◇SH0027◇最三小判 平成26年4月22日 住居侵入、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件(大橋正春裁判長)

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1 事案の概要等

 本件は、被告人が、過去に離婚事件の相手方に就いた知人弁護士の被害者を恨み、その拉致・殺害の目的で被害者方に侵入した上、被害者に対し、殺意をもって、刃物を突き出して心損傷等を生じさせ、よって、左胸腔内出血により死亡させて殺害したほか、その際、けん銃を適合実包と共に携帯所持し、さらに、上記刃物を不法に携帯したという住居侵入、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実により第1審で有罪認定された事案である。第1審判決に対し、被告人が、理由齟齬、事実誤認、量刑不当を理由に、検察官が量刑不当を理由に、それぞれ控訴した。原判決は、理由齟齬の主張を排斥する判断をし、その余の控訴趣意に対する判断を省略した上、職権で、第1審判決が、「罪となるべき事実」において、公訴事実に記載されていなかった「被告人は、被害者の拉致を断念し、被害者を殺害しようと向けていたけん銃の引き金を引いた。ところが事前の操作を誤っていたため弾が発射されず」という事実を認定した点(以下「本件判示部分」という。また、本件判示部分に係る事実を「本件未発射事実」という。)を取り上げ、第1審判決は、本件判示部分につき、訴因変更手続を経ることなく訴因を認定し、あるいは、争点として提示するなどの措置(以下「争点顕在化措置」という)をとることなく訴因類似の重要事実を認定したものであって、訴訟手続の法令違反があるとして第1審判決を破棄し、事件を第1審裁判所である秋田地裁に差し戻した。これに対し、検察官が上告した。

 原判決は、上記違法を認めた理由について、本件未発射事実は、犯行に至る経過とは解し得ず、「訴因あるいは訴因類似の重要事実」と評価すべきであるとし、これが公判前整理手続を終了するに当たり確認される争点整理の結果にないことを指摘した上、「上記事実は、公判前整理手続及び公判手続を通じて争点とされておらず、これを認定するためには、裁判所において、争点顕在化措置をとる必要があったにもかかわらず、第1審はこの措置をとらなかった。」と判示した。なお、「訴因類似の重要事実」という用語は、本件未発射事実の認定が争点顕在化措置を要するものであったことを表すための原判決特有の用語法と思われる。

 これに対し、本判決は、上告趣意が適法な上告理由に当たらないとした上、所論に鑑み、職権でもって調査すると、原判決は、刑訴法411条1号により破棄を免れないとして、原判決を破棄して事件を原裁判所である仙台高裁に差し戻した。本判決が、原判決に違法があるとした理由の要旨は、次のとおりである。まず、本判決は、「第1審判決は、判文全体を通覧すると、本件判示部分を住居侵入後の殺害行為に至る経過として認定したものと解され、第1審判決が、本件判示部分を、訴因変更手続を経ずに認定した点に違法があったとは認められない」旨を判示した。次に、「第1審の公判前整理手続において、本件未発射事実については、その客観的事実について争いはなく、けん銃の引き金を引いた時点の確定的殺意の有無に関する主張が対立点として議論されたのであるから、同手続を終了するに当たり確認した争点の項目に、上記経過に関するものに止まるこの主張上の対立点が明示的に掲げられなかったからといって、公判前整理手続において争点とされなかったと解すべき理由はない。加えて、第1審の公判手続では、この主張上の対立点について、主張立証の何れの面からも実質的な攻撃防御を経ており、公判において争点とされなかったと解すべき理由もない。そうすると、第1審判決が、本件未発射事実を認定するに当たり、この主張上の対立点につき争点顕在化措置をとらなかったことに違法があったとは認められない。」旨を判示した。

2 本件判示部分に対する原判決の理解の当否(訴因変更の要否)

 有罪を言い渡す判決書には、刑訴法335条1項により罪となるべき事実のほか、事案に応じて犯行の経過・情状に関わる事実を記載する例もある。何を犯罪事実として認定し、あるいは単に経過又は情状として認定したのかという問題は、当該判決の意思解釈の問題であるから、基本的に判文に照らして判断される(最一小決昭和41年11月10日裁判集刑事161号325頁、判時467号63頁等)。また、近時、裁判員裁判に相応しい判決書の在り方という観点から試行錯誤が繰り返され、「罪となるべき事実」に関しては、事案に応じ、訴因に記載された事実のみをそのまま記載するのではなく、情状又は経過を認定した部分も併せて簡明に記載する例がみられるようになっている。これは、かつてのような、犯行に至る経緯を関連性の薄いものも含めて長々と記載するものとは異なり、違法性・有責性の観点から量刑を左右する事情をその内実とする社会的実体を伴う犯罪事実が記載されるべきであるという考え方に基づくものである(井田良=大島隆明=園原敏彦=辛島明「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」司法研究報告書第63輯第3号(2012)90頁以下)。本件の第1審判決は、本件において審判の対象となっていた、(1)住居侵入・殺人、(2)共通する日時・場所におけるけん銃の加重所持をいずれも有罪認定しているのであるから、「罪となるべき事実」における違法性・有責性の観点から量刑を左右する事情について、けん銃加重所持の点を加味して理解するのが相当であろう。そして、第1審判決の判文をみると、本件未発射事実は、住居侵入に及んだ後から被害者に本件刃物で心損傷を負わせるまでの一連の事実の中に記載されていることなどが指摘でき、第1審判決は、本件判示部分を犯罪事実として認定したものとはいえず、経過として認定したものと解するのが自然といえる。そうであるとすれば、本件判示部分を、訴因変更手続を経ずに認定した点に違法があったとはいえないことは明らかなように思われる。本判決の4項(1)はこのような理解に基づく判示と推察される。

3 争点顕在化措置の要否

 裁判所が争点顕在化措置をとらずに事実認定をした場合に不意打ちの違法があるとされ得ることは、最三小決昭和58年12月13日(刑集37巻10号1581頁、判時1101号17頁)によって確認されている。どのような場合にかかる違法があるとされるかについては、学説上、当該事実の重要性と審理の経過の両面から検討するものと理解されているが、本件では、本件未発射事実につき、第1審の審理の経過、特に公判前整理手続における争点整理に対する見方が本判決と原判決とで決定的に異なったものといえる。

 すなわち、公判前整理手続は「充実した公判審理」の実現を目的とする手段であることから、そこで行われる「争点」の整理は、核心となる主張上の対立点こそが公判審理の対象の中心となるよう、いわば公判審理の枠組みを提示する運用が目指されるべきものであり、主張上の対立点がすべて「争点」とされなければならないというような硬直的な運用が求められているものではない。そうすると、公判前整理手続を終了するに当たり確認される「争点」についても核心的な主張上の対立点を掲げていくという運用は制度の趣旨に沿ったものといえる。本件では、本件未発射事実という本件刃物による殺害行為に先立つ経過に関し主張上の対立点があったが、客観的な事実については争いがなく、けん銃の引き金を引いた時点の確定的殺意の有無が議論されたにとどまる。しかも、公判前整理手続の中で、検察官が、上記経過中の確定的殺意の有無を争点の細目に加えるよう意見を述べ、弁護人は、「事実ごとに分解して争点を裁判員に示すことはかえて全体像が理解しづらいのではないかと懸念している。」と意見を述べ、結局、この細目が加えられなかった。このような事実関係からすれば、上記の主張上の対立点が核心的な「争点」であったとは言い難く、前記の制度の趣旨からすれば、これが争点整理の結果に掲げられていないからといって、およそ主張上の対立点ではなくなったと解する理由はない(実際、原審において、検察官はもとより被告人も、原判決のような訴訟手続の法令違反を理由には控訴を申し立てておらず、控訴理由中においても本件判示部分を問題視するような主張はしていない。)。原判決は、これが争点整理の結果に掲げられていなかったことを理由に、「公判前整理手続において争点とされなかった」と判示しており、争点整理の結果には核心的な主張上の対立点を挙げるという運用とは異なる理解をしていたように思われる。

 そして、第1審の公判手続の経過をみても、上記主張上の対立点について、主張立証のいずれの面からも実質的な攻撃防御を経ており、公判において争点とされなかったと解すべき理由もなかったものといえる。

 本判決が、第1審判決が本件判示部分を認定するに当たり、この主張上の対立点につき、争点顕在化措置をとらなかったことに違法があったとは認められないと判示した背景には、以上のような考慮があるものと推察される。

4 原審差戻しの理由

 本判決は、原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻しているところ、差戻しの理由について「刑訴法・・・413条本文に従い」と判示するのみではあるが、原判決が検察官・被告人の控訴趣意のほとんどにつき判断を省略したという訴訟の経過に照らせば、残された控訴趣意につき原裁判所の審理を尽くさせるため、事件を差し戻したものであることは明らかと思われる。

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 本判決は、本件未発射事実について、争点整理の結果に明示的に掲げられなかったからといって、争点顕在化措置をとらずに殺害に至る経過として認定することに違法はないとした事例判断ではあるが、公判前整理手続における争点整理の在り方として、先に述べたように公判審理の枠組みを提示する運用が目指されるべきことを示唆するとともに、主張上の対立点をすべからく挙げるべきものではないことを裏付ける意味を有しており、実務上の参照価値が高いことから、ここに紹介するものである。

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