◇SH3294◇Withコロナ社会における働き方改革――海外における動向と日本への示唆(前編) 大野志保 松本亮孝(2020/09/04)

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Withコロナ社会における働き方改革
海外における動向と日本への示唆(前編)

森・濱田松本法律事務所

弁護士 大 野 志 保

弁護士 松 本 亮 孝

 

1 はじめに

 2020年1月以降、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ感染症」)の流行に伴って、感染拡大防止のために、在宅勤務(テレワーク)が積極的に推奨されることとなった。新型コロナ感染症が問題となる以前に厚生労働省が実施した調査によれば、平成30年には19.1%の割合の企業(ただし従業員100人以上の企業)がテレワーク制度を導入していると回答していたが(厚生労働省のテレワーク総合ポータルサイト参照)、今回の新型コロナ感染症の影響を受けて、より多くの企業がテレワーク制度を新たに導入し、また現に従業員に対して同制度を利用してテレワークを行うよう指示したものと推察される。実際、内閣府が2020年6月21日に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によれば、新型コロナ感染症の影響で、全国平均で34.6%の割合の就業者がテレワークを経験するに至り、また39.9%の割合の就業者が今後もテレワークを利用したいと回答している。

 2020年4月7日に発出された新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言は、同年5月25日に解除されるに至ったが、なお感染リスクがゼロとなったわけではなく、今後も、感染拡大防止策として、在宅勤務の利用増加の流れは続くものと思われる。さらに、令和2年7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(骨太方針2020)において、政府は、働き方改革の一環としても在宅勤務を積極的に推進する意向を示しているほか、厚生労働省は、同年8月17日から「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」を開催し、労働者が安心して働くことのできる形で良質なテレワークを進めていくことができるよう、適切な労務管理を含め、必要な環境整備に向けた検討を進めるとしている。

 労働者の視点からも、新型コロナ感染症の予防の観点からも、ワーク・ライフ・バランスの観点からも、在宅勤務には多くのメリットがある。他方で、在宅勤務は、自宅という私生活空間での業務を命ずるものであるため、業務と私生活の境界は曖昧になることが多い。特に、労働者が労働時間外でもスマートフォン等を用いて容易に業務メールを確認できる場合には、労働時間と労働時間外の境界が曖昧になりがちであり、過重労働や精神的ストレスの増加につながる可能性があること等から、労働時間管理その他の労務管理においては十分な留意が必要となる。

 こうした点に関して、海外、主にヨーロッパを中心とする一部の国は、新型コロナ感染症の流行前から、ワーク・ライフ・バランスの向上等を企図して、「在宅勤務権」(使用者に対して在宅勤務を要請する権利)を法制化しており、新型コロナ感染症の流行後には、各国において同権利の法制化の動きがさらに拡大している。他方で、在宅勤務や業務関連の電子的コミュニケーションによって私生活が脅かされることのないよう、一部の国では、「つながらない権利」(労働時間外において業務関連の電子的コミュニケーションから解放される権利)の法制化も進められている。

 本稿では、海外の労働法制における「在宅勤務権」や「つながらない権利」を概括的に取り上げて、これと対比する形で、日本の労働法制における在宅勤務の在り方について検討することとする。まず前編において「在宅勤務権」を取り上げ、次に後編において「つながらない権利」を中心とする在宅勤務に関するトピックを取り上げる。

 

 2 海外の労働法制における在宅勤務

 オランダ・フィンランドにおいては、新型コロナ感染症の流行前から、「在宅勤務権」の法制化が進んでいた。また、新型コロナ感染症の流行に伴って、各国で感染拡大防止のために在宅勤務が積極的に推奨されることとなったが、この流れを受けて、ドイツ・イギリスでは、「在宅勤務権」の法制化が検討されるに至っている。

(1) オランダ

 オランダでは、2016年1月1日からFlexible Work Act(以下「FWA」)が施行されている。FWAにおいて、労働者は、以下のとおり、使用者に対して、在宅勤務(勤務場所の変更)を要請する権利が認められている。

  1. •  労働者は、使用者に対して、勤務場所の変更を要請することができる(ただし労働者は変更予定日の時点で6か月以上勤務していることが必要である。また労働者を10人以上雇用している使用者に限られる。)。特に勤務場所についての制約はなく、労働者は、在宅での勤務を要請することもできる。
  2. •  労働者は、変更を希望する日の2か月前までに、使用者に対して、書面で、勤務場所の変更を要請する必要がある。
  3. •  使用者は、労働者の要請を受けたときは、これを検討する義務を負う。そして、変更希望日の1ヶ月前までに、労働者に対して、書面で、同要請を承諾するか否かを回答する必要がある。使用者は、労働者の要請を拒否することもできるが、要請を拒否する場合には、事前に労働者との間で話し合う必要があり、また書面において拒否理由を明示しなければならない。
  4. •  使用者が変更予定日の1ヶ月前までに書面で回答しなかった場合には、使用者は労働者の要請を承諾したものとみなされる。
  5. •  使用者が労働者の要請をいったん承諾した場合は、事業上の重大な問題がある場合に限り、かかる承諾を取り消すことができる。
  6. •  労働者は、変更要請が拒否された場合であっても、1年後には、再度、使用者に対して変更を要請することができる。

 このようにFWAは、労働者に対して、その勤務場所の変更を使用者に要請する権利を付与している。労働者は、必ずしも使用者の指定した職場に固定化されるわけではなく、自らのライフスタイルに即した形で、別の職場や、在宅での勤務を要請することができる。

 使用者は、労働者の要請を承諾する義務までは負わず、また特に労働者の要請を拒否できる場合も限定されていないため、様々な事由を根拠として労働者の要請を拒否することができるとされている(なお、FWAは、労働者に対して、労働時間や始業・終業時刻の変更を使用者に要請する権利も付与しているが、使用者は同要請については事業上の重大な問題が生じ得る場合に限ってこれを拒否することができるとされている。勤務場所の変更と比べたときには、労働者は、労働時間数や始業・終業時間の変更を比較的実現しやすい状況にあるといえる。)。

 しかし、使用者は、法律上の義務として、労働者の勤務場所変更の要請を検討し、書面による回答をすることが求められ、仮に書面回答を怠った場合には労働者の要請が強制的に実現されることにもなるのであり、FWAが在宅勤務を要請する従業員の権利を法制化した意義は大きいといえる。

(2) フィンランド

 フィンランドでは、2020年1月1日から、Working Time Act(以下「WTA」)の改正法が施行されている。WTAにおいて、使用者と労働者は「フレキシブル労働時間」に関する合意をすることが認められており、かかる合意をした労働者は、少なくとも総労働時間の半分以上の労働時間について、自由に勤務場所を選択することができる。概要は以下のとおりである。

  1. •  使用者と労働者は、書面で、フレキシブル労働時間(Flexible working hours)に関する合意をすることができる。同合意をした労働者は、少なくとも総労働時間の半分以上の労働時間分については、勤務日・勤務時間や勤務場所を自由に決定することが認められる。
  2. •  ただし、労働者の労働時間は、4か月の単位期間における労働時間数の平均が1週間あたり40時間を超えてはならない。
  3. •  使用者は、1週間単位で、労働者から労働時間等について報告を受けて、必要に応じて、労働者に対して適切な措置を講じる必要がある。

 フレキシブル労働時間に関する合意をした労働者は、少なくとも総労働時間の半分以上の労働時間について、特定の勤務日・勤務時間・勤務場所に制約されることなく勤務できるのであり、職場に出勤することなく、在宅で勤務することも許容される。フレキシブル労働時間に関する合意は、特定時間に特定場所で勤務することが必要な職種には適していないが、一定の目標や成果を達成することが肝要な職種・専門職には適していると考えられる。

 労働者は、事前に使用者との間でフレキシブル労働時間に関する合意をしてはじめて勤務場所を自由に選択できるようになるのであり、一方的に在宅勤務を選択することまではできない。しかし、法制度化によって、使用者としても同制度を活用して労働者に在宅勤務を認める選択の余地が生じるのであり、WTAがフレキシブル労働時間に関する合意を法制度化した意義は小さくない。

(3) ドイツ・イギリス

 2020年1月以降、新型コロナ感染症の拡大に伴って、各国で感染拡大防止のために在宅勤務が積極的に推奨されることとなったが、この流れを受けて、ドイツやイギリスにおいては、オランダやフィンランドに続いて、在宅勤務の法制化に関する議論がなされている。

 まずドイツについて、フベルトゥス・ハイル労働社会相は、2020年4月末、2020年秋までに在宅勤務権について規定した法案を提出すると発表したと報じられている。報道等によれば、現時点では、労働者に対して、使用者に在宅勤務を要請する権利を付与する(ただしオランダと同様、使用者は、労働者の在宅勤務の要請を承諾する義務までは負わない)とともに、在宅勤務によって私生活が脅かされることのないよう、必要な規定を整備することが検討されている。

 またイギリスについて、ビジネス・エネルギー・産業戦略相は、ロックダウンからのスムーズな移行を支援するための一つとして、在宅勤務権について法制度化することを検討していると報じられている。

 いずれも検討されている制度の詳細は明らかではないが、世界的に在宅勤務が積極的に推奨される状況下において、今後の動向が注目される。

 

3 日本の労働法制における在宅勤務

(1) 在宅勤務権について

 日本の労働法制上、労働者に対して、在宅勤務を要請する権利又は勤務場所の変更を要請する権利を明示的に付与する法令はない。このため、雇用契約においてかかる権利を規定している等の特段の事情がない限りは、労働者は在宅勤務や勤務場所の変更等を使用者に要請する権利はなく、使用者においては、仮に労働者からかかる要請を受けたとしても、これに応じる義務ないし書面等により拒否する理由を回答する法令上の義務などは負わない。

(2) 出社命令と安全配慮義務について

 それでは、新型コロナ感染症の感染リスクがゼロとはいえない状況下において、使用者は、在宅勤務を認めずに、業務命令として出社を命ずることができるか。これは、出社命令が適法か否か、使用者の安全配慮義務に違反しないかという観点から問題となる。

 すなわち、使用者は雇用契約に基づき労働者に対する業務命令権を有しているが、生命・身体に対して特別の危険を及ぼす業務命令は雇用契約の範囲を超えて違法と解釈されているため(日本電信電話公社事件:最判昭43年12月24日民集22巻13号3050頁)、感染リスクが残る状況下での出社命令が違法とならないかが問題となる。また、使用者は、雇用契約上、労働者に対しては、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務(安全配慮義務)を負うと解釈されているため、出社命令は使用者の安全配慮義務違反とならないかが問題となる。

 たしかに出社によって第三者との接触機会が増加することは否定できないが、現状、政府や専門家により提供されている情報によれば、三密の防止、換気の徹底、マスクの着用等の感染防止策を講ずることで感染リスクを一定程度低減することもできると考えられており、出社によって直ちに感染リスクが顕在化するわけではない。このため、少なくとも現時点では、新型コロナ感染症の感染リスクが否定できないという一事のみをもって、出社命令が違法、または使用者の安全配慮義務違反と判断される可能性は低いと考えられる。

 他方で、職場における感染リスクが顕著に増加している場合、例えば、職場に新型コロナ感染症への感染が強く疑われる従業員が存在し、使用者もこれを予見可能な状況下においては、特段の感染防止策を講じずに出社を命ずることは、違法ないし安全配慮義務違反と判断される可能性も相応にあるといえる。

 ただし、新型コロナ感染症に感染した場合の重症化リスクが高い労働者、例えば、高齢者、基礎疾患等がある労働者、妊娠中の労働者等については、通常の労働者とは異なる配慮が必要と解される場面もあろう。

 なお、妊娠中の労働者については、厚生労働省は、令和2年5月7日、妊娠中の女性労働者の母性健康管理を適切に図ることができるよう、男女雇用機会均等法に基づく指針(妊娠中及び出産後の女性労働者が保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針)を改正して、妊娠中の女性労働者の母性健康管理上の措置(男女雇用機会均等法13条1項)に、新たに新型コロナ感染症に関する措置を規定している。すなわち、妊娠中の女性労働者が、保険指導・健康診査を受けた結果、その作業等における新型コロナ感染症に感染するおそれに関する心理的ストレスが母体又胎児の健康保持に影響があるとして、医師等から指導を受け、これを使用者に申し出た場合には、使用者は、医師等の指導に基づいて、作業の制限、出勤の制限(在宅勤務・休業)等の必要な措置を講ずる義務を負うこととなった(ただし同指針においても、使用者が在宅勤務を認める義務まで負うわけではなく、配置転換や休業等のいずれかの措置を講ずれば足りるとされている。)。上記指針は妊娠中の女性労働者を対象としたものであるが、これに限られず、新型コロナ感染症に感染した場合の重症化リスクが高い労働者については、相対的に慎重な検討を要するといえるだろう。

(3) 企業の社会的責任について

 以上のとおり、日本においては、原則として、使用者は、在宅勤務を認めなかったとしても何らかの法的責任を負うとまでは直ちにいえない。他方で、使用者も、社会の一構成員として、新型コロナ感染症の感染拡大防止に最大限努めるべき社会的責任を負うのであり、かかる企業の社会的責任の観点からは、在宅勤務が可能な職種については、積極的に在宅勤務を推進することが望ましいといえる。加えて、在宅勤務は、労働者各自に多用な働き方を認めることで、ワーク・ライフ・バランスを推進するものであり、労働者の満足度も高い。事業内容(職種)・事業規模・IT環境の整備状況等によっても在宅勤務を許容できる範囲は様々であろうが、新型コロナ感染症流行を一つの契機として、在宅勤務制度の導入について積極的に検討することが望ましいといえるだろう。

(後編)につづく

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