コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(5)
――革新に関する補足と組織文化の特性――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、シャインの主張する組織文化の3つのレベルと機能について述べるとともに、組織文化の機能に関連して筆者が考える組織文化の革新における認識を記述した。
以下に、筆者の認識を若干補足する。
組織文化は組織に広く深く影響を与えていることから、組織文化を革新するためには、経営トップの意思表示やリーダーシップは必須であるが、それとともに組織文化が影響を及ぼす組織内のシステムも革新する必要がある。
経営者と組織文化革新チームは、組織文化を革新するための強力なビジョンの構築と同時に、理念と行動規範、組織目標、戦略、権限関係、報酬と地位等、主要な組織のシステムや意思決定プロセス等も革新する必要がある。なぜならば、革新前の組織文化の影響がそれらに及んでいるからである。
筆者が組織風土改革運動を実施した時は、「牛乳不正表示事件の発生」という緊急事態[1]だったので、不祥事で失った信頼の回復、組織の一体感の維持、理念と行動規範の共有化を目標として非公式組織による運動を展開した(これについては、後述する)が、緊急事態であったために、他のシステムの革新にまで手が回らなかった。
しかし、緊急事態ではないが何らかの理由により組織文化の革新を実施する場合や、緊急事態対応後に組織文化を革新する場合には、経営者や改革チームは、筆者の認識を踏まえて革新に取組む必要がある。旧組織文化のもとに形成された制度や意思決定プロセスが残っていれば、新たな組織文化の浸透・定着が円滑に進まないからである。そうでなければ、組織文化の革新は一過性のものに終わり、時間の経過とともにもとの組織文化に戻る可能性が高い。
次に、革新の対象である組織文化の特性を確認する。
【組織文化の特性】
- ⑴ 組織文化は過去の成功期間が長いほど、成功パターンが同質なほど強化・固定される。
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強い組織文化は、環境変化が緩やかな場合には前例に基づく効率的な意思決定ができるので、環境適応の成功要因になる。しかし、環境変化が激しい時(政治・経済・社会の急激な変化や不祥事による経営危機等)には、前例やこれまでの価値観に基づく決定が通用しないにもかかわらず、経営者や組織の成員はそれに固執しやすいので、組織存続の阻害要因になる。
歴史と伝統のある大企業では、組織文化の革新が難しいのは、この理由による。大胆な革新が組織の存続に必要な場合であっても、これまでの成功体験が革新を阻害し失敗の原因になりやすい。(いわゆる「成功のパラドクス」に陥る)
- ⑵ 組織文化を形成・革新できるのは、組織のリーダー(経営トップ)だけである。
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これは、経営トップが最も強力なパワー(影響力)を持つからであり、組織内の反対を押し切り万難を排して実行できるのは、経営トップだけだからである。言い換えると、経営トップが反対した場合には、誰も組織文化の革新はできない。
- ⑶ 組織文化が状況や戦略と適合・調和した時に、優れた成果を上げることができる。
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これは組織の価値観を共有する成員が、やらされ感なく自らの価値観の延長で、組織状況を捉え効率的に戦略を実行できるからである。逆に、これまでの成功の要因として機能してきた組織文化が、環境変化により環境適合的でなくなった場合には、組織の存続が危うくなるので、組織文化の革新が必要になる。
- ⑷ 組織文化とイノベーションは必ずしもトレード・オフの関係ではなく、イノベーションを促進する組織文化もある。
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組織文化に革新が組み込まれている場合には、(優良IT関連企業に見られるが)組織は、常に新たなテーマを発見しエネルギーを発揮し続けるので、成功可能性が高い。
- ⑸ 組織文化は、マクロカルチャー(民族、国や地域のカルチャー)とサブカルチャー の影響を受ける。
- 組織の創立後一定期間が経過し、組織活動のグローバル化・専門化が進むと、国や民族の文化(マクロカルチャー)の影響や、組織内の機能別タスク、メンバーの職業、独自の経験等を反映したサブカルチャーの影響を受ける。(例.生産と販売、研究職、技術者、開発等のほか、経営層、管理層、現場のライン間、医者、弁護士、会計士等)
組織文化の革新を実施する場合には、以上の組織文化の特性を踏まえた取組みが必要になる。
次回は、組織のライフサイクルと組織文化の関係を考える。
[1] 筆者が、全国酪農業協同組合連合会(略称全酪連)に所属していた1996年に「全酪連牛乳不正表示事件」が発生し、信頼回復のために組織風土改革運動であるチャレンジ「新生・全酪」運動を提案し事務局長として運動を主導した。その時の最大のテーマは組織風土改革運動による信頼回復であった。