中国:深セン市が全国初の個人破産条例のパブリックコメント版を公布(下)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
上編に続き、中国で最初の個人破産条例となる「深セン経済特区個人破産条例(パブリックコメント版)」(以下「条例案」という)を紹介する。
4.破産免責制度及び免責観察期間(条例案第四十六条、第百三十五条乃至第百四十条)
債務者の債務免責について、条例案は許可免責方法を採用した。即ち、裁判所は免責観察期間満了後、債務者の免責申請及び管財人の債務者免責観察に関する書面報告に基づいて、債務者の残債務を免除するか否かを裁定しなければならない。
また、破産免責制度は、債務者が負担する債務を一切弁済しないことを認めるわけではない。条例案の主旨として、債務者は信義誠実の原則を遵守し、やむを得ない事由により債務危機に陥った場合においてのみ破産免責制度の保護を受けられることが求められている。従って、債務者の合理的な生活費など債務弁済に用いられない財産の範囲、債務者が悪意をもって債務から逃れる場合の免責できない情状及び免除対象外となる債務についても詳細に定めている。
免責観察期間は3年であり裁判所による債務者の破産宣告日から起算する。この間に債務者が裁判所の行為制限決定に違反したときは、免責観察期間は最長2年間延長される。もっとも、債務者が免責観察期間満了までに一定金額の債務を弁済したときは、免責観察期間を繰り上げて満了させ、債務者に積極的に債務を弁済させることが推奨されている。
5.破産免責制度における債権者の保護:債権者の管財人推薦権、閲覧権、不服審査申立権、取消権(条例案第十六条、第七十四条、第百四十一条、第百四十二条)、債務者の行為制限(条例案第十四条、第十九条、第二十条)
破産免責制度における債権者の保護措置として、債権者は単独又は共同で破産管財人を推薦し、債務者の財産状況報告や債権申告資料などを閲覧し、裁判所の債務者残債務免除裁定について不服審査を申し立てることができる。また、債務者が詐欺により残債務免除を受けたことを発見した場合は債務免除裁定を取り消すよう求めることができる。
破産免責制度における債務者の行為制限としては消費制限と就業制限に分類される。消費制限は、2015年の「最高人民法院の被執行者高額消費制限に関する若干規定」[1]を参考にして現在の経済発展状況を踏まえて定められたものであり、不動産購入や高額の保険・理財商品の購入などの高額消費が少なくとも3年間制限される。また、就業制限については、債務者は消費制限と同様に少なくとも3年間、上場会社、非上場公衆会社[2]及び金融機関の董事、監事及び高級管理職を担当してはならず、法律、行政法規上で禁じられている業務に従事してはならない。
6.債務者の財産申告義務(条例案第二十二条乃至第二十五条)及び破産情報公開制度の整備(条例案第六条、第七条、第三十三条、第三十六条)
個人破産制度において、個人財産の調査は大きな課題とされる。条例案において、債務者は破産手続に入った後、本人及び配偶者、未成年子女の財産状況等を申告し、裁判所及び破産管理行政機構は破産情報公開制度を整備し、メディアやネットワークなどを通じて個人破産情報を適時かつ正確に公開することが求められている。また、法令で公開が禁じられている情報を除き、債務者の破産申立や財産報告、債権状況、清算案又は更生計画、免責観察などを関連会社及び個人に検索・閲覧させることも定められている。
個人破産制度を円滑に進めていくためには、税収、工商、銀行、不動産登記管理機関等の情報共有システム及び個人情報公開制度の整備が急務とされている。近年、裁判所の「執行難」問題を解決し「老頼」と呼ばれる「債務踏み倒し」の取り締まりを強化するために、「中国執行信息公開網」、「全国法院切実解決執行難信息網」、「中国人民銀行徴信中心」などの情報公開ウェブサイトが整備されており、これらの情報公開ウェブサイトの構築は、個人破産案件における個人情報調査にとっても有益といえる。
7.破産案件審判権と破産事務管理権の分離(条例案第四条、第五条)
個人破産案件は深セン市中級人民法院が管轄するとされているが、条例案発効後、個人破産案件が大幅に増加した場合、裁判所だけでは対応が困難となることも予想されるため、個人破産事務の行政管理職能は、深セン市人民政府が定める作業部門が破産管理行政機構として行使することになった。今後、どの政府部門が破産事務管理を担当するのか、裁判所と破産管理行政機関がそれぞれどのような権限を持つのかについては、法令動向に注目する必要がある。
深セン市の条例案を契機として、全国で個人破産制度の構築が推進されることが期待される。
以 上
[1] 最高人民法院关于限制被执行人高消费的若干规定
[2] 非上場公衆会社とは、以下のいずれかに該当し株券が証券取引所において上場していない株式有限会社をいう(「非上場公衆会社監督管理弁法」)。
(1)株券を特定の対象者に発行し又は譲渡により株主が累計で200人以上となった場合;
(2)株券を公開譲渡した場合