『自動運転と社会変革 法と保険』の概要
―民事責任―
明治大学法学部准教授・弁護士
栁 川 鋭 士
1 はじめに
前回は自動運転に係る刑事責任に関して、明治大学自動運転社会総合研究所監修 中山幸二ほか編『自動運転と社会変革 法と保険』(商事法務、2019)の概要について、保安基準等の最新の情報を補足しつつ、解説した[1]。今回は、民事責任に関する本書の概要について、これまでの動向を補足しつつ解説する。本書第I部民事責任において、第1章「自動運転の事故責任と模擬裁判の試み(中山幸二)」では、①交通事故に係わる民事責任に関する現行法の構造と自動運転車への移行に伴う将来の民事責任の変容可能性と②自動運転社会総合研究所およびその前身である自動運転・法的インフラ研究会を中心に実施した自動運転車に係る模擬裁判の要点が述べられている。
次に、第I部第2章「自動運転車による交通事故訴訟における証拠の役割と課題――模擬裁判事例を契機として(栁川鋭士)」では、一連の模擬裁判において共通の重要な課題の一つとして挙げられる証拠の問題について検討している。自動運転システムが高度化する程、システム責任の問題となり、人の認識(過失)の問題ではなくなるため、証拠も証人等の人の認識ではなく電磁的記録(電子証拠)の問題となるためである。
2 交通事故に係わる民事責任に関する現行法の構造
自動車の運転と交通に関する規制法として、道路法、道路交通法、道路運送車両法、道路運送法などがある。交通事故の法的責任に関し、刑事責任としては、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷行為等処罰法)5条の過失運転致死傷罪と刑法211条前段の業務上過失致死傷罪が適用され得る[2]。民事責任については、自動車事故に関し過失責任の原則を修正し、強制的責任保険の下で自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)に基づき実質的な無過失責任によって被害者救済が図られている[3]。自動運転車における交通事故において、運転者の過失責任からシステム責任に移行するに伴って現行法[4]の内容の将来的な変容可能性を指摘し[5]、その点も含め課題の洗い出しを行うため実施されたのが模擬裁判である。
3 自動運転に係る模擬裁判の実施
レベル3以上の安全運転に係る監視・対応主体は運転者からシステムに移行する。自賠法の被害者救済システムを基軸とする多重的な責任関係を明確にするための技術と法学の架橋、それを支える証拠関係等明らかにすべき課題は多い。これまで実施した模擬裁判では、レベルに応じたそれらの課題を明らかにするため、レベル2のシステムの過信・誤信による事故事例(製造物責任法上の「指示・警告上の欠陥」)[6]、レベル3の車線変更に伴う事故事例(同法「通常有すべき安全性」の基準)[7]、レベル4の遠隔監視型無人バスに係る事故事例(同法「通常有すべき安全性」の基準)[8][9]、レベル5の混在交通下での事故事例(同法「通常有すべき安全性」の基準)[10]等を取り上げている。本書で概要を説明するとともに、一部は経済産業省委託事業報告書等においても取り上げられているので脚注掲載の資料も参照されたい。なお、本書刊行後、2020年2月28日JEITA自動走行システム研究会 活動報告会の中で、未来形としてレベル4の混在交通下における事故事例において、電子証拠(とりわけ映像データ)の立証における意義等も検討している。
4 証拠関係(ドライブレコーダー、EDR、DSSAD)
自動運転車に関わる電子証拠として主要なものとして、①ドライブレコーダー、②EDR、③DSSADの3つが挙げられる。ドライブレコーダーは、事故等により自動車車両に衝撃や急ブレーキを感知したときに一定時間の映像等を記録するものである。Event Data Recorder(EDR)は、エアバッグの展開を伴う衝突等の事象が発生した時、その前後の短時間において、車両速度等のデータを記録するものである。自動運転車用データストレージシステム(DSSAD: Data Storage System for Automated Driving)は、特にドライブレコーダーやEDRでは対応できないデータを記録するもので、記録媒体及び記録データをどのようなものにするかについては、現在、WP29にて検討中である[11]。いわゆるレベル3の自動運転車に関し規定する改正道路交通法では、作動状態記録装置による記録についても定義されている(同法63条の2の2・改正道路運送車両法41条2項)。作動状態記録装置について、本年4月1日に施行された改正保安基準では、記録対象となる項目として、①システムの作動状況が別の状況に変化した時刻、②システムによる引継ぎ要求が発せられた時刻、③システムがリスク最小化制御を開始した時刻、④システムの作動中に運転者がハンドル操作などによりオーバーライドを行った時刻、⑤運転者が対応可能でない状態となった時刻、⑥システムが故障のおそれのある状態となった時刻が挙げられている[12]。本書では、上記3の模擬裁判事例を検討素材として①ドライブレコーダー、②EDR、③DSSADの立証対象の相違、改変容易性等の電子証拠の特質を踏まえ、民事裁判上の証拠法上の課題を検討し、元データと当該提出証拠との同一性を争う機会を相手方の異議によって確保し、当該証拠の性質に応じた証拠調べ手続きを実施することを提言している[13]。
明治大学自動運転社会総合研究所 監修 中山 幸二=中林 真理子=栁川 鋭士=柴山 将一 編
定価:3,300円 (本体3,000円+税)
ISBN:978-4-7857-2728-4
[1] 前回の刑事責任の解説については、https://www.shojihomu-portal.jp/article?articleId=11526268
[2] いわゆるレベル3の自動運転の実用化に係る、本年4月に施行された改正道路交通法及び改正道路運送車両法(2019年5月改正)並びに改正保安基準について、前掲注[1]の刑事責任の概要説明を参照。
[3] 自動運転と自賠法に関する国土交通省の検討につき、国土交通省自動車局「自動運転における損害賠償責任に関する研究会報告書」(平成30年3月)を参照(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/05/001226452.pdf)。レベル3やレベル4の自動運転システムの導入時期においては、「従来の運行供用者責任を維持しつつ、保険会社等による自動車メーカー等に対する求償権行使の実効性確保のための仕組みを検討」することが適当であるなどの指摘がなされている。次回の本書に関する保険関係の概要説明も参照されたい。
[4] ジュネーブ条約等の道路交通条約を含むこれまでの法整備の動向と政府及び関係省庁の取組みについて、中山幸二「車の自動運転をめぐる法整備の動向と課題」自動車技術73巻3号(2019)48頁以下参照。
[5] 前掲注[2]の国交省の報告書の求償権行使の実効性が確保されるためには、例えば保険会社から自動車メーカーに対する製造物責任法に基づく責任追及の実効性が確保される仕組みが必要である。国交省・前掲注[3]8頁以下参照。
[6] 経済産業省・国土交通省委託事業報告書(株式会社テクノバ)「平成28年度スマートモビリティシステム研究開発・実証事業 自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究報告書」(2017年3月)77頁以下参照(https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000541.pdf)。
[7] 経済産業省委託事業報告書(株式会社デンソー)「平成27年度グリーン自動車技術調査研究事業 自動走行の安全に係るガイドライン及びデータベース利活用の調査報告書」(2016年2月)IV-1頁以下参照(https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000506.pdf)。
[8] 経済産業省・国土交通省委託事業報告書(株式会社テクノバ)「平成29年度高度な自動走行システムの社会実装に向けた研究開発・実証事業 自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究報告書」(2018年3月)62頁以下参照(https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000365.pdf)。
[9] 本事案を原案として、民事責任と対比しつつ、刑事責任について検討したものとして、中川由賀「具体的事故事例分析を通じた自動運転車の交通事故に関する刑事責任の研究①~遠隔型自動運転システムにおける自動運行装置作動中及び遠隔操作中の事故」『中京法学』54巻3・4合併号(2020)495頁以下参照。
[10] 経済産業省・国土交通省委託事業報告書・前掲注[6]97頁以下参照。なお、本書第V部第2章「自動運転車の社会的意義と社会実装時のルールについて(吉田直可)」において事例5を通じた考察がなされている。
[11] 本書では、国連(WP29)配下の自動運転分科会(ITS/AD)において、国際自動車工業連合会(OICA)から、レベル3以上のDSSADとして提示された装置又は機能を前提に検討している。Document No. ITS/AD_14_09(14the ITS/AD, 15 March 2018, agenda item 5-1):OICA, “DATA STORAGE SYSTEM FOR AUTOMATED DRIVING (DSSAD) Submitted by experts of OICA” at 2, available at https://wiki.unece.org/pages/viewpage.action?pageId=56591466
[12] 国土交通省自動車局(令和2年3月)「道路運送車両の保安基準等の一部を改正する省令等について」https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/05/001338329.pdf。なお、その他の作動状態記録装置の基準の概要として、保存期間等が6か月間又は2500回、保存された記録が市販されている手段又は電子通信インターフェースにより取得できること、保存された記録が改ざんされないよう適切に保護されていること、が掲げられており、詳しくは改正後の道路運送車両の保安基準の細目を定める告示(平成14年国土交通省告示第619号)に新設された150条の2【自動運行装置】1項15号及び別添123「作動状態記録装置の技術基準」参照。
[13] 栁川鋭士「民事訴訟手続における電子証拠の原本性と真正性――米国におけるデジタル・フォレンジックの活用場面を参考にして」情報ネットワーク・ローレビュー第17巻(2019年3月)14頁以下、同「電子証拠の証拠調べ―書証に関する問題を背景として―」法律論叢第92巻第1号157頁以下参照(2019年7月)https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/20395/1/horitsuronso_92_1_157.pdf