◇SH3229◇最一小判 平成30年3月22日 詐欺未遂被告事件(池上政幸裁判長)

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 詐欺罪につき実行の着手があるとされた事例

 現金を被害者宅に移動させた上で、警察官を装った被告人に現金を交付させる計画の一環として述べられた嘘について、その嘘の内容が、現金を交付するか否かを被害者が判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであり、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれ、被害者にその嘘を真実と誤信させることが、被害者において被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるといえるなどの本件事実関係(判文参照)の下においては、当該嘘を一連のものとして被害者に述べた段階で、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる。(補足意見がある。)

 刑法43条、246条、250条

 平成29年(あ)第322号 最高裁平成30年3月22日第一小法廷判決 詐欺未遂被告事件 破棄自判 (刑集第72巻1号82頁)

 第2審:平成28年(う)第1622号 東京高裁平成29年2月2日判決
 第1審:平成28年(わ)第107号 長野地裁平成28年8月9日判決

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 本件は、被告人を含む特殊詐欺グループが、前日に別件詐欺の被害を受けていた被害者から現金をだまし取ろうと企て、電話で氏名不詳の共犯者らが警察官になりすまし、預金を下ろして現金化する必要がある、前日の詐欺の被害金を取り戻すためには警察に協力する必要がある、間もなく警察官が被害者宅を訪問する、などという本件嘘を被害者に述べ、被害者に預金を下ろして現金化させたものの、被害者に現金交付を求める前に嘘が発覚し、現金受取役として被害者宅付近を訪れた被告人が逮捕され、詐欺未遂として起訴された事案である。

 第1審では、事実関係や法律問題は争われず、詐欺未遂罪として有罪認定されて実刑の言渡しがされ、被告人が量刑不当を主張して控訴した。これに対し、原判決は、共犯者らが被害者に述べた文言は、被害者に対し財物の交付へ向けた準備行為を促すものではあるが、現金交付まで求めるものではないから、その行為は、詐欺罪の人を欺く行為とはいえず、詐欺被害の現実的・具体的な危険を発生させる行為とも認められないとの判断を示し、第1審判決には理由不備の違法があるとして破棄し、無罪の自判をしたため、検察官が上告した。

 本判決は、本件事実関係の下においては、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められると判示し、原判決を破棄して控訴棄却の自判をした。

 

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 本件において詐欺未遂罪が成立するか否かを判断するためには、理論的にみれば、①本件嘘を述べた行為が刑法246条1項の構成要件である「人を欺く行為」に当たるかという刑法各論解釈上の問題と、②本件嘘を述べた行為が人を欺く行為には該当しないと解されたとしても、実行の着手があったといえるかという刑法総論解釈上の問題がそれぞれ検討されなければならない。

 まず、詐欺罪にいう「人を欺く行為」は、人による物・利益の交付行為に向けられたものでなければならないと解されているため、本件嘘のように財物の交付を求める文言を含まない嘘しか述べていない行為が、「人を欺く行為」に当たるといえるのかどうかが問題となる。

 次に、本件嘘を述べる行為が「人を欺く行為」には該当しないと解されたとしても、実行の着手に関する判例(最三小決昭和45・7・28刑集24巻7号585頁、最三小決平成11・9・28刑集53巻7号621頁、最一小決平成16・3・22刑集58巻3号187頁、最三小判平成20・3・4刑集62巻3号123頁、最二小判平成26・11・7・刑集68巻9号147頁等)に照らし、本件嘘を述べる行為をもって、詐欺罪の実行の着手があったといえるか検討しなければならない。

 実行の着手に関する学説をみると、基本的構成要件に該当する行為(実行行為)の開始が実行の着手であるとする形式的客観説と、法益侵害の危険性を実質的に判断して実行の着手時期を定める実質的客観説に分かれるとされるが、現在では、形式的基準と実質的基準の両者の観点から実行の着手を検討することが通説的見解であり(山口厚『刑法総論〔第3版〕』(有斐閣、2016)283頁、井田良『講義刑法学・総論』(有斐閣、2008)397頁、橋爪隆「刑法総論の悩みどころ 実行の着手について」法教411号(2014)120頁等)、これによれば、財物交付要求文言のない本件嘘を述べる行為をもって、構成要件該当行為に密接で、法益侵害の客観的危険性が認められるといえるかが検討されなければならない。さらに、近時は、実行の着手につき、犯行計画を基礎にして犯行の時系列を把握した上で、実際の事象経過の進行度合いが未遂処罰に値する段階に至ったかという判断枠組みでとらえるべきとする新たな見解も有力に主張されており(樋口亮介「実行行為概念について」山口厚ほか編『西田典之先生献呈論文集』(有斐閣、2017)38頁、佐藤拓磨『未遂犯と実行の着手』(慶應義塾大学出版会、2016)230頁等)、これによれば、本件犯行計画に照らした進捗状況として、財物交付要求行為にまでは至っていないが、本件嘘を述べたという段階で、未遂処罰に値する段階に至ったか否かを検討することになろう。

 

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 本判決は、詐欺未遂罪の成立が認められるためには、必ずしも財物交付要求行為が必要ないことを明らかにしている。もっとも、財物交付要求行為を不要とした点を含め、本判決は、組織的で高度の計画性を有する特殊詐欺事案を前提にしてなされた事例判断であるから、本判決の射程を考える際には、その点に留意が必要である。

 さらに、詐欺未遂罪成立のためには必ずしも財物交付要求行為が必要でないとすると、詐欺未遂罪の成立する限界をどのように考えていくべきかが重要な課題となってくる。この点に関しては、本判決は、本件事案に即して、複数の視点から、その考慮事情を具体的に挙げていることが参考になるものと思われる。すなわち、本判決は、①本件嘘を述べた行為は、あらかじめ現金を被害者宅に移動させた上で、後に被害者宅を訪問して警察官を装って現金の交付を求める予定であった被告人に、現金を交付させるための計画の一環として行われたものであること、②本件嘘の内容が、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったこと、③段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれていること、④被害者に本件嘘を真実であると誤信させることは、被害者において、間もなく被害者方を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえること、などを指摘し、このような事実関係の下においては、本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められるとする。

 本判決では、本件嘘を述べた行為が、「人を欺く行為」に該当するか否かについては触れられていないし、本件判決に示された各事情の理論的位置づけは明示されていないが、本件判決に示された視点に照らして具体的事情を検討していくことは、詐欺未遂罪の成否を考えるに当たって非常に有用と考えられ、実務上の参照価値が高いと思われる。

 なお、本判決には、山口裁判官の補足意見が付され、理論的見地から、本件嘘を述べた行為が、構成要件該当行為に密接に関連し、客観的な危険性を有することが示されており、注目される。

 

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 詐欺罪の実行の着手に関する最高裁判例は少なく、学説上においても議論が尽くされているとはいえない状況の中で、本判決は、近年多発するいわゆる特殊詐欺における実行の着手に関する事例判断を示したものとして、重要な意義を有すると考えられる。

 

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