SH3353 発信者情報開示の在り方に関する研究会、「最終とりまとめに向けた主な論点」を公表 足立 理(2020/10/22)

取引法務個人情報保護法

発信者情報開示の在り方に関する研究会、
「最終とりまとめに向けた主な論点」を公表

岩田合同法律事務所

弁護士 足 立   理

 

 総務省は、2020年4月、発信者情報開示の在り方等について検討するため、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(以下「研究会」という。)を設置した[1]。同年10月12日までに、合計8回の研究会が開催されている[2]

 研究会は、2020年10月12日、「最終とりまとめに向けた主な論点」を公表し、発信者情報開示請求制度に関して近年議論されている問題点について、研究会構成員の新たな意見等を明らかにしている。以下では、まず発信者情報開示制度の概要を説明した後(下記)、いわゆるログイン型サービスの出現に伴う新たな論点に触れ(下記)、「最終とりまとめに向けた主な論点」において明らかにされた、かかる論点に対する研究会構成員の意見を紹介する(下記)。

 

1 発信者情報開示制度の概要

【具体例】

 私人Vは、身に覚えがないにもかかわらず、SNS上で何者か(以下「A」という。)により「〇県〇市〇町在住のVは、犯罪者だ。スーパーマーケットを中心に万引きを繰り返している。」と投稿され、かかる投稿が拡散されることにより被害を受けている。

 上記具体例において、Vは、Aの氏名・住所等を特定し、法的措置を取りたいと考えるであろう。特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)は、Vが、A[3]を特定して損害賠償請求等を行うことができるよう、一定の要件を満たす場合には、コンテンツプロバイダ[4]及びアクセスプロバイダ[5]に対し、Aの氏名・住所等の開示を請求する権利を定めているが、多くの場合、①コンテンツプロバイダへの開示請求、②アクセスプロバイダへの開示請求を経て、Aを特定するという2段階の裁判手続が必要になっている。具体的には、コンテンツプロバイダに対する開示請求は、仮処分の申立てによることが一般的であり、これにより、Aの投稿の際の一定の技術情報[6](以下「IPアドレス等」という。)が開示される。また、アクセスプロバイダに対する開示請求は、訴訟提起によることが一般的であり、Vが認容判決を得れば、アクセスプロバイダよりAの氏名・住所等が開示される。

 

2 ログイン型サービスの出現

 近年、”投稿時のIPアドレス等を記録・保存していないコンテンツプロバイダの出現により、投稿時のIPアドレス等から通信経路を辿ることによりAを特定することができない場合がある”との課題が指摘されている。そのようなコンテンツプロバイダの一部は、投稿にあたって、ユーザーにアカウントへのログインを求め、投稿時のIPアドレス等の代わりに、ログイン時のIPアドレス等を記録している。

 この点に関し、まず第1に、法が開示を認めるのは、「権利の侵害に係る発信者情報」であるところ、侵害”投稿”に比して、権利侵害との関連性の小さい”ログイン”(特にVが権利侵害されたと主張する投稿(以下「侵害投稿」という。)に利用されたログイン以外のログイン[7])の際のIPアドレス等より把握されるAの氏名・住所等が、「発信者情報」に該当するのかが(①)、また、第2に、仮にこれらが発信者情報に該当するとしても、侵害投稿に利用されたログイン以外のログインを媒介したにすぎないアクセスプロバイダ(以下「第三者的アクセスプロバイダ」という。)に対し、開示請求が可能であるか[8](②)が議論されている(下記図表において、「ISPα」と「キャリアβ」はそれぞれ別のアクセスプロバイダであるところ、Vの目からは、侵害投稿がαとβのいずれからSNSにログインして行われたのか不明であるので、いずれも第三者的アクセスプロバイダであることを前提とした対応を取らざるを得ない。)。

 

〔発信者情報開示の在り方に関する研究会「中間とりまとめ」(下記3参照)12頁より抜粋〕

 

 Aが利用したSNSが、ログイン型のサービスを採用している場合、上記①及び②が問題となり得、訴訟であれば、Vは、当該いずれの論点についても裁判所に認められない限り、Aの氏名・住所等の開示を受けることができない。

 

3 発信者情報開示の在り方に関する研究会における議論の状況

 研究会は、上記①及び②を含む発信者情報開示の在り方等について検討を行っているところ、2020年8月31日には、「中間とりまとめ」[9]が公表され、①について、”ログインを行った者と、侵害投稿を行った者の同一性等の一定の要件の下では、ログイン時のIPアドレス等より把握されるAの氏名・住所等が、「発信者情報」に該当し得る”という、肯定的な方向性が明らかにされている[10]。一方で、②については、今後「整理を進めていくことが適当である」[11]と明確な方針が示されていなかった。

 そうしたところ、研究会は、2020年10月12日、「最終とりまとめに向けた主な論点」を公表し、構成員より、要旨、開示請求の対象となるアクセスプロバイダの範囲を拡大する(すなわち、第三者的アクセスプロバイダに対する開示請求も可能とする)ことを前提に、法改正によってこれを実現すべきとの意見が出されたことを明らかにしている[12]。近日、研究会より、最終とりまとめが公表されることが予想されるところ、現時点で、少なくとも、上記②の論点について否定的に解することにより、Vの権利救済の道を閉ざすことは妥当でないという価値判断が、研究会構成員のコンセンサスとされている可能性が高い。

 

4 まとめ

 今後、第三者的アクセスプロバイダに対する開示請求が容易に認められるようになれば、インターネット上の誹謗中傷等に苦しむ被害者の権利救済の道がより広く開かれる。一方で、アクセスプロバイダは、侵害投稿に係る通信を媒介していない場合でも、開示請求の相手方となり得るため、これまでより一層、社内での同請求の取扱いに関するルールの精緻化が必要となるだろう。

以 上



[3] プロバイダ責任制限法上は、「発信者」と表現される。

[4] SNS管理会社等

[5] Aが加入している電気通信回線サービスを提供する株式会社NTTドコモ等のプロバイダ

[6] IPアドレス・タイムスタンプ等

[7] Aのアカウントには、複数のログイン、複数の投稿が存在するところ、Vの目からは、どのログインによってどの投稿がなされたかは不明であり、侵害投稿に利用されたログインを特定することは困難である。

[8] 法4条1項は、Vが、”侵害投稿に係る「通信の用に供される…通信設備を用いる」アクセスプロバイダ”に対して請求を行うことを求めているところ、条文を素直に読めば、第三者的アクセスプロバイダは、これに該当しないようにも思われる。

[10] 中間とりまとめ12頁以下

[11] 中間とりまとめ14頁

[12] 最終とりまとめに向けた主な論点10頁

 

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