式犯であり必ずしも悪質性の高いケースばかりではないことを踏まえると、不正行為に対する抑止力としての効果も期待できることから、企業にとっては、研修・啓蒙活動の実施と並行して、増資や業務提携等の取引の都度、関与する役職員から個別に秘密保持義務誓約書を徴求することも考えられよう。
以上
[1] 2019年11月8日付日本経済新聞朝刊39面
[2] 内部者取引の規制対象行為については、「SH2231 証券監視委、契約締結交渉者の社員から情報を受領した者による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告 平井 太(2018/12/05)」を参照されたい。
[4] 日本取引所自主規制法人ほか「第4回全国上場会社インサイダー取引管理アンケート調査報告書」2016年10月(以下「本アンケート」という。)
[5] 本アンケートによれば、法改正の都度、社内規程を見直しているのは回答企業の約30%にとどまった。
[6] 本アンケートによれば、情報管理に係る具体的な施策として、役職員から情報の取扱いに係る守秘義務誓約書を徴しているのは、回答企業の約40%であった。