冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(20)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅲ 冒頭規定と諸法
(2) 過去
印紙税法は、典型契約と密接に関連する法律としては、長い歴史を有する点に特徴がある。そこで、本稿の問題意識の範囲で、過去の印紙税法について概観しておこう。
ア 概要
我が国の印紙税法は、明治6(1873)年に創設され、その後、何回かの大きな改正を経て今日に至っている。本稿の視点からみると、明治32(1899)年に改正され、その後昭和42(1967)年まで続いていた印紙税法が、最も重要なものである[1]。
イ 明治32(1899)年改正後の印紙税法[2]
①典型契約の取り込み
本稿の観点から最も重要な特徴は、この明治32年改正の印紙税法が、明治期の民法制定の内容を踏まえて、典型契約の多くをそのままの形で取り込んだことである。この前段階の「證券印税規則」(明治17年)において、委任状・約定證文等が課税対象となり、金額の記載のある契約に関しては「諸般の契約證書」という形で一般的に課税文書が定められていたのに対し、明治32年改正法では、使用貸借、賃貸借、雇庸、寄託、組合等の典型契約が課税文書となっている。(この後の改正において、消費貸借、請負が加わった。)
②包括網羅主義
印紙税法は、その創設時(明治6年)から、1つの特徴を持っていた。それは、すべての経済的証書類を課税の対象とする「包括網羅主義」が採用されていたことである。明治6年の時点では、法文上その旨が明記されていたとは言い難いが、明治32年の改正法では、「財産権ノ創設、移転、変更若ハ消滅ヲ証明スヘキ証書、帳簿及財産権に関スル追認若ハ承認ヲ証明スヘキ証書」を課税文書としており、これは「包括網羅主義」を規定したものとされている[3]。その後、昭和2年の改正により、個別の課税文書の後に「前各號以外の証書」との文言が入り、包括網羅主義を明記した。(これに対しては、課税範囲が明確でないとの批判がなされたため、昭和42年に「限定列挙主義」の現行法となる。)石原論文(前掲注[1]619頁)は、包括網羅主義について、次のように述べる。
「創設時の印紙税法は、――その規定の仕方は限定列記主義を採用せず、あらゆる経済的証書類に課税する包括網羅主義を採用していたと見てよい。――わが国の印紙税法は後述するように昭和42年まで包括網羅主義を採用するが、創設時から包括網羅主義であったことは記憶に留められるべきであろう――。」
契約書作成者の立場に立てば、作成している何らかの(経済的証書である)契約書は、印紙税法上の課税文書に(無理にでも)あてはめた上で、適切と考えられる印紙を貼付する必要があったということである。
③制裁
印紙税法の処罰は、創設以来、かなり厳しいものであった。明治17年の改正で、制裁として「科料・罰金」という文言が使用されたが、刑法の不論罪の規定が適用されないため、過失による不貼付も罰則の対象になるという厳しい制裁だった。次の引用は、この点に関するものである[4]。
「証書、帳簿に相当印紙を貼用しなかったり、税印の押捺を受けなかった場合は、脱税高20倍の科料又は罰金に処された(同法11条)。また、前述したように、刑法の不論罪の規定が適用されないことから、過失の印紙不貼付も処罰された。極めて厳しい制度であった。」
民法の典型契約の多くが課税対象であったこと、そして、包括網羅主義が採られていた上に罰則として刑罰を科される対象となったことを考えると、この時期の契約書作成者は、刑罰を回避するために、作成している契約書を、無理にでも印紙税法上の課税文書にあてはめる必要があった[5]。こうしたことを1つの背景として、「はじめに―課題の設定―」の2つ目の疑問点において言及した、「どれかの典型契約に入れようと苦心する傾き」が生じたといえるだろう。
典型契約と関連法令等、そして現在の印紙税法の課税文書の関係をまとめたのが、次の表3である[6]。
表3 典型契約と関係法令等
(注) 使用貸借及び委任も、1989年改正まで、印紙税法上、課税文書であったことに留意。
表3にみられるように、冒頭規定の多くが、「関連法令等」又は「印紙税法」に取り込まれており[7]、我が国社会に広くみられる「冒頭規定の要件の一定の安定性」を作り出してきたといえるだろう。
[1] 制裁を中心とした印紙税制度の沿革を概観する貴重な文献として、石倉文雄「印紙税制度の変遷と過怠税制度等について」金子宏先生古稀『公法学の法と政策(上)』(有斐閣、2000)613頁以下を参照。
[2] 印紙税の歴史については、田中秀吉『印紙税法の起源と其の史的展開』(第一書房、1937)を参照。
[3] 石倉・前掲注[1] 624頁を参照。
[4] 石倉・前掲注[1] 624頁を参照。
[5] 法規範の内容を確認することは重要だが、他方、その法規範の実効性がどの程度のものであったかについても、同じく重要であろう。ただ、印紙税法の制裁の当時の実効性については、実証的な記録は見当たらず、新聞等の媒体からエピソード的な記録を確認するほかはない。次の読売新聞の昭和2(1927)年の記事は、印紙税法の制裁が、ある程度の実効性を持っていたことを示しているといえるだろう。読売新聞昭和2(1927)年1月23日朝刊7頁上段「一文惜しみの百知らず―印紙をおしんで罰せらるる違反者が近頃増加― 最近印紙税法違反の罪で略式命令により罰金刑に処せられるものがメッキリ多くなって、東京区裁判所で取扱う数だけで一日七八十件に及んでいるが、規程の印紙を不足に貼る横着な者が多いのである。――」
[6] 民法上の典型契約だけでなく、商法上の典型契約(商事売買、匿名組合等)についても、同様の検討が可能であることにつき、留意が必要であろう。
[7] これら関連法令等及び附随する規律が、個別の典型契約の内容に影響を与えること(例えば、印紙税通達による「請負」概念の実質的拡張(→1Ⅱ1. (2)))に対しては、「本来そうした影響は法律によってなされるべきである(税法の通達等のレヴェルにおいてなされるべきでない)」との批判がありうるだろう。そのような批判は、本稿の視点からも妥当性を持つと考えられるが、「附随する下位の規律の影響に基づいたリスク」は(そのような批判が妥当である場合でも)実際に存在するわけであり、契約書作成の際にそうしたリスクを認識・測定する必要があることに変わりはない。本稿では、そうしたリスクを明確化・言語化・最小化することを、さしあたりの目標としている。