◇SH3147◇弁護士の就職と転職Q&A Q116「ステイホームに順応したアソシエイトは勤労意欲を回復できるか?」 西田 章(2020/05/18)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q116「ステイホームに順応したアソシエイトは勤労意欲を回復できるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 厚生労働省は、5月12日、「警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等」を発表しました。これには、4月の自殺者数は昨年に比べて約20%減少していることが示されています。新型コロナウイルスの感染症対策としてのステイホームは、「コロナ前の日常に過剰なストレスを抱えていた人」に息継ぎを与えた側面もあるのかもしれません。弁護士業界に関しては、延期が決まっていた今年の司法試験についても、8月中旬の試験日程が発表されて、徐々に「コロナ前の日常」を取り戻そうとする動きが見られるようになってきました。ここでは、第二波を防ぐための対策を講じることが必要であるだけでなく、「コロナ前の日常」の中に見直すべき点があるのではないかも改めて論点になりそうです。

 

1 問題の所在

 緊急事態宣言が39県で解除されて、事業者への休業要請を緩和する動きも広がっています。企業法務系弁護士は、企業をクライアントとする客商売ですから、企業が活動を再開するのに合わせて生じるリーガルアドバイスへのニーズを受け止められるように待機しなければなりません。実際、法律事務所のパートナー層には、事業体のフロント部門を指揮する立場として「これまでの売上減少分を少しずつでも取り戻したい」とか「これを機に新しいニーズを取り込みたい」というビジネスチャンスに賭ける意気込みも見受けられます。

 ただ、そのような「待ってました!」という前向き感がアソシエイト世代にも共有されているか、というと、必ずしもそうではありません。もともと、企業法務におけるアソシエイト業務は、「日々やりがいに溢れている」とか「社会貢献していることを実感できる」という性質の仕事ではありません(医療従事者が、若手であっても、目の前の患者の命を救うため、医療システムを維持するためにリスクを背負って働いてくれている「日々の活動そのもの」に公的な意義が認められるのに対して、自分たちの弁護士業務を「営利活動」として捉えがちです)。それでも、ハードワークに耐えてきたのは、「成長」のためです。「早く一人前の弁護士になって自分の裁量で仕事を回せるようになりたい」と願って(そうなれば、経済的にも報われるポジションを得られるだろう、という期待も抱いて)、「今現在の幸福度」からは敢えて目を逸らして、足許の業務に没頭することが正解であると信じて日々を過ごしてきました。そこに、今回、感染症対策としての「ステイホーム」期間が到来しました。ここでは、自分が弁護士になった動機を振り返ったり、今後のキャリアについて中長期的な視点で考える「時間的余裕」が生まれています。

 

2 対応指針

 企業法務系の法律事務所経営においては、「事務所を大きくしてレバレッジをかけてタイムチャージで稼ぐ」という成功モデルが存在していました。そして、「将来のアップサイドのためには今現在の生活を犠牲にできる」という選択に合理性があると信じられてきました。しかし、今回のコロナショックは、「レバレッジ利用型ビジネスモデルのリスク」を顕在化させると共に、アソシエイトのキャリア選択における考慮事項のトップに「健康に生き延びること」を強く意識させるようになりました(通勤やオフィスでの感染リスクの防止に加えて、ハードワークが免疫力を低下させることへの懸念も生まれています)。

 採用市場における法律事務所の人気は、これまで「一流事務所」(大手事務所や特定法分野での専門性が高い中小事務所)に集中していましたが、今後は、(感染症対策も含めた)「働き方の自由度」を重視する傾向が求職者に広がっていきそうです(不景気下の買い手市場において、その希望を貫くことができるのは優秀層に限られるとしても)。

 

3 解説

(1) 従来型キャリアモデルへの期待の喪失

 企業法務の世界では、大手法律事務所を先例として、予備試験合格者や一流法科大学院の成績優秀層に対して、「最先端又は大型の案件に従事することでスキルを磨き、優秀な同期と切磋琢磨しながらパートナー昇進を目指して働いて、勝ち残ったら、事務所全体の収益をベースに収入を得られるようになるので、経済的にも報われる」という成功モデルが提示されていました。

 しかし、今回のコロナショックで、「オフィスが広く、多数の人員を抱えている大規模な組織ほど、不稼働時に生じる損失も大きい」というリスクが表面化してきました(パートナーであれば、収益だけでなく、損失も負担しなければなりません)。日本経済が、コロナショックから立ち直るのに時間を要するとすれば、アソシエイトにとっては、「アベノミクス時代にパートナーになった先輩達のキャリアは先例として参考になりにくい。」と認識しておかなければならなくなっています。

(2) 弁護士としての成長<健康で文化的な生活

 サラリーマンの世界で「働き方改革」が進んでも、弁護士業界への影響は限定的というか表面的でした。表向きは「うちはアソシエイトを大事にする事務所だ」と謳っていても、それは意中の候補者を勧誘したり、優秀なアソシエイトを引き留めるための便法に過ぎず、経営層の本音ベースでは(自らのアソシエイト時代の経験を基に)「弁護士は、1年目から個人事業主であり、労働法の適用はない」「プロなのだから、サービスのスピードとクオリティを維持するために、クライアントの求めに応じていつでも全力で仕事するのは当たり前」という発想を持っている人が大半でした。

 また、アソシエイトの側でも、弁護士業界の競争が激しくなっていることも認識して、「今は私生活を犠牲にしてでも、修行を最優先すべき」とハードワークを受け入れてきたところがあります。

 ただ、今回のコロナウイルスの感染拡大に際して、「感染リスク」は、修行中の身だからといってテイクできるものではありませんでした。また、テレビ等で報道される医療従事者の奮闘を目にして、多くのアソシエイトたちは「自分たちが携わっている企業法務の仕事は、医療の現場に比べたら、単なる営利事業にすぎないかも」という思いを感じています(経済が維持できなくなったら、大勢の人々の生活に悪影響を及ぼすことになるので、重要な業務であるという自負はあるとしても)。

 ステイホーム期間は、アソシエイトにとって、「将来のためにすべきことは、今、感染リスクを高めてまで仕事することではなく、まずは、自分自身がストレスなく、免疫力を下げずに健康に過ごすこと」であるという大前提を強く意識させる機会となっています。

(3) 就職・転職人気ランキングへの影響

 企業法務の世界では、受験戦争の延長線上に、「優秀な人材が一流の事務所に行き、パートナー競争に参加する」という風に、キャリアのレールが敷かれていたところがありました。ここで「一流の事務所」というのは、法分野で高い専門性を誇っていること(規模が大きければ、ワンストップの総合事務所として、小さければ、特定法分野のブティックとして信頼されていること)がほぼ唯一の基準でした。そういう事務所に入所したアソシエイトが(パートナーになる前に)辞めて別の道を歩むことには、「ドロップアウト」というネガティブなイメージが付されることもありました。

 ところが、今回のステイホーム期間は、「オフィスよりも自宅」「職場の上司・同僚よりも家族」のほうが自分の生活にとってより本質的なものであることを再確認させる契機となりました。そして、キャリア設計においても、「世間体」とか「社会的地位」よりも、「自分自身の今現在の主観的幸福感」を高めるための環境を求める傾向が強まってきています(ここでは、「多人数が集まり、感染リスクが高まる大組織よりも、在宅でのリモートワークを許容してくれる小規模組織のほうが望ましい」という選択も合理的であると言えます)。

以上

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