◇SH3516◇eスポーツを巡るリーガル・トピック 第5回 eスポーツとフェアプレイ(1)――ドーピング等 長島匡克(2021/03/08)

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eスポーツを巡るリーガル・トピック

第5回 eスポーツとフェアプレイ(1)――ドーピング等

TMI総合法律事務所

弁護士 長 島 匡 克

 

  1. 第 1 回 eスポーツを巡るリーガル・トピックの検討の前提として
  2. 第 2 回 eスポーツと著作権(1)――ゲームの著作物性とプレイ動画
  3. 第 3 回 eスポーツと著作権(2)――eスポーツの周辺ビジネスとゲームの著作権
  4. 第 4 回 eスポーツと著作権(3)――eスポーツ選手と著作権
  5. 第 5 回 eスポーツとフェアプレイ(1)――ドーピング等
  6. 第 6 回 eスポーツとフェアプレイ(2)――チート行為と法律――著作権を中心に
  7. 第 7 回 eスポーツとフェアプレイ(3)――チート行為と法律――その他の法令や利用規約を巡る論点
  8. 第 8 回 eスポーツにおける契約上の問題点(1)――大会参加契約・スポンサー契約・未成年との契約
  9. 第 9 回 eスポーツにおける契約上の問題点(2)――eスポーツにおける選手契約
  10. 第10回 eスポーツに係るその他の問題(eスポーツとSDGs等)

 

1 eスポーツとフェアプレイの精神

 「スポーツマンシップ[1]に則り、正々堂々と戦うことを誓います。」――このような選手宣誓を一度は耳にしたことがあると思うが、スポーツの根幹は、フェアプレイの精神にある。スポーツ界において、その公平性(インテグリティともいわれる。)を担保するために、試行錯誤がなされ、様々なルールが存在する。eスポーツも「スポーツ」と分類され、かつ多額の賞金の対象となる以上、フェアプレイすなわち公平公正な競争環境の確保が重要になる。

 日本ではギャンブル(賭博)は原則的に違法であるが、米国[2]、英国などをはじめ合法な国は存在し、eスポーツもギャンブルの対象になっていることもあるため、世界的には公正公平な競争環境の確保は極めて重要な論点である。eスポーツにおいても、⑴従来型スポーツにおける様々なフェアプレイに関するルール・議論を参考に制度設計を行うべきであるし、さらには、⑵eスポーツがオンラインで行われることも多いことから、オンラインゲームに対するチート行為への対応を参考に、検討が必要になるだろう。

 本連載では、第5回として、⑴の従来型スポーツにおけるフェアプレイに関するルールのeスポーツへの適用について検討し、第6回、第7回において⑵eスポーツ特有のチート行為に対する法的な検討等を行うこととしたい。

 

2 従来型スポーツにおけるフェアプレイに関するルール

⑴ ドーピング

  1.  ア ドーピングとは
  2.    スポーツ基本法2条8号においてドーピングの防止の重要性が謳われているように、従来型スポーツにおけるフェアプレイに関するルールの最たるものはドーピングに関するルールである。ドーピングに関連して、ロシア選手団が東京オリンピック・パラリンピックを含む2022年12月までの主要大会の出場資格がはく奪されるなど、ドーピングがスポーツにおいて極めて重要視されていることは一般に広く知れ渡っているのではないかと思われる。
  3.    ドーピングとは、パフォーマンスを向上させるための物質を使用することをいい、オリンピック等のトップアスリートが集う大会では、世界アンチ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency: WADA)が定める世界アンチ・ドーピング規程(WADA規程)を遵守することが求められる。日本においてはWADAの国内組織として日本アンチ・ドーピング機構(Japan Anti-Doping Agency: JADA)が設立され、WADA規程に準拠して日本アンチ・ドーピング規程(JADA規程)が整備されている。もっとも、全てのスポーツリーグや大会において同ルールが採用されているわけではなく、例えばアメリカのNFL、NBA、MLB、NHLの4大プロリーグや、日本のプロ野球などは、これらのルールは準拠せず、独自のルールを定めている。
     
  4.  イ eスポーツにおけるドーピング
  5.    eスポーツにおいては、リアルスポーツのように筋力を増強するステロイドのような薬物の使用は問題になりにくいが、全く無縁ではない。実際の例として「Counter-Strike: Global Offensive」のプロプレイヤーが試合で「アデラール」という薬を服用したことを認めるという事件があった[3]。アデラールは、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療に使用される薬であり、長時間集中力を維持するために役立つとされている。そのため、アデラールの服用は長時間の集中力が必要とされるeスポーツにおいて、競争上の有利性をもたらすことになる。このように、eスポーツにおいても、ドーピングの規制は公平公正な競争環境の確保のために必要である。現にFIFAのeWorld Cup[4]やドイツのESL[5]がWADA規程に従って規制している。また、JeSUも2022年に中国・杭州で開催されるアジア大会への日本代表選手の送り出しを可能とするために、JADAに加盟した[6]
     
  6.  ウ ドーピングに関するルール
  7.    WADA規程におけるドーピングに係る禁止薬物は多岐に及び、そのルールは厳格に適用される。選手は、自身が禁止物質を摂取しない責務を負っており、選手の尿から禁止物質が検出されれば、選手の使用に関しての意図、過誤、過失又は使用を知っていたことの立証なく、アンチ・ドーピング規則違反を構成する(WADA規程2.1.1条)。そのため、選手としては摂取した物質が禁止物質であることを「知らなかった」ではすまされない。また、その制裁も個人成績の自動的失効(同規程9条)や、資格停止措置(同規程10.2条)等重大である。したがって、ドーピングの物質の把握や、居場所情報関連義務を含むWADA規程上の義務の履行、治療目的使用に係る除外措置(Therapeutic Use Exemptions: TUEs(同規程4.4条))の手続の実践、スポーツファーマシストの利用などeスポーツ選手もそのルールを正確に理解し、細心の注意を払い規程を遵守する必要がある。
  8.    もっとも、eスポーツにおいて、WADA規程またはJADA規程が適用される大会は、本稿執筆時においては依然限定的であり、国内外ともに薬物の利用禁止等の一般的な規定が定められているに留まる場合が多い。その場合、検査の実行、ドーピング違反との判断、制裁の決定における適正手続をどのように保障するのか、また、これらに関する紛争等の解決手段をどうするのかなどの課題は残っているように思われる。

⑵ 八百長(Match Fixing)に関するルール

 八百長(Match Fixing)の禁止に関する規制も重要である。スポーツの醍醐味の一つは、選手同士の全力の勝負であり、その勝負の勝敗が予め選手間で決められていたらその価値は大きく毀損される。1969年の日本プロ野球の黒い霧事件や、2011年の大相撲の八百長問題の例に見るように、八百長はスポーツに対して極めて重大な負の影響を与えることになる。

 この点はeスポーツも最大限に配慮する必要がある。特にeスポーツ選手は、従来型スポーツのプロ選手に比べてはるかに報酬が少額であること、年齢的に若い選手が多いことから、構造的に八百長は生じやすい。実際に、海外では逮捕者も出ている事件もあり、深刻な問題となっていることが指摘されている[7]。八百長については、参加規約やリーグ規約等で禁じられている例は多いが、選手等の関係者への教育、監視体制の整備、関係者の経済的地位の保証など、具体的な対策を検討していく必要がある[8]

⑶ チーム・選手の資格に関するルール

  1.  ア リーグ戦におけるチームのオーナシップ
  2.    従来型スポーツにおいては、チームのオーナシップに関するルールも存在する。すなわち、一つのリーグに参加する複数のチームのオーナーが同一の場合、当該チーム同士の対戦に利益相反が生じ、チームがそれぞれ真摯に対戦するか(オーナーの意向やその当時の順位等により一方のチームを優遇し、他方のチームが劣後するように働きかけるのではないか)という疑念が生じうる。そのような疑念を生じさせないように、従来型スポーツのリーグにおいては、チームのオーナシップに関する規定が設けられている場合がある。
  3.    例えば、Jリーグでは、Jクラブは、その株主名簿の提出が求められ、一定の規模の株式の譲渡または株式の新規発行を行う場合には、当該株式の譲渡先または新規株式の割当先を決定する前に理事会の承認を得なければならない[9]。また、Jクラブの役職員は、「他のJクラブ、他のJクラブの重大な影響下にあると判断される法人または他のJクラブに重大な影響を与えうる法人の役員または職員を兼務すること」や、「他のJクラブの株式(公益社団法人にあっては社員たる地位)を保有すること」も禁止される[10]。このように、Jリーグは、チームの株主を把握し、Jクラブ間の一定の人的な関係を遮断することで、Jクラブ相互間に利益相反が生じないようなに仕組みを整えている。
  4.    eスポーツにおけるリーグ戦においても、同一のチーム会社から複数のチームが出場することもみられる同種の規定が策定されているものもある。例えば、PUBG MOBILE JAPAN LEAGUEにおいては、リーグへの参加に関し「1チームオーナーにつき1チームまで」とし[11]、「組織変更等に関する報告義務」として、チームオーナーは、自己に関して、合併等の組織変更、事業譲渡または株式の過半数の譲渡その他支配権の実質的な変更が行われる場合、6ヶ月前までに当社にその旨を通知し、事前に承諾を得なければならない。」との規制を設けている[12]
  5.    もっとも、eスポーツにおいてはトーナメント型の大会も数多く、いわゆる「同門対決」という同一チームの選手同士が戦う場面も見受けられる。このような場合に如何に公平性を確保するかは、検討に値するように思われる。
     
  6.  イ 選手の参加資格の制限
  7.    利益相反の疑いを排除する試みは、他にもある。大会主催者と利害関係のある者(例えば大会主催者の役職員及び従業員)が出場する場合、大会主催者がその者を優遇するのではないか、という疑念が生じ得る。したがって、公平性の観点から、大会主催者と利害関係のある者の出場を認めない運用も検討すべき施策の一つである。実際に、大会主催者及びそのグループ企業の役員及び従業員は参加資格を有さないという運用をしている大会も存在する[13]

 

3 小括

 公正公平な競争環境の確保は従来型スポーツにおける重要な課題であり、多くの議論や運用が蓄積されている。eスポーツにおいても、同様に、公正公平な競争環境の確保は極めて重要であるため、従来型スポーツにおける運用・議論が参考になるだろう。もっともeスポーツはデジタルコンテンツであるゲームを用いていることをはじめ、従来型スポーツとは異なる点があり、そのため別段の考慮が求められるものもある。次回以降、その点について触れていきたい。

第6回につづく

 


[1] 広瀬一郎『新しいスポーツマンシップの教科書』(学研プラス、2014)43頁は、スポーツマンシップは、一言でいえば「尊重する(respect)」ことであり、試合の相手を尊重し、審判を尊重し、規則を尊重すること、と述べる。

[2] 米国においては、「プロフェッショナル及びアマチュアスポーツ保護法(The Professional and Amateur Sports Protection Act: PASPA)」がスポーツを対象とする賭博(スポーツ賭博)を禁止していたところ、同法は2018年5月14日に連邦最高裁により違憲無効であると判断された(MURPHY v. NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSN.)。これにより、州法が制定されれば、全米においてスポーツ賭博が可能となる。

[3] BRAD JONES「CS:GO Pros Admit to Adderall Use During Tournaments」2015年7月14日(https://gamerant.com/counter-strike-adderall-tournamet-esports-113/

[6] JeSU「日本アンチ・ドーピング機構(JADA)加盟のお知らせ」2021年1月29日(https://jesu.or.jp/contents/news/news-210129/

[7] Darren Heithner「急成長するeスポーツを脅かす『八百長』、関係者の多くが懸念」フォーブスジャパン2018年8月25日(https://forbesjapan.com/articles/detail/22687

[8] 日本スポーツ法学会監修、浦川道太郎ほか編著『標準テキスト スポーツ法学〔第2版〕』(エイデル研究所、2017)212、213頁

[9] Jリーグ規約(2021年2月25日最終改正のもの。以下同じ。)29条3項

[10] Jリーグ規約30条1項1号・2号

[11] PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE規約(2020年12月16日最終改正のもの。以下同じ。)4編2章1条1項

[12] PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE規約4編1章4条

[13] RAGE Shadowverse 2020 Winter 大会規約 2(18)(https://rage-esports.jp/shadowverse/2020winter/info/agreement#rule02

 


(ながしま・まさかつ)

2010年早稲田大学法務研究科修了。2011年に弁護士登録。2012年からTMI総合法律事務所勤務。スポーツ・エンタテインメントを中心に幅広く業務を行う。2018年にUCLA School of Law (LL.M.)を終了。その後、米国・ロサンゼルス所在の日系企業及びスウェーデン・ストックホルム所在の法律事務所での研修を経て帰国。2020年カリフォルニア州弁護士登録。米国Esports Bar Association(EBA)の年次総会でパネリストとして登壇するなど、日米のeスポーツに関する知見を有する。eスポーツに関する執筆は以下のとおり(いずれも英語)。

TMI総合法律事務所 http://www.tmi.gr.jp/

TMI総合法律事務所は、新しい時代が要請する総合的なプロフェッショナルサービスへの需要に応えることを目的として、1990年10月1日に設立されました。設立以来、企業法務、M&A、知的財産、ファイナンス、労務・倒産・紛争処理を中心に、専門化と総合化をさらに進め、2021年1月1日現在、弁護士494名、弁理士85名、外国弁護士37名の規模を有しています。クライアントの皆さまとの信頼関係を重視し、最高レベルのリーガルサービスを提供できるよう努めております。

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