◇SH1328◇日本企業のための国際仲裁対策(第48回) 関戸 麦(2017/08/03)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第48回 国際仲裁手続の終盤における留意点(3)-ヒアリングの準備その3

2. ヒアリングの準備

(4) 尋問を行う証人の決定

 第46回の2項において、ヒアリングの準備の主たるものとして、3項目があることについて述べた。その第二が、ヒアリングにおいて実施する事項の決定であり、その中でも重要な意味を持つものが、誰に対して証人尋問を行うか(尋問の対象者)の決定である。

 この決定は、最終的には仲裁廷が行うが、これに先立ち当事者に意見を述べる機会が与えられる。この点、IBA(国際法曹協会)が作成した証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[1]は、「各当事者は、仲裁廷が定めた期間内に、その証言に依拠しようとする証人及び証言を求める事項(subject matter)を特定しなければならない」と定めている(第4章1項)。実務上、仲裁廷が定める審理スケジュール(Procedural Order)において、この証人等の特定の期限が定められている。

 この期限であるが、ヒアリングに近い時期に設定されるため、仲裁手続全体からみると、終盤の時期にあたる。証人には、事実関係に関する証人(fact witness)と、専門的知見に関する証人(expert witness)の2種類があるところ、事実関係に関する証人については、第28回の1項で述べたとおり陳述書(witness statements)が提出され、専門的知見に関する証人については、第30回の6項及び7項にあるとおり、専門家の意見書(expert reports)が提出されることが一般的である。証人等の特定の上記期限は、実務上、これらの証人作成の書面が提出された後に設定されるため、各当事者は、これらの証人作成の書面を見た上で、誰に対して証人尋問を行うかについて意見を述べることになる。

 この意見のうち、仲裁廷においてより重視される傾向にあるのは、証人から見て敵方の当事者の意見である。例えば、申立人(Claimant)の従業員が陳述書を提出している場合、当該従業員についてヒアリングで尋問を行うか否かについて重要な意味を持つのは、被申立人(Respondent)の意見である。というのも、陳述書が提出される国際仲裁手続の実務においては、主尋問(味方側の当事者からの尋問)は基本的に陳述書によって代替されるため、短時間で終えることが多く、重視されているのは反対尋問(敵方の当事者からの尋問)だからである。敵方の当事者が反対尋問の実施を望むのであれば、その機会確保のために当該証人について尋問を行うが、敵方の当事者が反対尋問の実施を望まないのであれば、その機会確保は必要ではないため、当該証人について尋問を行う必要はない、というのが仲裁廷の基本的な考え方である。

 なお、敵方の当事者が反対尋問の実施を望まないとしても、それは、当該証人の陳述書の記載内容を事実として認めたことになる訳ではない。この点は、IBA証拠規則において明記されている(第4章8項)。

 以上のとおり、当事者としては、敵方の証人について反対尋問を行うか否かが重要な判断となる。その考慮要素は事案毎に異なりうるが、例えば、反対尋問によって有利な証言を引き出すことができる可能性の高低、反対尋問を希望しない場合に仲裁廷に違和感を与える可能性の高低、証人候補者全体の中での当該証人の重要性、といったことが考えられる。

(5) 専門家証人間の事前協議

 専門的知見に関する証人(専門家証人)は、第29回の2項で述べたとおり、当事者が選任する場合と、仲裁廷が選任する場合とがある。当事者が選任した専門家は、「party-appointed expert」と呼ばれ、仲裁廷が選任した専門家は「tribunal-appointed expert」と呼ばれる。後者は、一つの論点につき基本的に1名であるが、前者は、申立人及び被申立人がそれぞれ選任した場合には、複数(2名)になる。

 このように同一論点につき複数の専門家が選任された場合には、ヒアリングに先立ち、専門家同士で協議することが仲裁廷から求められることがある。IBA証拠規則では、仲裁廷がかかる協議を求めうることが明記されている(第5章4項)。

 かかる協議の狙いは、専門家間で意見が一致する部分と、相違する部分とを明確にし、ヒアリングにおいて、相違する部分に絞って審理が行えるようにすることにある。専門家の証言は、専門的知見が関わるため理解が容易ではないことがあるが、このように事前の整理をすることによって、より理解しやすくなることが期待できる。

 また、専門家証人は、仮に各当事者によって個別に選任されたとしても、中立的な立場から証言することが求められている(IBA証拠規則第5章2項(c)参照)。そのため、専門家間で無用に争うことなく、一定の合意に至ることが可能であると期待されることになり、実際に一定の合意に至ることが多い。

 なお、この専門家証人間の協議が行われる時期は、それぞれから意見書(expert reports)が提出された後、ヒアリングが行われる前である。

以 上



[1] IBA(国際法曹協会)のホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

 

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