コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(20)
――合併組織のコンフリクトの顕在化を抑制する方法――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併組織のコンフリクト(軋轢)を減らすために、コンフリクトの発生原因である組織メンバーの「知覚の差異」の発生をどうすれば少なくすることが出来るかについて、筆者の経験を踏まえて考察した。
合併組織での不満は、特に人事システムの設計や評価における不公平感が発生する場合に大きくなる。短期的・表面的な経済事情にばかり目が行き、旧組織時代の賃金を合併組織に持ち込み、調整給で調整し、同一労働同一賃金と異なる仕組みを導入する場合には、特に注意が必要である。
なぜならば、それは、不利な組織の従業員のモチベーションを大幅に下げ、旧組織間の差別意識や対立を刺激・拡大し、コンフリクトの発生原因になるからである。そうなれば、従業員は経営者の話を「きれいごと」として疑い、業績向上を妨げるだけではなく、内部告発を誘発し、不正を犯す心理的口実を与えることにもなる。
組織文化は、細部の制度に反映されることは既に述べたが、この方法は、合併組織の組織文化の融合・協調の点からも問題があると言える。
前2回(第18回、第19回)は、コンフリクトの発生を減ずる方向を考察したが、今回からは、コンフリクトが発生したとしても、統制力を働かせてその顕在化を防ぎマネジメントの困難性を減ずる方法、留意点、課題を考察する。
【コンフリクトの顕在化を調整する方法の考察】
一般に考えられるコンフリクトの顕在化を調整するメカニズムは、
第一に、公式権限が明確に設定されており、組織内に成員が納得できる合理的な意思決定プロセスが存在し厳格に運用されることである。
第二に、コンプライアンスアンケートによる課題の把握と対策の迅速な実施のように、組織がコンフリクトの原因となる課題を事前に発見して、深刻化する前に対応することである。
第三に、上司と部下の適切なコミュニケーションの確保、従業員相談窓口の整備、労働組合との良好な関係のように、現場で発生したコンフリクトを調整し解決へと導く公式・非公式の調整システムが存在することである。
その他には、親会社やメインバンク等ガバナンスに影響を持つ組織が、合併組織をモニタリングして実際に機能しているかをチェックし、必要により介入することも重要になる。
1. 公式権限の明確な設定と合理的意思決定プロセスの確保
合併組織の多くは、合併準備委員会等の設立準備段階で、新会社の職務分掌、職務権限等を定め規定類として公式に権限関係や意思決定プロセスを定めている。従って、建前上は、公式のコンフリクト調整システムは形成されており、コンフリクトの顕在化は抑制されることになっている。
問題は、これが不十分に作られており機能できないか、仕組みがあったとしても、実際には出身会社主義の情実により運用され、目的どおり機能しない場合である。
例えば、合併会社にコンプライアンス規定類が作られていて、コンプライアンス違反が発生、コンプライアンス担当部門がそれに厳しく対応しようとしたとしても、有力株主より派遣された役員や幹部社員が、違反者が自社の系列会社出身の者である場合には、厳しく対応しないばかりか、コンプライアンス担当部門を逆恨みする場合もあり得る。
例えば、コンプライアンス部門長が出世競争のライバルである場合には、「コンプライアンス部門長は自分の出身会社系列の者に厳しく対応せず、他の出身会社の系列の者に厳しい対応をしている」という根拠の無い噂を意図的に流し、誹謗中傷にすることにより自分の出世を図る者も現れる。(合併会社では、このようなケースも発生しやすい)
その言葉を役員や経営幹部が信じた場合には、合併会社のコンプライアンス部門は本来の役割を果たすことができず、組織はリスクを抱えることになる。
経営者や経営者をチェックする者(機関)は、このようなことが合併会社では起こりえることを踏まえて、内部統制の実態を把握し厳正に対応しなければならない。
また、会社設立前に設定した様々のシステムが、実際に会社が稼動すると機能せず、大混乱に陥る場合も発生する。[1]そのような場合には、直ちに仕組みを見直し改善するとともに、改善内容を周知徹底する必要がある。
次回は、他のコンフリクトの顕在化を調整するメカニズムについて、具体的に考察する。