実学・企業法務教室(第17回)
第1章 企業の一生
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
(2) 金(カネ)
1) 資金調達
⑥ 利 益
「経営活動で得た利益」から法人税等を控除した税引後利益が株主資本の剰余金[1]に充当され、その剰余金の中から株主に配当金を分配した残高が、企業が事業に使える資金になる。
企業の利益からは、国の法人税や都道府県の事業税等の税金[2]が優先して徴収[3]される(租税優先権)が、事業不振等により利益を計上できなければ納税の必要はない(申告義務はある)。赤字経営が続くと研究開発・設備投資・営業活動等の資金を捻出できず、過去に蓄積した剰余金も損失の累積により減少し、最終的に無配に陥って、事業は行き詰る。
まれに、決算が粉飾されて利益が過大(又は過少)に財務諸表に表示されることがあり、国を挙げて会計監査機能の強化が図られている。粉飾決算では、赤字又は低収益の会社が架空売上計上・費用繰延べ・在庫の過大評価等を行って黒字を装う例が多いが、高収益会社が費用を過大に計上して利益を圧縮(逆粉飾)し、課税逃れを図る例もある。
税制は企業の資金調達力に大きな影響を与えるので、多くの企業が、税率が低く、手元に少しでも多くの資金が残る国・地方に事業拠点を設けようとする。これに対して、産業振興を図る国・地方が税率を低く設定して企業誘致を図るので[4]、国・地方によって税率に大きな差が生まれている。
企業では、税務部門を特殊な技能集団と見る向きが多い。しかし、節税と脱税を適正に区別してグローバルに遵法経営を行うには、価値が創造される所(国)で適切に利益を計上して納税するように事業スキームを設計する知見を有する税務部門が、経営において重要な役割を果たすことが期待される。
企業法務にとっても税務の知識は重要である。移転価格問題や不透明な資金移動の原因となる契約の作成には法務が係わることが多いが、契約のリーガル・チェックでは税務・会計の最低限の知識が欠かせない。
〔租税回避の規制に向けた国際的な動き〕
多国籍企業が納税の回避を狙って低税率(又は無税)のタックス・ヘイブン[5]等に恣意的に利益移転を行うと、本来の課税国は税源が浸食されて健全な財政政策を行うことができない。また、タックス・ヘイブンはマフィアやテロ組織等が本国の取り締まりを逃れて資金洗浄(マネー・ロンダリング)するのに利用されることも多く、各国当局が連携して企業の海外送金を監視[6]している。
次に、OECD(経済協力開発機構)の国際税制に関する2つの取り組みを記す。
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事例1) OECD多国籍企業行動指針(2011年) 第1部 Ⅺ 納税 より
「企業が所定の時期に納税義務を履行することにより受入国の公共財政に貢献することは重要である。特に企業は、その事業活動を行う国の租税に関する法律及び規則の文言及び精神の双方に従わねばならない。法の精神に従うとは、立法趣旨を理解しこれに従うことを意味する。(略)税コンプライアンスは、事業活動に関連して賦課される租税の正確な決定を目的として法定の又は関連する情報をタイムリーに関係当局に提出すること、及び企業グルー プ内の価格設定の慣行を独立企業原則(arm’s length principle)に合致させること等の措置を含む。(外務省仮訳)」 -
事例2) OECDがBEPS[7]最終報告書を公表(2015年10月)
2015年9月にOECDでBEPSプロジェクトに関する最終報告書(Final Reports)が取りまとめられ、同年10月のG20財務大臣会合(ペルー・リマ)報告を経て、G20サミット(トルコ・アンタルヤ)で報告されてその首脳宣言で支持され、G7伊勢志摩首脳宣言(2016年5月)[8]及びG20サミット首脳宣言(2016年9月 中国・杭州)でもその重要性と必要性が確認された。
BEPS行動計画(15項目)の内容は、下記の通りである。「⑬移転価格税制に係る文書化」のように、コンプライアンス・コストの上昇を招く可能性がある重要な事項が列挙されている点に注目したい。各国が具体的に法改正等してこの計画に整合することが求められており、これに伴う企業活動への影響の分析と、適切な対応策の構築が必要になる。
①電子経済の課税上の課題への対応、②ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化[9]、③外国子会社合算税制の強化、④利子控除制限、⑤有害税制への対抗、⑥条約濫用の防止、⑦人為的な恒久施設(PE)認定回避、⑧-⑩移転価格税制と価値創造の一致、⑪BEPS関連のデータ収集・分析方法の確立、⑫タックス・プランニングの義務的開示、⑬多国籍企業情報の報告制度(移転価格税制に係る文書化)、⑭より効果的な紛争解決メカニズムの構築、⑮多国間協定の開発
[1] 会社法446条1~7号、会社計算規則149条、150条
[2] 法人税法、地方税法4条2項
[3] 国税徴収法8条、地方税法14条。なお、税金徴収に不服がある場合の手続きは、行政不服審査法(行政機関による審査)や行政事件訴訟法(裁判所による裁判)による。
[4] (例)シンガポールは法人税率17%だが、パイオニア・ステータスを認定した企業には最長15年間の法人所得税の免税措置を適用する。中国は企業所得税率25%だが、法律で定めた地区(深圳、珠海他)であげた所得について、最初の1~2年目は免除、続く3~5年目は税率を半分にする(2免3減という)。
[5] サンマリノ、バミューダ諸島、バハマ、バージン諸島、ケイマン諸島等が租税回避地(タックス・ヘイブン)として知られている。
[6] 金融活動作業部会(略称FATF:Financial Action Task Force)は、反資金洗浄及びテロ資金供与対抗措置(AML/CFT)に関する国際枠組みである。OECDの下部機関ではないが、事務局がOECDの建物の中にある。
[7] Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)
[8] 外務省資料より引用して作成。
[9] 金融商品・事業体に対する複数国間の税制の相違を利用して税逃れを行うことを規制する。