◇SH1184◇実学・企業法務(第50回) 齋藤憲道(2017/05/25)

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実学・企業法務(第50回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

4. 販売(営業)

 企業経営に最も大きな影響を与えるのはお客様であり、企業の窓口として、そのお客様に接する機会が多い部門は営業である。営業は、日常、市場で顧客(消費者・企業等)・販売店・評論家等に向けて、自社商品を紹介・説明・販売・配送し、購入者から受けた商品クレームに対応する。

 この一連の業務の中で、自社商品に対する市場の評価(使い勝手、評判、他社比較等)を知り、自ら販売方法(広告・宣伝を含む)の改善を試みるだけでなく、既存商品の設計変更や新商品企画を設計・デザイン部門等に提案する。

 企業は、「商品を売るためなら、何をしても良い」のではない。過去に、企業が広告・宣伝・セールス等の中で、買い手(消費者)の誤認・誤解・判断力低下等を招く情報提供や契約を行ったことによって多くのトラブルが発生し、消費者被害の救済及び再発防止を目的として、現在、さまざまな法令・基準が設けられている。企業には、買い手(消費者)が社会常識・法令・基準等に基づいて商品を選択し、かつ、満足を得るような営業活動を行うことが求められる。

 目の前の商品を売ることだけを考えて営業活動を行うと、顧客が本当に求める機能・価格・品質・アフターサービス等を十分に提供できず、長期的に顧客の信用を失う可能性が大きい。営業は、売る前に一度、買い手の立場で考えてみる必要がある。

(1) 販売相手により異なる取引の常識

a. 一般消費者向け販売(B to Cビジネス)
 一般消費者に向けて商品販売を行う営業は、顧客にできるだけ多くの利便や快適さ等の満足を提供することを考える。しかし、企業の営業の商品常識と一般消費者の商品知識の間には、多くの場合一定のギャップがあり、これが原因になってしばしば消費者トラブルが発生する。また、事業者の一部には詐欺的商法等を働く悪質業者が存在し、消費者被害は絶えることがない。そこで、これまでに、さまざまな消費者保護法制が整備されてきた。例えば、消費者契約法は、不実告知・断定的判断の提供・不利益事実の不告知があった場合に、消費者が契約を取り消すことを認めている。

 営業担当者は、(1)消費者と事業者の間に「情報の質及び量並びに交渉力等の格差[1]」があることに鑑みて消費者の「自主的かつ合理的な選択の機会」を確保することを目的とする消費者基本法、及び、(2)「商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止[2]」する景品表示法等の消費者法の趣旨を理解して営業活動を行うことが求められる。

 営業活動では、次の①~④を点検したい。

  1. ① 購入者が企業の「商品説明」を正確に認識し、誤った判断・誤使用等をすることがないか。
    1. (注) 金融商品の取引については、顧客の知識・経験・財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして、不適当と認められる勧誘を行って投資者保護に欠け、又は欠けるおそれがあることを避ける「適合性の原則」が求められる(金融商品取引法40条1号)。違反した場合は、行政処分(金融商品取引法52条1項6号)及び民事損害賠償(金融商品販売法5条)の対象になる。
  2. ② 商品や取扱説明書に火傷・感電・ケガ等の「警告表示」をしているか。
  3. ③ 代金支払方法や解約条件等の「取引条件」が消費者に誤解を与えないか。
  4. ④ 販売促進の「文書・景品・キャンペーン」の中に景品表示法・公正競争規約に抵触するものがないか。

 消費者に被害が発生した場合、司法による救済を求めて弁護士に依頼する者は少ない。たとえ勝訴しても、賠償額が小さいために弁護士費用を支払うことができず、最初から司法救済を諦めて泣き寝入りするのである。

 このような被害者を救うために、近年、消費者契約法の消費者団体訴訟制度、消費者裁判手続特例法[3]、国民生活センターADR(紛争解決委員会)等の紛争解決手続きが整備されている。

b. 企業間の取引(B to Bビジネス)
 企業間の取引では、販売側と購入側のそれぞれの担当者が専門的知識を有しており、売買・委託等の条件を厳しく交渉して契約を締結する。この契約で、①契約当事者の役割と責任分担[4]を明確にし、②目的物の特定、所有権移転(いつ自分の物になるか)と危険負担移転(いつ保険をかけるか)、代金支払い方法等を含む取引全体の仕組みを決める。

  1. (注1) 取引の目的物の特定方法
    目的物を特定する方法は、対象の特性によってさまざまで、①特性、品質、形状・寸法、色調等の基準による方法や、②売り手用・買い手用・一般消費者提示用の「見本」を各契約当事者が保有する方法等がある。 
    たとえば、工業製品ではサンプル、農産物・畜産品では標準品、有名ブランド品では使用ブランド、専用機械・プラントでは仕様書(カタログ・写真を添付することが多い)、羊毛(ウール)・セメントでは国際規格が基準にされることが多い。
    なお、製品の特定方法を明確にすると、それを購入者に対して行う品質・特性の保証の基準にすることもできる。
    貿易取引においては、船積み・陸揚げ・試運転(プラント輸出の場合)等のどの時点の品質・特性を規定するかが重要である。
  2. (注2) 目的物の所有権移転の時期
    所有権移転の時期の決め方の例として、工場渡、運送人渡、ターミナル持込渡、仕向地持込渡、関税込持込渡、本船渡し(船舶・貨車・航空機に荷積み時)、輸入通関時、指定倉庫搬入時、研修・試運転で設計基準に合格時、受け入れ検査に合格時、等が挙げられる。

 企業同士が販売価格や供給数量を取り決めて競争を避けるカルテル行為は、独占禁止法が「不当な取引制限[5]」として禁止している。また、同法は、取引拒絶・排他条件付取引・拘束条件付取引・再販売価格維持行為・ぎまん的顧客誘引・不当廉売等を「不公正な取引方法[6]」として禁止している。

 資本金額が大きい親事業者が小さい下請事業者に対して行う製造委託・修理委託・情報成果物作成委託・役務提供委託は、その多くが下請法の対象になるので、法令遵守に注意しなければならない。(既述の「〔Ⅲ〕製造・調達(1)b.」を参照)

 企業間の商取引上のトラブルは、当事者間で解決できない場合は、裁判、国際商事仲裁、ADR(裁判外紛争解決手続)で解決することになる。

 ADR[7]は、当事者が納得するまで話し合って簡易な手続きにより迅速な解決を図る仕組みであり、一定の要件の下で、時効中断や訴訟手続中止等の法的効果が認められる。

 国際取引紛争では、近年、国際仲裁機関[8]の仲裁を利用する[9]ケースが増えている。国際商事仲裁の仲裁判断は裁判の確定判決と同じ効力を有し、ニューヨーク条約[10]の加盟国[11]において強制執行が可能[12]である。

  1. (注) 国際商事調停は、第三者が示す和解案に拘束力が無く、和解案に同意するか否かを当事者の自由意思に委ねる点で、国際商事仲裁と異なる。(「UNCITRAL国際商事調停モデル法」参照)

 なお、英国は2010年に、民間企業間の取引上の不正な利益供与を「贈収賄防止法」の対象にしており、注意が必要である。

c. 企業と行政(国・地方公共団体)の間の取引(B to Gビジネス)
 官公庁との商取引は、原則として、競争によって受注者・受注価格を決める競争入札により行われる。偽計又は威力を用いて公の競売又は入札で契約の公正を害した者、及び、公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で談合した者は、刑法で処罰される(公契約関係競売等妨害罪)[13]

 入札談合は独占禁止法も禁止しており(独禁法7条の2第1項)、違反した企業には高額の課徴金が課される[14]。公正取引委員会は、犯則調査に基づいて犯則の心証を得たときは、悪質・重大・反復等の状況を考慮して検事総長に刑事告発する[15]

 地方公共団体に違法・不当な購入(=公金支出)があったと認める住民は、行為から1年以内に住民監査請求し、その監査結果の通知を踏まえて、違法行為等を行った相手方に損害賠償請求すべきことを求める住民訴訟を提起することができる。

  1. (注) 現在では、国・地方公共団体が締結するほとんどの契約に、その契約締結に関して独禁法違反が存在した場合、企業が10%の違約金を支払う旨の条文が挿入されているので、住民訴訟に至る可能性は小さくなった。

 企業の談合に対する制裁は、課徴金が加重されて強化されたが、一方で、国・地方公共団体等の職員が談合に関与(又は談合を誘発)する官製談合が存在することが問題になり、発注側を処罰しないのは片手落ちだとする産業界の声に押されて2002年に官製談合防止法(入札談合等関与行為防止法)が議員立法され、2006年に発注機関職員に対する刑事罰が導入された。企業としては、官主導の談合に加担すると、「発注を担当している公務員自身」が刑事犯になることに留意し、その公務員に対して官製談合を思い止まるよう警告すべきである。

 なお、地方自治法[16]及び会計法[17]は、一定の場合に、適当と思われる相手を選択し、競争契約によらず随意契約により売買契約等を締結することを認めている。



[1] 消費者基本法1条

[2] 景品表示法1条

[3] 消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律

[4] 例えば、契約期間中に各当事者がすべきこと、契約から生じた成果の配分、契約から生じたリスクの分担、予期しないリスクへの対応、契約期間満了時における契約当事者の権利および義務、契約期間満了後のリスク対応、等を定める。

[5] 独占禁止法2条6項

[6] 独占禁止法19条

[7] (ADRの例)事業再生ADR、下請かけこみ寺、公害等調整委員会

[8] 国際商業会議所(ICC)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)、日本商事仲裁協会(JCAA)等。

[9] 当事者間の合意により指定された仲裁機関又は仲裁規則に定める仲裁手続に従って紛争を解決する。通常、この合意は、取引開始時の契約の中で規定する。

[10] 外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)の通称。

[11] 157ヵ国(2016年8月現在)

[12] 承認・執行を求める国において、仲裁判断を行った国の仲裁判断を承認・執行することが認められることが前提。

[13] 刑法96条の6第1項及び2項「3年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」

[14] 1社に対する最高額(日本)は約131億円である。(2015年3月31日現在)

[15] 独占禁止法74条1項

[16] 地方自治法234条1項「売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。」、2項「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」なお、地方自治法施行令167条の2は、随意契約をどのような場合に認めるかについて詳しく定めている。

[17] 会計法29条の3第4項「契約の性質又は目的が競争を許さない場合、緊急の必要により競争に付することができない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、随意契約によるものとする。」

 

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