SH4544 Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書) 第10回 Emerging Riskへの対応が後手にまわる悩み:リスク登録簿が有益 渡部友一郎/東郷伸宏(2023/07/13)

そのほか法務組織運営、法務業界

Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書)
第10回 Emerging Riskへの対応が後手にまわる悩み:リスク登録簿が有益

44Airbnb Japan株式会社
渡 部 友一郎

合同会社ひがしの里・セガサミーホールディングス株式会社
東 郷 伸 宏

 

リーガルリスクマネジメントの教科書 バックナンバー

 

©弁護士・グラフィックレコーダー 田中暖子 2023 [URL]

 

1 共通の悩みの特定

 新型コロナ感染症、米中対立に起因する経済安全保障、ロシア・ウクライナの戦争……私たちが所属する企業は、意識するしないにかかわらず、経営を取り巻く変化し続けるリスクを特定・分析・評価・対応するリスクマネジメントを迫られています。企業は、不確実さのうち、好ましい影響が生じる事項の確率を高め、逆に、好ましくない影響が生じる事項の確率を抑え、なるべく、目的を達成するために奮闘しています。私たちの法務部門もまた、経営に関する多種多様なリスクの1つである「リーガルリスク」の専門家として、経営のinformed decisionを支える立場にあります。

 前置きが長くなりましたが、今回の共通の悩みは、Emerging Riskについてです。

 具体的には、新型コロナ感染症、米中対立に起因する経済安全保障、ロシア・ウクライナの戦争などはEmerging Riskと言えるでしょう。Emerging Riskの特徴として、ロシア・ウクライナの戦争を例に取れば、今でこそ自明ですが、リスクが顕在化する以前または顕在化している初期段階では、リスクの特定・分析・評価・対応が難しく、その結果、対応が後手に回りやすいことが挙げられます。

 では、私たち法務部門は、どのようにすれば、このEmerging Riskに対して、機敏で柔軟な対応(アジャイルな対応)を講じることが上手になれるのでしょうか。

 

2 共通の悩みの分析

 はじめに、この共通の悩みは、新型コロナ感染症発生当時に経営陣や事業部門とともに奔走していた法務部門に広く共通する、正当な悩みといえるのではないしょうか。

 そもそも、Emerging Riskは、ピュアなリーガルリスクという場合もあるでしょうが、大抵、他の種類のリスクも持ち合わせている場合が多いと言えます。たしかに、A国において、与野党の政権交代が発生し、これまで予想もされていなかった政策が目玉となり、企業の事業活動を大幅に規制するB法(新法)が制定されたとします。この場合、Emerging RiskはB法(新法)に起因するものですのでピュアなリーガルリスクがEmerging Riskと呼べるかもしれません。

 しかし、即断は禁物です。なぜなら、①与野党の政権交代が発生するという与党の基盤の脆弱性がそもそも政治的リスク(Emerging Risk)であった可能性もあり、また、②B法(新法)の理由が世界の地政学的な動きと連動するものであった場合、地政学的リスク(Emerging Risk)であった可能性も排除できません。さらに、③B法(新法)の理由すなわち立法事実が、企業の強引な収奪的行為による消費者被害に起因するのであれば、そもそも、そのような事業活動に関連する事業リスク(Emerging Risk)が従前に存在している場合も考えられます。

 

3 共通の悩みの評価

 上記の分析を念頭に置くと、法務部門が、Emerging Riskに対して、機敏で柔軟な対応(アジャイルな対応)を講じることができるか否かは、当該リスクが、リーガルリスク(の可能性を内包するもの)として明確に特定されることが不可欠です。そして、リーガルリスクの特定・分析・評価・対応のうち、まずは特定(早期発見・早期警戒)できる体制の構築が鍵になりそうです。特定していないものには、分析も対応もできないからです。

 

4 共通の悩みの対応

 そこで、この共通の悩みに有効な手段として、「リーガルリスクの登録簿」を挙げることができます。

 リーガルリスクの登録簿とは、リーガルリスクマネジメントに役立てる目的で、その組織が晒されているリーガルリスクを体系的・網羅的に特定しデータベース化するものです。ISO31022の附属書Bにその例が示されています。後掲・木内(2021)によれば、リーガルリスクの登録簿は、業務の過程で認識したリーガルリスクの記録化に役立つだけでなく、組織が晒されているリスクを体系的・網羅的に特定しようと試みること自体が、リスクの特定そのものに役立つとされています。ISO31022においても、リーガルリスクの登録簿が「リーガルリスクの特定」の項(5.3.2)で言及されています。

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(わたなべ・ゆういちろう)

鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。現在、米国サンフランシスコに本社を有するAirbnb(エアビーアンドビー)のLead Counsel、日本法務本部長。米国トムソン・ロイター・グループが主催する「ALB Japan Law Award」にて、2018年から2022年まで、5年連続受賞。デジタル臨時行政調査会作業部会「法制事務のデジタル化検討チーム」構成員、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員など。著書に『攻めの法務 成長を叶える リーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023)など。

 

(とうごう・のぶひろ)

金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメント後、2022年には組織と個人の競争力強化を目的とする合同会社ひがしの里を設立。2023年からはセガサミーグループにおける内部監査部門を担当。

 

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