実学・企業法務(第14回)
第1章 企業の一生
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
(2) 金(カネ)
1) 資金調達
企業は、規模の大小に関わらず、一定の資金を元手にして、定款で定めた事業目的を実施するのに必要な人材・商品・資材・機械設備・建物・情報等を取得又は借用し、それを用いて事業を行い、利益を得る。
企業の事業資金は、次のような者から調達する。
- (a) 創業者本人、その家族・友人・知人 生活費に余裕を残して資金を拠出するのが望ましい[1]。
-
(b) 投資家(スポンサー)
事業化段階 クラウド・ファンディング[2]、エンジェル税制[3]を利用する個人投資家
上場前 ベンチャーキャピタル[4]、グリーンシート銘柄制度[5](2018年3月末に廃止)
上場後(証券取引所が開設する有価証券市場) -
(c) 金融機関
政府系[6] 国民一般・中小企業・農林水産業への貸付等、目的を特定して政府出資によって設立された金融機関が融資する。
民間[7] 普通銀行(都市銀行、地方銀行)、信用金庫、信用協同組合
(注) 信用金庫・信用協同組合は、原則として組合員に対して資金貸付を行う。 - (d) 国・地方自治体が交付する補助金[8]
- (注) 近年、日本では、企業の資金調達意欲が乏しい。その原因の一つが、研究・技術開発の成果の事業化を困難にしている過度な資金調達規制や事業規制にあるとして、さまざまな法改正が行われている。
次に、企業が手元資金を増やす方法を列挙する。返済や利息支払い等の義務がない資本金や利益で資金を調達できれば、調達先から使途を子細に拘束されず、事業展開の自由度が大きくなる。
① 資本金[9]
会社が事業を開始又は拡大するときは、一般に、株式発行や財産拠出によって資本金等を調達し、それを元手にして必要な事業体制を整える。
- (注) 1円の資本金で設立された株式会社は、設立当初から事業運営のための資金を外部からの借入金等に依存せざるを得ない。
増資による資金調達は、原則として取締役会[10]が募集株式の発行(公募・第三者割当・株主割当のいずれかの方法による)を決議[11]して行う。
増資は、安定株主の確保や敵対的買収防衛の目的で行われることもある。
募集株式を発行して調達した資金は、全て資本金に組み入れるのが原則だが、実際には、調達額の2分の1を超えない範囲で資本金に組み入れず、資本準備金とする[12]例が多い。
株主は、剰余金配当請求権(会社法105条1項1号)に基づいて原則として株主総会の普通決議で、剰余金分配可能額[13]の範囲内で配当を行うことができる[14]。一定の要件を備えた会計監査人設置会社では、定款で、配当を取締役会決議で行う旨を定めることができる(会社法459条)。
株主は、会社が解散する際の残余財産分配[15]について、他の全ての債権者に劣後する。
② 社 債
社債は、会社が行う割当てによって発生する会社を債務者とする金銭債権で、会社法(2条23号、676条)に従って償還される。社債は株式会社等[16]が長期資金を調達する手段で、普通社債と新株予約権付社債[17]の種類があり、無担保・無記名で発行される例が多い。
社債権者は、通常の企業経営に関与する権限はないが、会社の利益の有無に係わらず所定の利息を受け取る権利を持ち、会社の解散時には、株主に優先して会社財産から弁済を受ける。
- (注) 日本では、第2次世界大戦の頃から社債の発行規制が欧米諸国に比べて厳しく、大手の日本企業は海外で起債して日本の社債市場が空洞化したとされる。そこで、ディスクロージャー制度・格付制度[18]の整備や社債発行限度枠・適債基準の撤廃[19]等が進められ、起債条件が緩和されたが、近年、社債市場は新規発行・売買ともに低調である[20]。近年のマイナス金利導入後の動向が注目される。
[1] 資金の提供者は利息・配当・売却益等を期待するが、未公開株式や高利回り・安全を謳う社債への投資を勧誘する詐欺的商法による消費者被害が後を絶たず、消費者庁・警察庁・金融庁等が注意喚起や摘発を繰り返している。
[2] 新規・成長企業と投資家をインターネットサイトで結びつけて資金を集める方法で、多くの投資家から少額ずつを集めることができる。
[3] 個人投資家は、①投資時(総所得金額から投資金額を控除等する方法、又は、株式譲渡益から投資額全額を控除する方法を選択)と、②株式売却時(他の株式譲渡益と相殺し、翌年以降3年間、損失を繰越できる)の両方で税制上の優遇措置を受けることができる。直接投資・認定投資事業有限責任組合経由・証券会社経由等の投資方法により、税制の確認申請の方法が異なる。
[4] 投資等により未公開企業の起業・成長・発展のための資金を提供する投資会社。上場・保有株転売・配当等による高収益を狙って資金を運用する。投資事業有限責任組合契約に関する法律(通称、LPS法)は組合員の制限を撤廃し、事業者への自由な融資・事業者に対する金銭債権の自由な取得を認める等、投資手法を自由化した。
[5] 日本証券業協会の制度。公開企業並みに企業内容が開示され、投資家が相応の投資判断材料を入手できる非上場企業が発行する「有価証券の売買気配」を継続的に提示する証券会社が、投資勧誘できる制度。20銘柄指定(2016年7月末現在)。
[6] 日本政策金融公庫(株式会社日本政策金融公庫法)、商工組合中央金庫(略称:商工中金。株式会社商工組合中央金庫法)等
[7] 普通銀行(銀行法)、信用金庫(信用金庫法)、信用協同組合(単に、信用組合ともいう。中小企業等協同組合法)
[8] 国又は地方公共団体等が、特定の事務・事業を行う者に対し、それを奨励・助長する目的で交付する給付金で、補助金・助成金・奨励金・交付金等の名目で給付する。国が交付主体となる場合は、法律に基づく「法律補助」と、予算範囲内で行政庁の裁量で支出する「予算補助」がある。国の補助金等の適正な執行を図ることを目的として「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」が制定されている。また、普通地方公共団体(都道府県及び市町村)は、公益上の必要がある場合は、寄附又は補助をすることができる(地方自治法232条の2、1条の3第2項)。
[9] 基金又は財産の拠出については、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律138条、157条
[10] 公開会社は原則として取締役会の決議による(会社法201条1項、202条3項3号)が、公開会社でない会社については株主総会の特別決議を必要とする(会社法199条2項、202条3項4号、309条2項5号)。
[11] 会社法199~202条
[12] 会社法445条1項、2項、3項
[13] 会社法461条2項、会社計算規則(法務省令)
[14] 米国では、アップル社が高収益に関わらず1995~2011年の間、事業への再投資を優先して無配を続けた。
[15] 会社法105条1項2号
[16] 持分会社・特例有限会社も発行できる(会社法676条、2条1号)。
[17] 発行時に定めた条件で株式に転換できる一方、一定期間毎に社債(債権)として利息を受取ることもできる。転換せず満期まで持てば、額面で償還される。売却益を勘案して普通社債より低めに金利が設定される。株価が上昇して転換が進むと、発行者は株式(新株発行又は自己株式)で負債を弁済することになり、キャッシュ・フローが良化する。
[18] 格付け機関には、日本格付投資情報センター、日本格付研究所、ムーディーズ(米国)、スタンダード&プアーズ(米国)等がある。
[19] 社債発行限度枠撤廃1993年、適債基準撤廃1996年
[20] 普通社債の発行残高(2016年3月末)は57兆円である(日本証券業協会データ)。