日本企業のための国際仲裁対策(第15回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第15回 国際仲裁手続の序盤における留意点(9)-簡易手続
1. 近時注目を集めている簡易手続
簡易手続(expedited procedure)とは、通常の仲裁手続よりも、短期間のうちに、簡便な手続によって仲裁判断を得るための手続きである。
これは、仲裁手続利用のハードルを下げるものとして、近時注目を集めている。SIACでは2010年の制度導入以来2016年8月までに171件の利用があり、HKIACでも2015年に7件利用があったとのことである。JCAAの規則にも、簡易手続の定めがる。
ICCの規則上は従前定められていなかったが、2016年11月4日、ICCも仲裁規則を改正し、簡易手続を導入することを公表した。この規則改正は、2017年3月1日に効力が発生する。
また、SIACでは、簡易手続の利用範囲を広げるために、これが利用可能な請求金額の上限を、2016年8月1日の規則改正において、従前の500万シンガポールドルから、600万シンガポールドルに引き上げた。
2. 簡易手続の要件等
(1) SIAC
簡易手続を利用するための要件は、SIACの場合、次のいずれか一つを満たすことである(5.1項)。
- ① 請求金額が600万シンガポールドルを超えないこと(但し、ここでいう請求金額は、反対請求が申し立てられ、又は相殺の抗弁が主張されている場合には、申立人の主請求の額に、反対請求の額と、主張されている相殺の額を加算する)、
- ② 当事者が簡易手続によることに合意していること、又は
- ③ 迅速に手続を進めるべき特段の事情があること。
以上のいずれか一つが満たされる場合には、当事者の一方(申立人又は被申立人)は、SIACに、簡易手続によることを申立てることができる。但し、その申立ては、仲裁廷が構成されるより前に行わなければならない(5.1項)。
この申立を受けた後、SIACにおいて、当事者双方の意見と、当該案件の状況を検討の上、簡易手続によるべきとの判断がされると、簡易手続によって進められることとなる(5.2項)。
(2) HKIAC
HKIACにおいて簡易手続を利用するための要件は、次のいずれか一つを満たすことである(41.1項)。下記①の金額以外は、SIACの場合と同様である。
- ① 請求金額及び反対請求金額(又は相殺の抗弁の金額)の合計が2500万香港ドルを超えないこと、
- ② 当事者が簡易手続によることに合意していること、又は
- ③ 迅速に手続を進めるべき特段の事情があること。
以上のいずれか一つが満たされる場合には、当事者の一方(申立人又は被申立人)は、HKIACに、簡易手続によることを申立てることができる。但し、その申立ては、仲裁廷が構成されるより前に行わなければならない(41.1項)。
HKIACにおいて、当事者双方の意見を検討の上、上記申立てを認めた場合、簡易手続によって進められることとなる(41.2項)。
(3) JCAA
JCAAの場合、請求金額が2000万円以下であれば原則として簡易手続となるが、2000万円を超えるときは、当事者が簡易手続によることを合意し、そのことをJCAAに通知した場合のみ簡易手続となる(75条1項及び2項)。
3. 簡易手続の内容
(1) SIAC
簡易手続の内容は、SIACの場合、次のとおりである(5.2項)。
- • 事務局は、仲裁規則が定める各種期限を短縮できる。
- • 仲裁人の人数は原則として1名。
- • 書面審理(ヒアリングを行わないこと)も可能。
- • 最終の仲裁判断は、仲裁廷が構成されてから6ヵ月以内に行われる必要。
- • 最終の仲裁判断の理由も、簡易な記載で足りる。
(2) HKIAC
HKIACの簡易手続の内容は、以下のとおりである(41.2項)。SIACとの相違点としては、書面審理が原則となっていることと、主張書面の提出回数が原則として各当事者1回に限られていることとがある。
- • 仲裁人の人数は1名。但し、仲裁合意により3名と定められている場合には、HKIACが、当事者双方に対し、仲裁人を1名とすることに合意することを促す(当該合意が得られなければ、仲裁人は3名となる)。
- • HKIACは、仲裁規則が定める期限及び自らが設定した期限を短縮できる。
- • 答弁書(Answer to the Notice of Arbitration)の提出後に、各当事者が提出する主張書面は原則として各1通。
- • 原則として書面審理(ヒアリングを行わない)。
- • 最終の仲裁判断は、仲裁廷が構成されてから6ヵ月以内に行われる必要。
- • 最終の仲裁判断の理由も、簡易な記載で足りる。当事者が合意した場合は、理由の記載の省略も可能。
(3) JCAA
JCAAの簡易手続の内容は、以下のとおりである。基本的に、請求金額が2000万円以下の案件を想定しており、SIAC及びHKIACよりも更に迅速な手続を想定している。
- • 簡易手続によることが確定した場合においては、反対請求の申立て又は相殺の抗弁の提出ができなくなる(77条。但し、被申立人が仲裁申立ての通知を受領した日から2週間以内に申立てた反対請求又は提出した相殺の抗弁については、効力が維持される余地がある)。
- • 申立て(反対請求の申立てを含む)又は相殺の抗弁を変更することができない(78条)。
- • 仲裁人の人数は1名(79条1項)。
- • 当事者は、簡易手続によるとのJCAAからの通知を受領した日から2週間以内に合意によって仲裁人の選任をし、JCAAに通知をしなければならない(79条2項)。この通知がない場合、JCAAが仲裁人を選任する(79条3項)。
- • ヒアリングを行う場合には、原則として1日限り(80条)。
- • 最終の仲裁判断は、仲裁廷が構成されてから3ヵ月以内に行われる必要(81条)。
- • 手続参加及び複数の仲裁手続の併合が認められない(82条)。
4. 簡易手続によるか否かの判断
簡易手続と、通常の仲裁手続のいずれが望ましいかは、基本的には、簡易迅速な手続を望むか、より慎重な手続を望むかの問題である。したがって、勝訴することを軸に考えるのであれば、簡易迅速な手続でも勝訴できる見通しが持てる場合に簡易手続を選択し、勝訴のためには慎重な審理が望ましいと考えるのであれば、通常の手続を選択するというのが、基本的な考え方である。
また、請求金額がさほど大きくない場合には、勝訴よりも、簡易迅速に決着をつけることにより大きな意味があると考え、簡易手続を選択することも考えられる。
簡易手続は、上記のように、近時注目を集めていることからも裏付けられるとおり、利用価値のある手続である。また、簡易手続だからといって、適正な判断が得られないということもない。迅速に下された判断であっても、適正な判断である場合は多くあり、例えば、日本の裁判所における仮処分事件に関する判断は、当事者双方に主張等の機会が与えられた手続の場合、その後の通常訴訟の段階で維持される可能性が高い。
また、仲裁人の人数を1名ではなく3名とすることも、当事者双方が合意すれば、簡易手続においても可能である(HKIACの規則上は、上記のとおりこの点が明記されている。SIACの規則も、仲裁人が3名となる余地を認めている)。
簡易手続は、検討に値する選択肢である。
以 上