◇SH1282◇実学・企業法務(第64回) 齋藤憲道(2017/07/13)

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実学・企業法務(第64回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

5. 代金回収

B. 日常の債権・債務管理

 日常の業務において注意すべき事項としては、(1)契約書・帳票類[1]を作成・保管[2]すること、(2)取引先の健全性を監視・モニタリング[3]すること、(3)売掛金、買掛金、手形・小切手を管理すること等が挙げられる。

 取引先に事業継続に不安な兆候が現れた場合は、自社にとって重要な取引先であるか否かを判断し、債権保全の追加措置の必要性及びその可能性を検討する。

 取引打ち切りを選択する場合は、継続的取引の打ち切り計画を作成する。

  1. (下請に対する取引停止予告)
    下請中小企業振興法の振興基準は「取引停止予告」について「親事業者は、継続的な取引関係を有する下請事業者との取引を停止し、又は大幅に取引を減少しようとする場合には、下請事業者の経営に著しい影響を与えないよう配慮し、相当の猶予期間をもって予告するものとする。」としている。相当の猶予期間は、下請事業者の親事業者への依存度、製品の他への転用の可否、製品製造のための設備投資の状況等を勘案し、ケース毎に判断する。下請事業者の経営への影響に関して、親事業者の取引停止により生じた6ヶ月間の損害の賠償を命じた裁判例[4]がある。
  2. (貸し倒れリスクへの対応)
    売上債権や貸付金等の件数が多く金額が大きい企業では、貸し倒れリスクを組み入れて経営システムを構築することが重要である。具体的には、(1)過去の実績(業界、自社、取引先)に基づいて企業全体のリスク・個別取引先の貸し倒れリスクの発生確率・規模を想定し、(2)販売価格に貸し倒れコストを上乗せする。上乗せは、商品毎、客層毎[5]、個別の取引先毎等のくくりで行うことが考えられる。取引先数が多く融資規模が大きい金融業界では、貸し倒れ損失を含む回収コストと、貸付金利等による収入の帳尻を併せつつ、全体の事業を成り立たせる仕組みが構築されている。

C. 倒産の危機が迫った時の債権回収

 いわゆる倒産の発生原因として、手形・小切手の不渡り(手形交換所[6]の取引停止処分)、事業活動の停止(事務所・工場を閉鎖、従業員の全員解雇等)、継続的な債務超過、会社更生法・民事再生法・破産法等の法手続きの申し立て等が挙げられる。

 取引先に倒産の危機が迫ったときは、裁判所が関与する前に、可能な限りの自己防衛手段を講じる。取引先の協力を得ることができれば、相手の資産や社長等の個人資産を担保に取得し、又は、保証してもらえる可能性もある。また、動産売買の先取特権に基づく差押え・仮差押え・仮処分等も検討する。

 ただし、倒産企業が、(1)支払停止し又は倒産の法手続開始後に、倒産企業の債権者を害する行為(財産の廉価処分等)を行った場合や、(2)支払不能になった後で、特定の債権者だけに弁済等した場合は、倒産の法手続開始後に破産管財人等から、その行為を 否定(否認権を行使)され[7]、原状復帰・償還・返還等を求められる可能性がある[8]

  1. (例)「破産法」における否認の対象
    詐害行為:債権者全体を害することを知ってした行為。(同法160条1項2号)
    無償行為:破産者が支払の停止等があった後、又は、その前6ヵ月以内にした行為。(同法160条3項)
    偏頗行為:倒産企業が支払不能になり又は破産手続開始申立てた後で、既存債務に関して行った担保提供・債務消滅行為のうち、債権者が支払不能・破産手続開始申立を知っていたもの。
  2. (同法162条1項1号)
  1. (実質的な債権回収の実行)
    債権回収に厳しい企業では、実質的な債権回収効果をもつ方法を実務に取り入れて、取引先倒産によって受ける被害の最小化に努めている。例えば、相殺、債権譲渡、契約を解除して自社の納入品を引き上げ、代物弁済[9](売掛金回収に代えて自動車を取得する等)、動産売買で先取特権を行使、その他の担保権行使等の方法がある。
    このような方法を実行するには、企業の日常業務の中で契約審査・物品管理・債権管理等を厳格に行うとともに、現場の担当者が管理スキルと行動力を備えるように教育・訓練する必要がある。


[1] 納品書、請求書、出庫伝票、売上伝票、返品伝票、仕入伝票、入金伝票、出金伝票、総勘定元帳、売掛金明細、買掛金明細、銀行振込指図書、銀行通帳等がある。最近は、電子データが多い。

[2] 文書管理規程等を定めて全社的に管理することが重要である。

[3] 健全性を監視・モニタリングする際のチェック項目を次に例示する。①倒産の兆候の例(安売り、投げ売り、大きな品質問題の発生、大口販売先・仕入先の倒産、主力品の販売不振、在庫増加、過大設備投資、労働争議の発生、従業員の相次ぐ退職、キーマンの退職、従業員解雇、資金繰り悪化の噂、調達先への支払い遅延、手形ジャンプ、従業員給料支払い遅延、融通手形の発行、高金利資金の借入れ、社長や経理責任者が資金繰りに奔走、粉飾決算、社長の個人財産の処分・抵当権の設定、事務所・工場に見慣れない人が出入り、火災、天災地変で被害、刑事事件・環境問題が発覚、社長が行方不明、土曜・日曜・休日に社長と経理が密かに作業)、②正確な情報を入手する例(相手先を実際に訪問して山積在庫・在庫混乱・生産ライン混乱・社員の自宅待機等を確認、登記簿を確認、同業者・取引相手先・従業員の噂を入手、取引銀行から情報を入手、信用調査機関に調査依頼)

[4] 福島印刷工業事件(東京地裁昭和57年10月19日判時1076号72頁)

[5] 例えば、金融機関の貸出金利は、通常、一般企業向けの事業資金融資より消費者金融の方が高金利である。

[6] 手形・小切手等を決済するために銀行が集まり手形を持参して交換する場所を手形交換所という。独立の組織ではなく、大多数が各地の銀行協会により運営されている。法務大臣指定(手形法83条、小切手法69条)の手形交換所が全国に113か所(2015年12月末現在)、このほかに私設手形交換所が存在する。

[7] 破産法160~162条、会社更生法86条、86条の2、86条の3、民事再生法127条、127条の2、127条の3、

[8] 破産法160条、167条、168条

[9] 民法482条

 

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