「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」報告書
岩田合同法律事務所
弁護士 別 府 文 弥
平成27年4月23日、経済産業省は、昨年9月に設立された「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」における報告書(以下「本報告書」という。)を取りまとめた。同研究会は、平成26年6月24日に閣議決定された、「日本再興戦略」改訂2014に盛り込まれた、「持続的な企業価値創造に向けた企業と投資家との対話の促進」に係る検討を行うために開催されたものであり、同研究会では、望ましい株主総会のあり方や、企業情報開示のあり方について全般的な議論が行われた。
本稿では、本報告書の概要について述べるものである。
1. 基本的な視点(本報告書第三章 1(110~112頁))
本報告書では、持続的な企業価値創造に向けた企業と投資家の「対話」(企業の情報開示をベースとした株主総会プロセスや年間を通じた継続的なやり取り、これらを通じた情報開示に対するフィードバック等、企業と投資家との直接・間接の幅広いコミュニケーション全体)に関する基本的な評価軸として、①持続的成長、企業価値向上という対話促進の目的、②総合的・統合的な視点からの対話プロセスの全体最適、③対話に向けた意識と行動の転換の3点が掲げられている。
2. 望ましい企業情報開示のあり方(本報告書第三章 2(112~121頁))
本報告書では、望ましい企業情報開示のあり方として、開示すべき情報の全体像を認識した上で、そこから投資家にとって必要な「モジュール」を切り出し、適切なタイミングで提供する「モジュール型開示システム」が提言されている。
かかる提言のもと、①企業による3つの制度開示(金融商品取引法、会社法、上場規則における制度開示)及び任意開示の統合的な把握・整理、②企業、投資家、制度関係機関による開示制度の検討、③会社法、金融商品取引法上の監査の実質的な一元化、④関係団体等におけるグッドプラクティスの共有やガイドラインの作成等が提言されている。
3. 望ましい株主総会プロセスのあり方(本報告書第三章 3(121~132頁))
本報告書では、株主総会に関し、機関投資家等の議決権行使や企業との対話の質を高める観点から、株主の議案検討・対話のための期間を十分確保するための方策として、① 株主の議案検討と対話を確保する観点からの株主総会日程の設定(議決権行使の基準日を決算日以降の日に定め、その3か月以内に株主総会を開催する等)、②株主総会に必要な情報開示等の電子化促進によるプロセスの効率化(招集通知情報の発送前Web開示、招集通知関係書類の電子化、議決権行使の電子化等)が要請されている。
また、決定機関としての株主総会のプロセスをより意義あるものとするため、③機関投資家や個人投資家の参加、付議すべき事項や株主提案権の適切な行使のあり方、株主総会決議に関する株主との対話内容のあり方について、コーポレートガバナンスをめぐる対応と併せ改めて検討することが要請されている。
4. 企業と投資家の対話促進に向けた意識と行動(本報告書第三章 4(132~133頁))
最後に、本報告書では、①良質な対話が企業と投資家の相互理解を促進するとともに企業価値を高め、企業と長期志向の機関投資家の双方に利益をもたらすことができるものであるという共通認識の醸成を行うことの重要性、②信託銀行、証券代行、弁護士、コンサルタント、アナリスト等の「総会支援産業」が、企業と投資家の対話支援のための役割を強化することへの期待等について述べられている。
5. 小括
本報告書では、上記1.のとおり、持続的な企業価値創造に向けた企業と投資家の「対話」が報告書全体を通じたテーマとして重要視されている。また、「スチュワードシップ・コード」「コーポレートガバナンス・コード原案」の両コードとの関連性や、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」最終報告書(伊藤レポート)との関連性が明示されており、これらの関連コード等が本報告書の理解の前提ないし参考となる。
以下は、「スチュワードシップ・コード」「コーポレートガバナンス・コード原案」の両コードと本報告書との関連箇所の一例である。
本報告書 |
スチュワードシップ・コード |
コーポレートガバナンス・コード原案 |
2.望ましい企業情報開示のあり方 1)企業価値評価のために有用な情報が効果的に開示されること 2)対話の質を向上するために効率的であること 3)直接的な対話との相乗効果を高めるものであること(本報告書第三2) |
機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。(原則3) |
上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。 その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。(基本原則3) |
株主総会における議決権を有する株主を特定する基準日について、決算日とは別の日に定める場合には、以下の基本的な考え方に沿って検討されることが望ましい。(以下略)(本報告書第三3.4.01) |
(該当なし) |
上場会社は、株主との建設的な対話の充実や、そのための正確な情報提供等の観点を考慮し、株主総会開催日をはじめとする株主総会関連の日程の適切な設定を行うべきである。 (補充原則1-2③) |
機関投資家にとっては、顧客利益最大化の観点から、投資先企業の企業価値向上や持続的成長に貢献し、より良い議決権行使の判断や投資判断を行うことが対話の目的である。(本報告書第三4.2.03) |
機関投資家は、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」…を通じて、当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべきである。 (指針1-1) |
上場会社は、株主総会が株主との建設的な対話の場であることを認識し、株主の視点に立って、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。(原則1-2) 上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。(基本原則5) |
本研究会においては、企業が株主と株主総会に至る事前プロセスにおいて対話を深める上での制約や懸念等が示唆されている。(本報告書第三4.1.01) |
投資先企業と対話を行う機関投資家は、…当該対話において未公表の重要事実を受領することについては、基本的には慎重に考えるべきである。(指針4-3) |
株主との建設的な対話を促進するための方針には、少なくとも以下の点を記載すべきである。(中略) (v)対話に際してのインサイダー情報の管理に関する方策(補充原則5-1②) |
今後、本報告書の提言が企業統治強化策の一環として政府の成長戦略に盛り込まれることが見込まれているほか、同提言に基づき、会社法や金融商品取引法の改正が行われる可能性もあることから、今後の動向に注視する必要がある。
(べっぷ・ふみや)
岩田合同法律事務所アソシエイト。2010年東京大学法科大学院卒業、2011年弁護士登録(新64期)。一般企業法務、M&A、渉外関連業務(契約書・クロスボーダー取引・競争法関係)、株主総会、訴訟等の案件に従事。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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