法のかたち-所有と不法行為
第二話 社会関係性がない所有権概念は法概念たりうるか
法学博士 (東北大学)
平 井 進
2 権利の地位・作用・結果・目的の側面
ここで、一つ思考実験をしてみよう。
ある都市が城壁によって外部勢力の攻撃から守られており、その中にいる市民が外部勢力と戦闘する必要がない状態にあるとする。そのような状態にあるのは、その都市が城壁によって守られていることの反射的効果である。ここで、「ある区域内において外部勢力と戦闘がない」という文を考えてみる。この文だけであれば、その状態となるのは、①城壁を作ったためであるのか、あるいは②過去に外部勢力を絶滅させて今や市外に人がいないためであるのか、もともと③世界にその都市しかいないためであるのか、いずれを原因としても同じ記述となる。
このように、同じ結果をもたらす原因が複数あるときに、結果の状態をいうだけでは、そのような結果をもたらす原因が何であるかを示すことはできない。すなわち、論理的に、結果からその原因を導出することはできない。
また、上記の文の状態によって、「ある区域内において人々が自由に活動することができる」という文も可能となろう。しかし、その文の主題が、城壁の作用によってそのような状態にすることであるとした場合、その文だけから城壁との関係に思いいたる読者はいないであろう。すなわち、作用の結果の状態において市民が何をすることができるかということは、その作用の主題とは関係がないのである。
このような関係性(因果性)は、法関係を記述する場合も同様に当てはまる。ここで法関係を説明するために、次の四つの側面に分解して考えてみる。
(1) 地位:その法的作用を求めることに正当性があるとする根拠。
(2) 作用:法関係における対人的な作用(請求)。
(3) 結果:その作用を及ぼすことによって生ずる状態(作用の反射的効果)。
(4) 目的:その結果状態において人が行えること(活動とその価値)。
さて、前述のドミニウム(所有)の話に戻ろう。ここで、所有とは「ある対象を人が任意に用いることができること」と規定するとする。この文は、ある作用の結果状態(他者による干渉がない)において可能な活動を示しているが、そもそもこれが世界に他者が存在しないことを述べているのか、他者は存在するがそれを無効化した(殺した・動けなくした)ことの結果を述べているのか、存在する他者がそのような状態であることに同意し、または強制されていることを述べているのか、その結果をもたらす原因(作用)が何であるかを示すことはできない。
法関係とは社会関係の概念であり、法関係として所有をいうのであれば、社会に他者が存在し、所有者と他者との関係としての何らかの対人的な作用を規定し、それによって法関係がどのように実現するかを示す必要がある。
演繹とは、ある命題の中に存在する要素を論理的に導出することであり、その命題の中にない要素は導出されえない。「ある対象を人が任意に用いることができること」という(人と物の事実関係の)文には他者に関する要素がないので、その文から他者との関係(法作用)を演繹することはできない。「人と物の関係」の記述に基づいて主張される「人と人の関係」は、すべて恣意的なものである。
さて、所有権の規定から請求権が演繹されないとなれば、所有権は、その対象に関して他者に必要な請求権をもつことを正当化する権能を示す「地位」的な概念であることになろう。