◇SH0030◇船舶アレストと戦時徴用訴訟(6・完) 西口博之(2014/07/10)

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船舶アレストと戦時徴用訴訟(6・完)

―商船三井船舶差押え事件に鑑みて―

 

                 大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師

                        西 口  博 之

V.我が国企業の今後の対応策

 最近の韓国及び中国との戦時徴用紛争は、我が国の両国との戦時賠償が、韓国とは1965年の日韓基本条約、中国とは1975年の日中共同声明において解決済みとの立場であるのに対して、韓国の場合、その条約は政府間の賠償の問題であってそこに個人の請求権が含まれないとの司法判断が下され中国の場合、今回の商船三井船舶差し押さえ事件に関連して「一般的な商業契約上の案件で中日戦争の賠償問題とは関係ない」との政府見解が出されている。要するに、両国ともに戦時徴用による連行事件並びに戦時徴用船事件も私人(企業)の問題であり、国家の賠償事件とは無関係であるとの立場である。

 この様な両国政府の立場からすれば、今後戦時徴用に関連する紛争は、強制連行であれ船舶徴用であれ、いずれも関連日本企業が訴えの相手とされ、その在中国・韓国の財産が差押えの対象となる懸念が多い。

 韓国については、2012年の大法院の判断並びに2011年8月の憲法裁判所による韓国政府の慰安婦問題への対応を違憲とした判断を受けてか、2012年8月に政府委員会で「日本の強制動員(戦犯)企業」299社を公表した。その中には、三菱・三井・住友等旧財閥系企業のほか、ゼネコンや日立・日産・マツダ・カネボウ・キリン・パナソニック等大企業も多数見られる[i]

 また、中国については、最近の中国政府の「民間・個人の請求権は含まない」との方針転換を受けて欧米などへの通知済みで今後日本企業に対しては厳しい姿勢を示してくるものと懸念される。

 また、それらの訴訟の基本となる法制・訴訟制度が我が国のそれとは異質な制度として適用されることになる。具体的に言えば、中国の場合には、上述した法の遡及と不安定な時効制度、韓国の場合、親日行為者財産の国家帰属に関する特別法[ii]に代表される対日政策の司法への影響を考えると我が国進出企業のリスクは図り知れないと言わざるを得ない。

VI.おわりに

 最近の中国との戦時徴用に係る紛争については、その主要なものは強制連行に係る紛争で、戦時徴用船に係る紛争は目立たない存在であった。その強制連行紛争でも、従来は中国政府が問題を深刻化させぬために訴訟を受け付けない等の政治的解決策が講じられてきた。

 しかしながら、尖閣島問題を巡る最近の日中間の政治的な軋轢を背景に、中国政府の方針に変化があり、商船三井船舶差し押さえ事件を契機に、日中共同声明における個人請求権問題に新しい解釈をして、敢えて紛争の深刻化を辞さない戦略にでるものと考えられる。

 その具体的に予想される事例が、商船三井船舶事件に引き続く天津での類似事件と北京並びに唐山での新たな強制連行事件の表面化である。

 我が国にとって、これまでの強制連行紛争が和解金による解決策がとられたとしても個人請求権がないとの2007年の最高裁の判断がくだされたことで、少なくとも日本サイドでは一定の歯止めが講じられているとも考えられる。

 しかし、徴用船紛争は事例が少ないとはいえ、同国の港に日本船舶の入港を避けることが出来ぬ以上、同じ事例が続く懸念もある。但し、今回商船三井がやむを得ずとはいえ和解金を支払ったことと、政府がICJへの提訴を諦めることで、弱腰と見られ、現地資産の差押さえが強制連行事件にも援用され他の我が国企業の現地資産が差押さえされるとなると、その前例を作った商船三井が批判される不幸なケースとなりかねない。

(完)



[ii] 例えば、「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」がその一例である。

 

 

 

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