政府、過労死等防止対策白書を初めて閣議決定
岩田合同法律事務所
弁護士 上 西 拓 也
本年10月7日、政府は、過労死等防止対策推進法(「過労死防止法」)に基づき、平成28年版過労死等防止対策白書(「白書」)を初めて閣議決定し、国会に提出した。
白書には、過労死等[1]の現状のほか、過労死防止法の制定、過労死等の防止のための対策に関する大綱の策定、過労死等の防止のための対策の実施状況が記載されている。
以下、過労死等の現状に関する記載のうち、労働時間、労災補償に関するものに焦点を当てて紹介する。
年間総実労働時間
労働者一人当たりの年間総実労働時間は緩やかに減少しているが、パートタイム労働者を除く一般労働者の年間総実労働時間は高止まりしており、労働時間の二極分化がうかがわれる。
1週間の就業時間が60時間以上の雇用者
1週間の就業時間が60時間以上の雇用者の割合は全体として減少傾向にある。年齢別・性別では、30歳代、40歳代の男性の割合が高い。勤務問題を原因・動機とする自殺者のうち30歳代、40歳代の割合は高いとのデータも示されており、これらの世代の働き方に課題があることがうかがわれる。
労働基準法(「労基法」)上、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える時間外労働は時間外・休日労働協定(「36協定」)に定める限度時間内でしか認められない(労基法32条、36条1項)。36協定による時間外労働の延長時間については、厚生労働大臣による限度基準[2]に定める上限がある。
但し、管理監督者については法定労働時間の規定は適用されないため(労働基準法41条2号)、就業時間が長くなる例も多いものと思料される。
労災補償の状況
業務における強い負荷による精神障害を発症したとする労災補償請求件数は平成21年度に1000件を超えて以降、ほぼ毎年増加しており、支給決定件数は平成24年以降400件を超える数で推移している。支給決定件数のうち、93件が自殺(未遂を含む)であり、昨年(99件)に続き高い水準にある。
なお、労災認定には健康障害と業務との間の因果関係(業務起因性)が必要だが、業務に起因してうつ病等が発症し、自殺に至った場合、自殺による死亡という結果についても一般に業務起因性があると考えられている。精神障害にかかる支給決定件数のうちに自殺が含まれるのはそのような背景に基づくと考えられる。
企業調査
企業調査の結果によれば、1ヵ月の時間外労働時間が最も長かった正規雇用従業員の時間外労働時間が月80時間を超えた企業は22.7%、うち100時間を超えた企業は11.9%である。月100時間超または2~6ヵ月にわたる月80時間超の時間外労働時間は、脳・心臓疾患の労災認定基準(下記図参照)において判断の目安とされているほか、通達[3]上、産業医による面接指導等が求められる水準とされていることに留意が必要である。
脳・心臓疾患の認定基準 厚生労働省の定める脳・心臓疾患の業務起因性の有無の判断に関する基準である。判断に当たっては発症に近接した時期における負荷のほか、長時間にわたる疲労の蓄積を考慮することとされている。業務と発症との関連性に関する基準は次のとおりである。
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厚生労働省は、平成26年9月に「長時間労働削減推進本部」を設置し、月100時間超の残業を把握したすべての事業場や過労死等を発生させた事業場に対する監督指導を行うほか、長時間労働削減のための取組を推進している。
白書は、大手広告代理店従業員の自殺が労災認定された事案の報道と同日に公表された。白書の公表や当該報道を契機に、労働安全衛生をめぐる議論が加速し、施策が拡充されることも見込まれる。
このような状況下、企業には、労基法や労働安全衛生法等の法令を遵守すること、36協定の内容を労働者に周知すること等の基本的な取組に加え、職場環境の改善や働き方の見直しを含めた自主的な取組のさらなる推進が期待されている。
以 上
[1] 過労死等とは、①業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡、②業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡、又は③これらの脳血管疾患、心臓疾患、精神障害をいう(過労死防止法2条)。
[2] 労基法36条2項。平成10年労働省告示第154号、平成15年厚労省告示355号、平成21年同省告示316号。
[3] 平成18.3.17基発0317008号。