カジノ法(IR推進法)の成立(4)
-マネー・ローンダリング-
弁護士法人三宅法律事務所
弁護士 渡 邉 雅 之
今回は、平成28年12月26日に公布された「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(以下「IR推進法」といいます。)に関して、国会で争点の一つとなったマネ―・ローンダリング対策に関して解説いたします。
1 FATF勧告とカジノ事業者
FATF(Financial Action Task Force(金融活動作業部会))とは、マネー・ローンダリング対策・テロ資金供与対策に関する政府間会合です。FATF勧告は、マネー・ローンダリング対策・テロ資金供与対策に関して各国が取るべき措置を定めている。勧告は事実上の国際スタンダードとなっています。
FATF勧告において、カジノというゲーミング場はマネー・ローンダリング対策を講じなければならない対象施設になっています。カジノを合法化している国はFATF勧告に従っての国内措置を講じています。
FATF勧告においては、カジノについては、免許制、犯罪者及びその関係者による所有、経営、運営の防止、マネー・ローンダリング・テロ資金供与対策の義務の遵守等の規制措置及び監督措置の対象とすべきこととされています。そのために、一定の基準以上の賭けをする顧客の本人確認義務および記録保存義務を負うことになります。
わが国では「犯罪による収益の移転の防止に関する法律」(以下「犯収法」という。)で、金融機関やクレジットカード会社・宅建業者等に対して、取引時確認、確認記録・取引記録等の作成・保存義務、疑わしい取引の届出義務などを定めています。
2 カジノにおけるマネー・ローンダリングの手法
カジノにおける代表的なマネー・ローンダリングの手法は、「敷居値未満の取引による取引時確認の忌避(ストラクチャリング)」および「少額および全くプレーしない場合」です。
前者は、窓口でチップを現金に交換する際に、敷居値(米国では1万米ドル)未満相当のチップの交換のみにして、ID(本人確認書類)の提示が必要な取引時確認を避けるような場合です。
後者は、チップを現金、クレジットカード、カジノ事業者の銀行勘定(フロント・マネー勘定)への送金により購入し、ほとんどまたは全くプレーをしないという手法です。マカオにおいては、中国人富裕層がジャンケットから与信を受け、ほとんどプレーせずに、それを現金化することにより、多額の資産回避を行っていると言われています。
3 ジャンケットによるマネー・ローンダリング
上記2のマネー・ローンダリングの手法と並んで(またはこれらを利用して)、マネー・ローンダリングに関して問題とされているのはジャンケット制度です 。
「ジャンケット」とは、マカオにおいて発展したものであり、VIP顧客をカジノに送客し、カジノ事業者からコミッションを得る仕組みです。ジャンケット事業者は、外部事業者であり、カジノ事業者のリスクの一部を引き受け(マーケティングコストおよび与信リスク)、サービシング(債権回収行為)も担います。すなわち、VIP顧客のマーケティングエージェント、貸金業者、サービサーの役割を果たしています。
4 マネー・ローンダリングを防止するための施策
(1) 厳格な背面調査
衆参の内閣委員会の附帯決議においては、IR実施法案において、カジノ施設関係者に対しては、極めて厳格な適格性・廉潔性の審査を行うことを前提としています。
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これらの措置により、カジノ施設関係者には、マネー・ローンダラーや反社会的勢力が関与する余地はないものと考えられます。
(2) 取引時確認義務・高額取引の報告義務
IR事業者(カジノ事業者)を犯収法上の「特定事業者」として位置付け、下記の取引を行う場合には、取引時確認、確認記録・取引記録等の作成・保存、疑わしい取引の対象とすることです。
◇ 現金をチップと交換する場面(FATFの推奨は3000米ドル)
◇ チップを現金と交換する場面(FATFの推奨は3000米ドル)
◇ フロント・マネー(預託金勘定)を設定する場面
◇ クレジット・ライン(与信枠)を設定する場面
参議院内閣委員会の附帯決議においても、以下のとおり、IR事業者に対して取引時確認義務、確認記録の作成保存義務、疑わしい取引の届出等の義務を課することを前提としている。
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(3) ジャンケット制度の導入は慎重に検討すべき
ジャンケット制度(特にマカオのジャンケット制度)には、負の面が多く、IRの導入にあたっては極めて慎重に検討すべきです。
ジャンケット制度については、マネー・ローンダリングの問題だけでなく、反社会的勢力の関与、高利貸しによる貸金業法違反といった問題も出てきている。カジノ債務の取立てに関しては、中国本土の(違法な)サービサーに債権譲渡をすることにより、日本国内の弁護士法などの法律の直接の対象とならなくても、現地法の違反のほか日本のIRに関連してこのような問題が生ずることは到底許されるものではありません。また、ジャンケットが反社会的勢力の資金源となる可能性も否定できません。
ジャンケット制度を設けない結果として、中国本土などのVIP顧客を誘客できないとしても、ジャンケット制度の負の面を抑止することの利益のほうが大きいと思われます。
参議院内閣委員会の附帯決議においても、以下のとおり、ジャンケットの取扱については極めて慎重に検討を行うこととされています。
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