◇SH1204◇企業法務への道(17)―拙稿の背景に触れつつ― 丹羽繁夫(2017/06/01)

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企業法務への道(17)

―拙稿の背景に触れつつ―

日本毛織株式会社

取締役 丹 羽 繁 夫

《企業判例研究会のこと》

 2008年9月にコナミで60歳の定年退職を迎えた私は、一般財団法人日本品質保証機構の旧知の友人からの要請があり、同機構の地球環境事業部に奉職することになった。同事業部では、2002年から開始され漸く本格的に取り組まれ始めた、Clean Development Mechanism(CDM)と呼ばれている、国連がプログラム・スポンサーとなっている、地球温暖化ガス削減・吸収ためのファイナンスの一環となっているカーボンクレディット・メカニズムについての、審査(Validation)・検証(Verification)業務の金融面からの審査・検証員へのアドバイス[1]、カーボンクレディットの投資家でありプロジェクト・ディベロッパーともなる欧州の投資銀行と審査・検証業務契約の締結[2]及びドイツのボンに所在する国連気候変動枠組条約事務局とのコレスポンデンスを担当した。

 同機構への奉職と前後して、「NBL」誌の元編集長との間で、企業判例研究会の創設について議論を進めていた。以下に、2009年2月9日付けの、企業判例研究会創設の意義について記したメモを引用する:

  1.  「全国の裁判所から毎日輩出される判例には、企業法務に永く身を置いてきた立場からみると、その判断の結論や結論に至るロジックについて、直ちには理解し難いものや、首を傾げざるを得ない判例があります。また、そもそも、その結論の是非を論ずる以前の、事実の認定そのものに誤りがある判例もあります。
  2.    このような問題含みの判例があるとはいえ、判例の持つ重要性には変わりがないと考えます。何故ならば、判例は、企業社会が直面する法的な問題を解決する上で、最も重要な指針となるからです。企業社会が直面する法的な問題は、教科書を参照するだけで解決できる程単純なものではなく、応用問題が幾重にも錯綜しています。現実の企業社会が直面した問題が法的争点として取り上げられた判例にこそ、これらの問題を解決するための、活きた教科書としての指針が含まれている、と考えます。
  3.    このような指針を判例から抽出するためには、我々、実務家は、まず、当該判例が認定した事実関係が何であり、その認定された事実関係を踏まえると何が法的な争点となり、これらの法的な争点について、原告、被告がどのような主張を行い、これら双方の主張を踏まえて裁判所がどのような判断を下し、当該判断が実務の常識から受け入れられるか否かを、検討する必要があります。仮に当該判断が受け入れられないとすれば、当該判断のどこに問題があるのか、即ち、事実の認定に誤りがあるのか、または過去の判例と法令の解釈・適用に誤りがあるのか、認定された事実から結論に至るロジックに誤りがあるのか、を明らかにしなければなりません。その上で、どのように事実の認定を行うべきか、また、その認定を踏まえると、どのような判断をすべきであったのかを提示することが、実務家として判例に臨み、判例から学ぶことではないかと考えます。
  4.    活きた教科書としての指針を与えてくれる判例について、実務家の視点から評釈を行い、自らの思考過程とその結果を最終的に専門誌に掲載していただくことにより、日々困難な問題に直面している企業法務の同僚にも問題解決の示唆を提供して行くことが、企業法務で仕事をしてきた我々の使命ではないか、と考えます。」

 上記の趣旨に賛同して、7名の方々が参加を表明され、企業判例研究会は、2009年7月より、升田純中央大学法科大学院教授にもチューターとしてご参加を戴き、漸く開始に漕ぎ着けることができた。以下に、2010年10月まで毎月1回のペースで継続された同研究会での、報告者の氏名(敬称略)、報告判例及び「NBL」誌への掲載号数を記載する:

  1. 1.   丹羽繁夫「ニッポン放送株式インサイダー取引事件控訴審判決の批判的検討-東京高判平成21・2・3」(NBL913号);
  2. 2.   進士英寛「インターネットを用いた表現行為と名誉毀損罪の成否に関する東京高判平成21・1・30の意義(NBL915号);
  3. 3.   古賀祐二郎「仮処分命令申立事件の国際管轄 東京地決平成19・8・28に対する検討」(NBL917号)
  4. 4.   船山邦彦「関西鉄工事件判決の検討 国際訴訟競合に関する実務的考察」(NBL919号)
  5. 5.   唐津恵一「法人税更正処分取消等請求控訴事件(アビド事件)の検討-東京高判平成20・10・30」(NBL921号);
  6. 6.   丹羽繁夫「旧カネボウ株式損害賠償請求事件控訴審判決の検討-東京高判平成20・7・9」(NBL923号);
  7. 7.   浅田隆「レックス・ホールディングス株式取得価格決定申立事件最高裁決定平成25・29の検討」(NBL927号);
  8. 8.   飯田浩隆「株式会社第一興商に対する審決について 第一興商事件審決平成21・2・16」(NBL929号)
  9. 9.   花田容祐「ヤフーオークション損害賠償請求事件(詐欺被害者による集団訴訟)の検討)(NBL931号)
  10. 10. 進士英寛「著名人のパブリシティ権に関する東京地判平成20・7・4および知財高判平成21・8・27(ピンクレディー事件)の検討(NBL933号);
  11. 11. 丹羽繁夫「『ロクラク』著作権侵害差止等請求事件判決の検討-知財高判平成21・1・27」(NBL935号);
  12. 12. 浅田隆「会社分割を対象とする詐害行為取消権の行使を肯定した判決の検討-東京地判平成22・5・27」(NBL939号);
  13. 13. 飯田浩隆「契約交渉時の情報提供義務とその限界 東京地判平成21・7・31」(NBL943号)
  14. 14. 花田容祐「不動産入札案件において仲介業者と買主との間の媒介契約の成立を認めた判決の検討-東京地判平成21・12・9」(NBL945号);

 次回以降では、私が同研究会で報告した判例も含めて、現在もその価値を失っていないと考える幾つかの判例評釈を紹介したい。



[1] CDMの審査業務では、対象となるプロジェクトに追加性(カーボンクレディットとしての創出を認めるに足りる付加価値性)があるか否かを審査する際に、プロジェクトごとに企業金融で使用されている内部収益率(Internal Rate of Return, IRR)を算出し、当該プロジェクトがCDMプロジェクトとして実施されなければ国ごとに設定されたIRRの目標を達成できない場合に(二重否定で分かりづらいが)、当該プロジェクトにはCDMプロジェクトとしての追加性があるものとして、国連により、当該プロジェクトの実施により見込まれる地球温暖化ガスの削減量又は吸収量に見合うカーボンクレディットの発行が承認される。

[2] ほとんどは、CDMプロジェクトが集中した中国に設立された欧州投資銀行の中国現地法人との契約であった。

 

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