中国:民法典の制定――人格権編(下)
~名誉権、個人情報保護、プライバシー~
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
名誉権
民法典は、名誉とは、民事主体の品格、名声、才能及び信用などの社会評価であるとしたうえで、いかなる組織又は個人も、他人の名誉権を侮辱、誹謗することは許されないとし(1024条)、名誉の定義と名誉権の侵害が民事上の責任を構成することを明確化した。名誉権の保護は表現行為との間で衝突が生じるため、その利害調整をどのように行うかが常に問題となるが、この点について民法典は、新聞報道等による表現と芸術作品等による表現の場合に分けて例外規定を設けている。具体的には、公共の利益のための新聞報道、世論監督などにより他人の名誉に影響が生じた場合、当該行為者は民事責任を負わないとしたうえで、(1)事実を捏造し歪曲した場合、(2)提供された事実に反する重大な内容について合理的な確認を行わなかった場合、(3)侮辱的な言葉を使用して名誉を傷つけた場合については、例外とするとされている(1025条)。また、文学、芸術作品において実話や実在の人物又は特定の人物を取り上げ侮辱や誹謗によって名誉権が侵害された場合、被害者は民事責任を追及できるとしたうえで、例外として、当該文学・芸術作品が、人物を特定せずにそのシナリオ・プロットが特定の状況に類似することだけを以て民事責任は生じないとされている(1027条)。
個人情報保護に関する規定
個人情報保護に関して民法総則に規定は存在するものの、抽象的な規定であるため、具体的な個人情報の取り扱いについては、ネットワーク安全法等の個別法の規定に基づき運用されている。今般、民法典に、個人情報保護に関して、個人情報処理時の目的等の明示と同意の取得(1035条)、個人情報の主体による訂正、削除等の申立権(1037条)、個人情報の処理者による漏洩等の防止義務(1038条)等が規定された。これらの規定はいずれもネットワーク安全法の内容をそのまま踏襲しているところ、ネットワーク安全法はその適用対象が広く、同法の適用を前提に事業活動を行っている多くの事業者にとって、民法典の施行を以てただちに重大な影響が生じるとは考えにくい。もっとも、これらの規定が民法典に設けられたことにより、あらゆる事業者に個人情報の保護義務が生じることが明確化されたといえ、ネットワーク安全法の適用を前提とせず事業を行っている事業者については対応が必要となると考えられる。
なお、ネットワーク安全法と異なる点として、民法典は個人情報の定義を、電子データその他の方式により記録され、単独又は他の情報と組み合わせて特定の自然人を識別できる情報をいい、自然人の氏名、生年月日、身分証番号、生物識別情報、住所、電話番号、メールアドレス、健康情報、移動情報等を含む(1034条)、とされ、ネットワーク安全法上の定義に、メールアドレス、健康情報及び移動情報が加えられた。また、個人情報の侵害による民事責任が成立しない例外的な場合として、(1)個人情報の主体の同意の範囲内の行為である場合、(2)公開済みの情報の合理的な処理の場合(個人情報の主体が明確に拒絶している場合や重大な利益の侵害が生じる場合を除く)、(3)公共の利益又は個人情報の主体の合法的権益を維持するための合理的な行為の場合、が挙げられている(1036条)。
近時、個人情報の漏洩に対し公益訴訟が提起される事例が複数生じているほか、個人情報保護の意識の高まりに伴い紛争リスクが高まっており、立法が計画されている個人情報保護法の動向とともに、これらの規定の運用や解釈の動向に注意を要する。
プライバシーに関する規定
民法総則に自然人がプライバシー権を享有することは規定されているが、民法典では新たにプライバシーの定義が規定された。プライバシーとは、自然人の私生活の安寧及び他人に知られたくないプライベートの空間、活動及び情報をいう(1032条2項)、とされた。また、当事者の明確な同意又は法令に別段の規定のある場合を除き、いかなる組織又は個人もプライバシーを侵害してはならないと規定され(1033条)、明確な同意の取得の有無がプライバシー侵害の成立の可否との関係で重要になると考えられる。この点に関連して、法的拘束力はないものの個人情報の取り扱いに関する指針とされている個人情報安全規範では、特に機密性・要保護性の高い個人情報を個人センシティブ情報とし、個人情報の取得時に明示的な同意を要求するなどより、厳格な取り扱いが要請されている。個人情報の保護とプライバシーの保護は重なり合う部分があるところ、今後、個人センシティブ情報に該当しない場合でも、プライバシー侵害との関係で上記規定に基づき明確な同意を取得しておく必要性が生じる場面も考えられることに留意が必要といえる。
以 上