日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第46回 国際仲裁手続の終盤における留意点(1)-ヒアリングの重要性及び準備その1
1. ヒアリングの重要性
今回から、国際仲裁手続の終盤における留意点について解説する。この終盤の中心は、ヒアリングと、その後の仲裁判断である。まずヒアリングとその準備から始める。
ヒアリングは、国際仲裁手続のいわばメインイベントといえる手続である。朝から夕方まで連日審理が行われる。所要日数は案件毎に異なるが、1週間程度の期間に及ぶことは珍しくない。
また、ヒアリングの主たる内容は、①冒頭陳述(opening statements)、②事実証人及び専門家証人に対する尋問(examinations to factual and expert witnesses)、③最終弁論(closing arguments)である。国際仲裁手続のヒアリングは、米国民事訴訟のトライアルと、上記の各点で類似するといえる。
但し、米国民事訴訟のトライアルとの違いとしては、判断権者(仲裁廷)による審理ないし心証形成が、ヒアリングの前から始まっているという点がある。トライアルの場合には、判断権者(陪審)が、トライアルに至ってから選任されることから明らかなとおり、判断権者(陪審)がトライアルの前から審理ないし心証形成をすることはない。これに対し、仲裁廷は、ヒアリングの前から、主張書面(statement of claim、statement of defence等)、書証(exhibits)、事実証人の陳述書(witness statements)、専門家証人の意見書(expert reports)を検討している。
もっとも、国際仲裁手続において、ヒアリングの重要性は疑われていない。日本の民事訴訟では、証人尋問を行う前の争点整理と言われる段階で裁判所が大方心証を固めており、証人尋問でこれが覆ることは希であるとの声もあるが、国際仲裁のヒアリングについては、ヒアリングで仲裁廷の心証が動く可能性は少ないといった声は聞こえてこない。
このようにヒアリングは重要な手続と認識されているため、ヒアリングのない仲裁手続は、当事者双方がその省略に合意しない限り認められない。この点は、各仲裁機関の規則において明示的に定められている(ICC(国際商業会議所)規則25.6項、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)規則24.1項、HKIAC(香港国際仲裁センター)規則22.4項、JCAA(日本商事仲裁協会)規則44条)。
但し、第15回で紹介した簡易手続(expedited procedure)では、ヒアリングを行わないことも可能である。上記の原則との関係であるが、ヒアリングを伴わない簡易手続を定めた仲裁規則に当事者双方が合意している以上、当事者双方がヒアリングの省略に合意していると整理できると考えられる。
2. ヒアリングの準備
(1) 概要
ヒアリングの準備としては、主たるものとして、次の3項目を挙げることができる。
第一に、ヒアリングの場所を確保しなければならない。訴訟であれば、裁判所の法廷という場所が予め確保されているが、仲裁は、案件毎にヒアリングの場所を手配しなければならない。また、ヒアリングの調書を作成するための速記官も、案件毎に確保しなければならない。このようなロジスティックス面での諸々の準備が、ヒアリングには必要である。
第二に、ヒアリングで行うことを決定する必要がある。ヒアリングの主たる内容は、上記のとおり、①冒頭陳述、②事実証人及び専門家証人に対する尋問、③最終弁論であるところ、②については、誰に対して証人尋問を行うかを決める必要がある。また、①冒頭陳述については通常行われるが、③最終弁論については行わずに、最終主張書面(post-hearing brief)の提出によるという方法もあるため、③を行うか否かを決める必要もある。また、(少なくとも大凡の)時間配分も定める必要がある。
第三に、ヒアリングのための資料を準備する。国際仲裁の実務では、従前提出した主張書面、書証、陳述書、専門家意見書等を冊子にまとめ、仲裁人及び相手方当事者に送付する慣行が一般的である。この冊子は「Hearing Bundle」と呼ばれている。従前仲裁人及び相手方当事者に提出したものであるが、各人の便宜のため、改めて全部をまとめて提出するという慣行である。日本の民事訴訟にはないものである。
従前提出した書類以外にも、冒頭陳述を記載した書面、証人尋問の際に示す書証の冊子等も準備する。後者は、証人尋問の場で、書証を探す手間と時間を省くためのもので、日本の民事訴訟においても時折見られる工夫である。
次回以降、ヒアリングの準備について、より具体的に検討を進める。
以 上