◇SH1916◇特許庁、自らの商標を他人に商標登録出願されている方への注意喚起 堀田昂慈(2018/06/20)

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特許庁、自らの商標を他人に商標登録出願されている方への注意喚起

岩田合同法律事務所

弁護士 堀 田 昂 慈

 

 特許庁は、平成30年6月8日、「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」と題するリリースを公表し、他人が自らの商標について先に商標登録出願している場合であっても、商標登録を断念することのないよう注意喚起を行った。一部の出願人による不当な商標登録出願が大量に行われていた問題への対応として、商標法が一部改正されたこと(以下「本改正」という。)を受けたものである。

 

1 本改正前の状況

 商標法は、商標登録出願が審査、審判等に係属している場合には、指定商品群又は指定役務群を複数の出願に分割して新たな商標登録出願とすること(分割出願)を認めている(商標法10条1項)。そして、この場合、新たな出願(子出願)の出願日はもとの出願(親出願)の出願日に遡及することとされている[1](商標法10条2項)ため、出願人は、親出願となる出願を行った後に分割出願を繰り返せば、商標登録に親出願の出願日を確保し続けることができる。

 他方で、商標法は先願主義を採用しており、同一又は類似の商品又は役務について使用をする同一又は類似の商標について複数の登録出願があった場合には、出願日が最先の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができるとされている(商標法8条1項。一般に、先立つ出願を「先願」、後れた出願を「後願」と呼ぶ。)。そのため、先願が登録審査中である場合には、後願の登録審査は開始されないこととなる。

 したがって、かかる分割出願の制度及び先願主義の考え方に基づけば、いち早く親出願となる出願を行った出願人は、商標登録に至ることのない場合であっても、分割出願を繰り返すことで後願の商標登録審査の開始を阻害することができ、事実上、他の出願人による商標の権利化を阻害することができる。

 本改正前には、かかる分割出願の制度を利用して、本来商標権者となるべき者を不当に阻害する行為が行われていた。すなわち、一部の出願人が、出願手数料を納付することなく他人の商標の先取りとなるような大量の商標登録出願を行い、手数料未納により却下処分を受ける直前に分割出願を繰り返すことで、事実上、多数の商標について、本来商標登録を受けるべき他の出願人による商標の権利化を阻害していたのである。

 

2 本改正の内容

 本改正は、かかる状況を踏まえ、商標法10条1項が規定する分割出願の要件に、親出願の出願手数料を納付することを追加したものである。

 これにより、分割出願により親出願の出願日を確保するためには、出願手数料の納付が不可欠となり、手数料未納のまま大量に出願のみを行い、他の出願人による商標の権利化を阻害することは不可能となった。そのため、後願の出願人は、先願の親出願が却下処分を受け次第、登録審査を受けることができるようになった。

 ただし、経過措置として、改正商標法10条1項は、施行日(平成30年6月9日)以降になされた分割出願についてのみ適用され、同日より前になされた分割出願については影響しないこととされている。

 

3 今後の動向

 上記のとおり、改正商標法10条1項は、施行日(平成30年6月9日)以降になされた分割出願についてのみ適用されるため、同日より前になされた分割出願については、従来通り出願日が遡ることになる。したがって、本改正が完全に機能するまでには、まだ4~6ヵ月程度[2]の時間を要すると考えられる。

 また、本改正はあくまで、出願手数料を支払わずに出願日を確保し続ける行為を不可能としたに過ぎず、出願手数料を支払っている場合については、何ら変更がない。そのため、本改正によっても、詐害的な出願を行い、本来商標権を有すべき者に対して要求を行う「商標トロール」の脅威がすべて払拭されるものではないから、自らが使用する商標について商標権を確実に確保したい事業者は、速やかに商標登録出願を行うべきという方針にはなんら変わりはないと考えるべきである。

 

【図:本改正の概要】

(出典:特許庁ウェブサイト)

 


[1] かかる分割出願の制度により、出願した指定商品群又は指定役務群の一部についてのみ登録の可否が問題となった場合に、問題のない指定商品群又は指定商品群のみを分割して早期に権利化するという手段が可能となる。

[2] 代金未納の場合に却下処分を行うまでに必要な期間として、特許庁が公表している。

 

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