冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(15)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅲ 冒頭規定と諸法
(2) 売買
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
冒頭規定(555条)の要件に則った契約が、「売買」であることを、当事者の合意により変更・排除することが難しいことがある。例えば、金融商品取引法上の金融商品の「売買」がこれに当たるだろう。また、独占禁止法上の「再販売価格維持」行為において、規制の対象となる取引は「商品」の「売買」(販売)であるとされており[1]、冒頭規定(555条)の要件に則った契約が、この独占禁止法上の「売買」(販売)に該当することを合意で変更・排除することは難しいだろう。
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者が「売買」としていても、その形式が否定される場合はあるだろうか。相続税法7条は、「著しく低い価額の対価」について、「みなし贈与[2]」とすることを定めている。すなわち、低額譲受による利益は、その対価と財産の「時価」との差額に相当する金額が、贈与によって取得したものとみなされる。ここで「時価」(相続税法22条)とは、「それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価格」である[3]。民法555条は売買を「一方が権利移転を約し、相手方がこれに対し代金を支払う契約」と定めているが、売買の対象に「時価」がある場合、「権利移転に対し、代金を支払う」という取引でも、税法上「売買」に該当しないものがでてくることになる。われわれが売店で新聞を買ったり、スーパーマーケットで調味料を買ったりするとき、あまり「時価」は意識しない。しかし、不動産や有価証券のように、売買の対象に「時価」があるとき、その時価から乖離した「売買」は、その一部が贈与と扱われる可能性が高くなり、そのことを当事者の合意で排除することは困難である。すなわち、「時価」があるものについては、売買に関して、「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」が作り出されるといえる[4]。
また、裁判例に眼を転ずると、当事者が「売買」とした取引を、「交換」とした裁判例がある(東京地判平成10・5・13。これに対する控訴審判決として、東京高判平成11・6・21[5])。「合意による変更の可能性」という観点から、1審及び2審判決それぞれが、興味深い内容となっているが、第1審は当事者による「売買」を否定して、「交換」だとした。(但し、私法上「売買」が否定されたのか(或いは税法上「売買」と扱うことだけが否定されたのか)については、明確でない。)この第1審の判決に対しては、「租税は法律にて定めなければならない」とする「租税法律主義」に照らすと、法律上の根拠がないにもかかわらず、当事者の選んだ契約形態を租税当局が組み換える結果をもたらすとの批判がなされている。第2審は、第1審を覆して、「交換」ではなく2つの「売買」であるとした。
覆されたものの、第1審のように、当事者の選択した契約枠組(売買)を否定して、別の契約(交換)とする考え方がありうることは、極めて興味深いことである。当事者による契約形態を尊重することを原則としつつも、それが何らかの法律の「潜脱」に当たる場合には、その契約形態は否定されるとする考え方が背後にあるように思われる[6]。
[1] 実方謙二『独占禁止法〔第4版〕』(有斐閣、1998)275頁を参照。
[2] 「みなし贈与」には他に生命保険・損害保険(相続税法5条)、定期金(同法6条)等があるが、ここでは典型的な7条のみを例とする。
[4] 一般に、当事者の選択が否定されるのは、その背景に徴税等の潜脱目的がある場合等、悪性が強い場合が多い。それとは対照的に、「みなし贈与」は、当事者の目的に悪性が弱い場合でも、当事者の「売買」とする形式が否定される点が重要である。
[5] 両判決の内容については、谷口勢津夫「私法上の法形式の選択と課税――売買か交換か」『租税判例百選〔第4版〕』(有斐閣、2005)38頁を参照。
[6] また、売買に関する「合意による変更・排除が難しい規律」として、証券化ビジネスにおける「真正売買」の要件が挙げられよう。売買とする当事者の合意に加え、価格の妥当性、対抗要件の具備、対象資産への権限の有無、買戻義務の有無等が問題とされ、これらに関して一定の要件を充たさない場合、(売買でなく)「担保権設定」等として扱われることになる。文献としては、岡内幸策『証券化入門〔第3版〕』(日本経済新聞社、2007)83頁を参照。