会社法・金商法と会計・監査のクロスオーバー(1)
継続企業の前提
筑波大学ビジネスサイエンス系(ビジネス科学研究科)教授
弥 永 真 生
11月29日までを期限として、ひっそりと(?)、「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集」がなされていた。会計監査人の会計監査報告において、「継続企業の前提に関する注記に係る事項」をこれまでは追記情報の1つとして記載することを要求していたのに対し、独立した区分として記載することを求める(会社計算規則126条)という改正である。これは、平成30年7月5日の『監査基準』改訂を承けたものであり、おおざっぱにいえば、「継続企業の前提に関する注記に係る事項」をより目立たせようというものである。これまでは、「強調事項」という見出しを付した区分の下で記載されていたが、「継続企業の前提に関する重要な不確実性」という見出しを付した区分が設けられるので、より目立つことになる。
「継続企業の前提」は、企業が将来にわたって事業を継続するとの前提であり、企業会計審議会や企業会計基準委員会の公表している企業会計の基準は継続企業の前提が成り立つという仮定の上に成り立っている。この結果、「継続企業の前提」が成り立つかどうかは、計算書類や連結計算書類の数値が役に立つ情報であるかどうかを左右することになる。そこで、会社計算規則98条1項1号及び100条は継続企業の前提に関する注記を会計監査人設置会社の個別注記表(連結計算書類を作成している場合には、さらに連結注記表)の内容の1つとすることを求めている。その上で、計算書類・連結計算書類の読者の注意を喚起するという観点から、会計監査報告に独立の区分として記載することを要求している。
平成30年改訂により、『監査基準』が――今回の改正後も会社計算規則では明示的には要求されないが――監査報告書において、「経営者には、継続企業の前提に関する評価を行い必要な開示を行う責任があること」を、また、監査人の責任に「継続企業の前提に関する経営者の評価を検討すること」が含まれることを、それぞれ記載することを求めることとした点も興味深い。このような記載が要求されたからといって、経営者の責任が重くなるわけではないと思われるが、経営者確認書でそのような責任を負うことを確認する(監査基準委員会報告書580「経営者確認書」《付録2 経営者確認書の記載例 》参照)以上、経営者としては、注意をより払うよう仕向けられることになるかもしれない。
ところで、会社計算規則100条によれば、継続企業の前提に関する注記は、継続企業の前提に「重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるとき」に要求されている。つまり、この注記は、「対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるとき」にのみ要求されているため、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在しているというだけでは注記はなされない。実際、上場規則の文脈においてであるが、東京商工リサーチの調査によると、2019年3月期決算を発表した上場企業2,417社のうち、決算短信で「継続企業の前提に関する注記(ゴーイングコンサーン注記)」を記載した上場企業は21社のみにとどまっている。
金融商品取引法の下では、継続企業の前提に関する注記が要求されないときであっても、経営者は、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合、その旨及びその内容ならびに経営者による対応策を有価証券報告書の「事業等のリスク」に記載することとされ(企業内容開示府令第三号様式(11)、同第二号様式記載上の注意(31)b)、監査人は、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合には、経営者による開示について検討することとなる(監査基準委員会報告書570「継続企業」19項)。他方、会社法の下では、そのような要求事項はないように思われ、かりに、公開会社の事業報告の記載事項(会社法施行規則119条1号、120条9号)にあたると解しても、会計監査人の監査の対象とはならない。この点は、今後、検討されてもよい点なのではないかと思われる。