◇SH1935◇債権法改正後の民法の未来34 契約締結過程の情報提供義務(2) 阪上武仁(2018/06/28)

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債権法改正後の民法の未来 34
契約締結過程の情報提供義務(2)

北浜南法律事務所

弁護士 阪 上 武 仁

 

3 議論の経過

(2) 概要

  1. ア  契約交渉段階において、契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項につき、信義則上の義務として情報提供義務を認めた裁判例は多数存在する(最一判平成18・6・12裁判集民220号403頁等)。かかる情報提供義務については、契約締結のための意思決定の基盤の確保の問題である。
  2.    これに対し、生命、身体および財産の危険を防止するにための情報についても、信義則上の義務として情報提供義務が存在しうることを肯定した裁判例も存在する(最二判平成23・4・22民集65巻3号1405頁)。かかる情報は、契約締結前に情報提供されることが多いが、かかる情報の提供の有無にかかわらず、契約締結はなされたと考えられることから、契約締結のための意思決定の基盤の確保の問題ではないとされる。
     
  3. イ   そこで、判例上も肯定されている上記の各情報提供義務につき、明文化するべきか否か、また明文化するとして、効果としての損害賠償責任を規定するべきかどうかが、まず第9回会議において議論された[1]
  4.    同会議においては、情報収集能力に格差がある消費者を保護する観点から賛成する、信義則に基づく情報提供義務は判例および学説によって一般的に認められることから、適切な形での明文化を否定する理由はない等として賛成する意見が出された。これに対し、企業間取引においては情報格差がないという前提で取引の安全が保たれており、当事者が説明義務を負うのは相手方消費者や中小企業などの場合に限られるにもかかわらず、一般化して規定することは相当ではない、情報提供義務等の規定が設けられることによって過大な範囲で情報収集が必要であると曲解されるおそれや濫用されるおそれがある、情報提供義務の存否や範囲は個別具体的な事案に応じて判断するべきことであって定式化することは難しいなどの理由で、反対する意見も出された。
  5.    また、情報提供義務に関する規定を設ける場合の留意点として、現在の判例法理を的確に反映し、取引が円滑に進むような分かりやすい文言を検討すべきであるとの意見があった。更に、情報提供義務の対象となる事項や存否を判断するための考慮要素について意見が述べられ、「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項」とそれ以外の事項を区別して、前者についてのみ規定を設けるという考え方に対し、後者の事項についても、説明義務等が信義則上認められるのであれば、その違反に基づく損害賠償請求は認められるはずであり、効果として損害賠償を規定するのであれば、前者と後者を区別する合理的な理由はないとの意見もあった。
  6.    また、情報提供の対象となる事項は取引の安全を確保する見地からできるだけ明確に規定するべきとして「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項」という規律では、どの範囲で説明義務等が課せられるのかあいまいであるとの意見があった。また、情報提供義務の存否の判断にあたって考慮すべき事項として、契約の内容・性質、当事者の地位・属性・専門性の有無、交渉経緯、問題となっている情報の重要性・周知性、情報の偏在の有無、当事者間の信任関係の有無などを挙げる意見があった[2]
     
  7. ウ  そして、上記イの議論を踏まえ、第2読会である第49回会議では、信義則上の情報提供義務を明文化するか否か、仮に,明文化するのであれば、どのような説明につき、どのような要素が考慮されて説明義務があるとされるのか、要件を一般化することの困難さなどを踏まえて規定を設けないかについて議論がなされた[3]
  8.    第49回会議では、明文化に反対する意見として,契約締結段階での情報収集義務は、各当事者にあるのが原則であり、情報提供義務を規定することで、迅速・活発な取引が阻害されるおそれがあること、無駄で過剰な情報提供に繋がるおそれがあること、説明義務を巡る無用の紛争を誘発する恐れがあることなどの意見が出された[4]。これに対し、明文化に賛成する意見として,もともと情報提供義務についての一般的なルールが存在するとすれば、その適用の透明性を高めるためにもルール化する方が、今後の経済活動を含めて円滑化に資するとの意見が出された[5]。また,信義則という一般規定しか条文の手掛かりがないのが非常に分かりにくく、明文化することで、信義則に照らして情報提供義務が課され得るということを規定し、その情報提供義務の有無および内容を判断する際の考慮要素を挙げることに意味があり、情報提供義務の要件の在り方、および効果として、損害賠償のみならず、取消しについても規定するべきではないか等の意見が出された[6]。そして、情報提供義務の範囲として、契約しようとしている相手方の生命、身体、健康あるいは財産に損害が生じる可能性が高い情報についても、情報提供義務を課すべきであるとする意見も出された[7]
  9.    そして、仮に規定を設けるとした場合、具体的にどのような規定を設けるかにつき、分科会で検討がなされた[8]
     
  10. エ  かかる議論を踏まえて、中間試案では、従前の裁判例の考え方の背景を抽出し、当事者の予見可能性を確保する程度に明確で、かつ、柔軟な判断を阻害しないような規定を設けるべく、契約を締結するか否かの判断に関する情報は、第1回1のCFのとおり、各当事者の責任で情報収集することが原則であることを規定しつつも、例外的に、情報提供義務が発生する要件および効果として損害賠償責任が生じるとする具体的な提案がなされた。
  11.    かかる中間試案に対しては、中間試案の原則が従来の判例法理を適切に記述したものとはいえないとの批判がある反面、かかる原則を確認することが情報提供義務を規定するにあたって不可欠であるとの意見があった。また、例外の要件についても、一方で、従来の裁判例に比べて義務が生ずる範囲を拡大するものであるとの批判がなされ、他方で、従来の裁判例の範囲を不当に狭くするものであるとの批判もあった[9]
     
  12. オ  そこで、第3読会である第84回会議においては、当事者は情報提供義務を負わないという原則を規定することの可否、および規定する場合の具体的な要件の在り方について審議された[10]
  13.   同会議の審議において、情報提供義務を明文化することにつき、当事者の属性等が契約類型ごとに様々であって義務の範囲を適切な文言で規定するのは難しい、情報保持者側の事情が考慮されていない、契約締結段階から締結後にかけて更に詳しく情報提供していくという実務がある点で情報提供義務の範囲が不明確である等の理由で反対意見がみられた[11]。他方、情報提供義務を明文化すること自体は賛成であるが、当事者の属性等の様々な場合があることを前提にしつつ、情報提供義務が一定の場面で存在することに争いがないのであるから、抽象的な規定として情報提供義務を規定するべきであるとする意見があった[12] [13]

 

4 立法が見送られた理由

 コンセンサス形成が困難であるという理由で、立法化は見送られた[14]



[1] 部会資料11-2の15頁

[2] 第9回会議議事録

[3] 第49回会議議事録1頁笹井関係官

[4] 第49回会議議事録2頁大島委員、佐成委員

[5] 第49回会議議事録の3頁中井委員

[6] 第49回会議議事録の6頁鹿野幹事

[7] 第49回会議議事録の8頁山本(敬)幹事

[8] 第3分科会第5回会議の議事録11~24頁、分科会資料6「分科会論点(部会資料41記載)検討のための補充資料」、中井康之委員「契約に関する基本原則等」2~3頁

[9] 第84回会議の63頁笹井関係官

[10] 第84回会議の63頁笹井関係官

[11] 第84回会議の64頁大島委員、中原委員、佐成委員

[12] 第84回会議の議事録65頁中井委員

[13] 大阪弁護士会有志案「部会資料75に関する提案」の2頁

[14] 部会資料81-3の30頁

 

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