◇SH1660◇債権法改正後の民法の未来9 債権者代位権(3) 髙尾慎一郎(2018/02/21)

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債権法改正後の民法の未来 9
債権者代位権(3)

--事実上の優先弁済--

梅田中央法律事務所

弁護士 髙 尾 慎一郎

 

Ⅳ 立法が見送られた理由

 中間試案に対するパブリックコメントにおいて、債権者代位権による事実上の債権回収は、債務名義を取得して強制執行制度を利用すると費用倒れになるような場面において、強制執行制度を補完する役割を果たしていることから、そのような実務上の機能を変更する内容の明文規定を設ける弊害は大きい旨の指摘、代位債権者による相殺を禁止し、債務者の代位債権者に対する返還債権を目的とする債権執行を要求したとしても、他の債権者が転付命令前に執行手続に参加することは実際上想定しにくく、代位債権者の手続的な負担が増えるだけとなる可能性もある旨の指摘がなされ、仮に相殺禁止に関する明文の規定を置かないとしても、相殺権濫用の法理などによって相殺が制限されることも考えられ、とりわけ個別の事案における債権者平等の観点からそのような判断がされることは十分にあり得るとのことから、相殺禁止の規律について明文の規定を置くことは見送ることとし、実務の運用や解釈等に委ねることとされた。

 

Ⅴ 今後の参考になる議論

 本論点は、債権者代位権の制度趣旨が債務者の責任財産保全なのであれば、事実上の優先弁済を許容することはその制度趣旨を越えるので許されないのではないか、との問題意識から生じるものである。

 そこで、最初に債権者代位権の制度趣旨や存在意義を検討した上で、本論点について参考となる議論を挙げることとする。なお、ここでは、いわゆる転用型の債権者代位権制度は検討外とする。

1 債権者代位権の制度設計

 (ア)債権者代位権は、債務者がその権利を行使しないときに、それによって自己の債権の実現が危惧される債権者は、債務者の権利関係に介入して、その権利の代位行使ができるものである。

 もっとも、特に、被保全債権が金銭債権の場合の債務者の一般責任財産保全として債権者代位権を行使する本来型の債権者代位権の場合、その存在意義について、廃止論を含めて従前から議論がなされていた。

 すなわち、債権者代位権は、本来的には、金銭債権を有する代位債権者が、債務者の責任財産を保全し、強制執行の準備をするための制度であると言われているが、個別権利行使の実現の場面については、債権差押えの制度が本来的な制度として用意されており、その準備段階としての保全に関しても、民事保全の制度があり、債権者代位権の利用は、利害関係人に対する十分な手続保障のない「私的差押え」を認めるものであるとして批判が強いとされている(民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針Ⅱ』412頁)。

 したがって、債務者に属する権利を行使するには、履行の強制に関する制度である民事執行の債権執行等の規定及び民事保全手続によるのが大原則であり、債権者代位権は、これらの制度で対応することが困難である場合に例外的に行使されるべきものと考えることができる。

 (イ)民事執行手続、民事保全手続によって対応することが困難なものとして、例えば次のものが考えられる。

 ① 被差押債権の時効中断のための訴訟提起

 ② 債務者の登記申請権や登記請求権の行使

 被相続人名義の不動産に対して、相続人の債権者が強制競売を開始する場合、現在の執行実務では、債権者は、相続人を所有者とする競売を申し立て、その受理証明書を得て、相続人の登記申請権を代位行使して、被相続人名義から相続人名義に相続登記を行い、その後に競売開始決定を得て差押登記を行う。

 また、債務者が第三者から購入した不動産の所有名義が第三者名義のままになっている場合、実体法上、当該不動産が債務者所有であったとしても、第三者名義であるため、債権者は、当該不動産に対して強制執行することができない。そこで、債権者は、債務者の第三者に対する所有権移転登記手続請求権を代位行使して、第三者から債務者に所有権移転登記を行うことにより、不動産に対する強制執行を可能にする。

 ③ 債権者代位によって第三債務者に対して行使する金銭債権を民事保全手続における被保全債権として行う第三債務者の財産の仮差押え

 例えば、債務者が第三債務者に不動産を売却し登記名義を第三債務者に移転させたが、第三債務者が債務者に売却代金を支払っていない場合、債権者は、債務者の第三債務者に対する売買代金支払請求権を代位行使して、これを被保全債権として第三者に移転した不動産を仮差押えすることが考えられる。

 仮にこれを民事保全、民事執行手続のみで行おうとすると、債権者は、まず債務者に対して債務名義を取得し、債務者の第三債務者に対する売買代金支払請求権を差し押さえるか転付命令を得て、差し押さえた債権または被転付債権の保全を目的として第三債務者名義の不動産に対する仮差押え等の保全処分をすることになる。

 ④ 債務者の有する形成権(取消権、解除権、時効援用権等)の行使

 (ウ)これらの類型について債権者代位権が実際に利用されており、民事保全及び民事執行制度では債務者の責任財産を保全するには不十分であると言わざるを得ないことから、本来型の債権者代位権を廃止することは現時点ではできないと思われる。

 (エ)債権者代位権の制度設計に関する大阪弁護士会の意見

 大阪弁護士会としては、「債務者の責任財産保全は、あくまで、民事保全及び民事執行手続を利用して行うべきであり、債権者代位権は、これらの制度で補うことが不可能または困難である場合に例外的に行使するもの」であるとの意見を提示してきた。

 そして、債権者代位権を、民事保全制度の補完という身軽な制度として位置づけた場合には、立証に困難を伴う債務者の無資力を要件することはその妥当性を欠くことから、要件としては、無資力要件は不要であり、保全の必要性で足りる、そして、効果として債務者による処分禁止効や第三債務者に対する弁済禁止効を生じさせないのであれば、債務者及び第三債務者に与える影響は少ないことから、保全の必要性でもって債務者の財産に介入することも十分正当化できると主張してきた。

 

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