◇SH2732◇東京地裁、知財調停手続の運用 松田貴男(2019/08/22)

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東京地裁、知財調停手続の運用

岩田合同法律事務所

弁護士 松 田 貴 男

 

 2019年8月1日、東京地裁の知的財産権部[1]は、柔軟性、迅速性、専門性、非公開を特色とする、知的財産権に関する民事調停手続(「知財調停」)の新しい運用を2019年10月1日から開始することを公表した。大阪地裁でも同日から同様の知財調停の運用が開始される。以下、知財調停の概要、並びに、知財調停制度選択及びこれに関する管轄合意の留意点を記載する。

 

1. 知財調停の概要

 知財調停は、民事調停法に基づく調停であり、その法的性質は民事調停である。従って、知財調停の成立には当事者間の合意が必要であるが[2]、通常の民事調停と同様に、非公開性、柔軟性などの利点がある。

 知財調停の概要及び、知財調停にもあてはまる民事調停全般に共通する特色は以下表の通りである。

 

Ⅰ 知財調停概要
1. 対象紛争
  1.   知的財産権に関する訴訟と同様。
  2.   具体的には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、回路配置利用権、商法12条、会社法8条若しくは21条に基づく請求権、不正競争防止法に定める不正競争、種苗法による育成者権、他人の氏名・名称又は肖像を広告の目的又は商業的目的(報道目的を含まない。)のために無断で使用する行為に関する紛争 等
2. 管轄裁判所
  1.   東京地裁又は大阪地裁(但し、当事者間の管轄合意が必要)
3. 調停委員会
  1.   裁判所の知財部裁判官1名及び知財事件の経験豊富な弁護士・弁理士等の専門家2名の合計3名から構成。
  2.   技術的事項が問題となる事案(特許権紛争など)については裁判所調査官の関与もありうる。
4. 手続の流れ
  1.   当事者間の事前交渉を前提として、第1回調停期日(申立てから約6週間後)までに両当事者から主張・証拠を提出。
  2.   原則として、第3回調停期日までに調停委員会の見解を口頭で開示(争点についての心証開示のほか、訴訟・仮処分による解決に適しているなどの意見含む)。
  3.   事案に応じて第3回調停期日前の調停案提示もあり、一方、4回以上の審理を経ることもあり得る。
  4.   テレビ会議等の利用が可能。
  1. 5. 調停不成立後の訴訟との関係
  1.   調停不成立又は取下げとなった後に、調停の目的となった請求について訴えが提起された場合、当該訴えに係る審理は、調停委員会を構成した裁判官が所属する部以外の部の裁判官が担当。

 

Ⅱ 民事調停全般に共通する特色
1. 非公開性
  1.   調停手続きは非公開。調停記録の閲覧謄写制度はあるが、請求権者は当事者又は利害関係を疎明した者のみ(民調法12条の6)。
2. 柔軟性
  1.   調停では、当事者が解決を求める内容を柔軟に設定することが可能。例えば、交渉促進目的での調停申立ての場合などにおいて、「相当な解決を求める。」を申立ての趣旨として申し立てることも可能。
3. 成立時の効果
  1.   合意した調停条項が調書に記載されたときに調停が成立し、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有し(民調法16条)、債務名義となる(民執法22条7号)
4. 手続費用
  1.   調停申立手数料は、訴え提起手数料の約半額(民訴費用法別表第一の14項)。
  2.   調停不成立の場合、2週間以内に訴訟提起をすれば、調停で納付した手数料を訴え提起の手数料に充当可能(民訴費用法5条、民調法19条)。
5. 時効との関係
  1.   調停不成立となった場合でも2週間以内[3]に訴えを提起すれば、調停申立時に訴えを提起したものとみなされる(民調法19条)。
  2.   また、現行民法上、調停申立ては、相手方不出頭又は調停不成立から1ヵ月以内の訴え提起を条件に、時効中断効が認められる(現行民法151条)。2020年4月施行の改正民法では、調停不成立の時から6か月を経過するまでは時効の完成が猶予される(同法147条1項3号)。

 

2. 知財調停制度選択及び管轄合意の留意点

(1) 制度選択

 知財調停は、東京地裁又は大阪地裁の知財部の裁判官を中心に構成される調停委員会による専門性の高い司法制度であり、また、通常の民事調停と同様に非公開性、柔軟性もあり、調停不成立の場合も手続費用及び時効との関係では訴訟に比して不利益はなく、優れた紛争解決制度といえる。

 ただ、知財調停の成立には当事者間の合意が必要となるため、制度利用に際しては、調停により合意に至る可能性が高いかどうかの見極め(相手方の主張との乖離と妥協可能性、相手方との信頼関係、争点の個数・複雑性など)が必要となる。調停不成立後に訴訟に移行すると、調停に要した時間・労力が結果的に無駄になる可能性があるため(訴訟に移行した場合、知財調停の調停委員会を構成した裁判官が所属する部以外の裁判官が当該訴訟を担当する。)、相手方を刺激せずに調停申立てによって時効中断効を得たいなどの別の目的がある場合は別として、相手方と合意できる見通しが高くない事案については、最初から訴訟を選択すべきである。

 また、迅速な差止めが必要な場合には差止仮処分を選択するべきである。

 さらに、例えば、外国法人との間での紛争(外国語書類、外国法準拠法など)については、相手方が日本裁判所での紛争解決を望まないことも多いなど、事案に応じて、裁判所以外のADR機関[4]による仲裁や調停も検討対象となる。

(2) 管轄合意

 民事調停法上、管轄裁判所は、原則として、相手方所在地を管轄する簡易裁判所であり、例外的に、管轄合意がある場合は地方裁判所又は他の簡易裁判所となる(民調法3条1項)。従って、東京地裁又は大阪地裁が運用を予定している知財調停を利用するためには、当事者間で以下のいずれかによる管轄合意が必要となる[5]

  1. ① 紛争が生じた後に調停の管轄合意をする
  2. ② 紛争が生じる前に契約書で調停の管轄合意をしておく

 上記②の場合、訴訟の管轄合意はあるが調停の管轄合意は明示的な記載がないという例が多いため、訴訟の管轄合意が調停との関係でも管轄合意として扱われるかという問題がある。この点については両論あるが[6]、大阪地決平成29・9・29判タ1448号188頁は、契約書に訴訟のみの管轄合意がある場合には調停の管轄合意があるとはいえない、と判断した。この大阪地裁決定を考慮すると、今後知財関係で締結する契約書においては、東京地裁又は大阪地裁での知財調停を利用できるよう、訴訟のみならず調停についての(東京地裁又は大阪地裁での)管轄合意も明記しておくことが望ましい。

 


[1] 東京地裁民事第29部、第40部、第46部、第47部

[2] 当事者の合意がない場合でも、例外的に、裁判所による調停に代わる決定が行われた場合であって、かつ、当事者又は利害関係人が2週間以内に当該決定に対して異議の申立てをしない場合には、当該決定は裁判上の和解と同一の効力を有する(民調法17条、18条)。

[3] 調停の申立てに訴え提起の効果を擬制する民調法19条と調停の申立て自体に時効中断の効力を認める現行民法151条の双方が適用されるため、調停不成立の場合には調停不成立から1か月以内に訴えを提起すれば時効中断効が認められる。

[4] 知的財産に関する紛争について、ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)に基づく認証を受けたADR機関として「日本知的財産仲裁センター」がある。(https://www.ip-adr.gr.jp/)。

[5] 民事調停法では、管轄合意に書面性は要求されていない。

[6] 石川明=梶村太市編『注解 民事調停法〔改訂〕』(青林書院、1993)112頁参照

 

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