債権法改正後の民法の未来94
契約の解釈(1)
林邦彦法律事務所
弁護士 林 邦 彦
「法律行為ないし契約の解釈」の解釈は、民法には明文の規定はないが、民法総則の基本論点である。諸外国には、契約の解釈に関する明文の規定を設ける例もあることから、明文化が検討された。しかしながら、明文化には、賛成・反対の両意見があり、コンセンサスの形成可能な成案を得る見込みがないとして、明文化は見送られた。
本講は、これら議論の経緯を整理するとともに、検討過程で示された問題意識の整理を試みるものである[1]。
Ⅰ 最終の提案内容
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「中間試案(第29 契約の解釈)
1 契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは、契約は、その理解に従って解釈しなければならないものとする。
2 契約の内容についての当事者の共通の理解が明らかでないときは、契約は、当事者が用いた文言その他の表現の通常の意味のほか、当該契約に関する一切の事情を考慮して、当該契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈しなければならないものとする。
3 上記1及び2によって確定することができない事項が残る場合において、当事者がそのことを知っていれば合意したと認められる内容を確定することができるときは、契約は、その内容に従って解釈しなければならないものとする。
(注) 契約の解釈に関する規定を設けないという考え方がある。また、上記3のような規定のみを設けないという考え方がある。」
Ⅱ 提案の背景等
1 検討がされた背景
「法律行為ないし契約の解釈」の解釈は、民法総則の基本論点であるものの、民法には明文の規定はなかった。これに対して、旧民法には、財産編第2部第1章第4款「合意の解釈」において合意の解釈に関する基本原則等が規定されていた。また、諸外国には、契約の解釈に関する明文の規定を設ける例もあったことから、法制審に先行した民法(債権法)改正検討委員会において、契約の解釈について、次のような立法提案がなされた。
2 債権法改正の基本方針における立法提案
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Ⅲ 審議の経過
1 経過一覧
法制審議会では、契約の解釈の明文化について、以下の経緯で審議がなされた。
会議等 | 開催日等 | 資料 |
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第19回 第1読会(17) |
H22.11.19開催 | 部会資料19-2 |
第24回 論点整理(4) |
H23.2.2開催 | 部会資料24 |
第26回 論点整理(6) |
H23.4.12開催 | 部会資料26 |
中間的な論点整理 | H23.4.12決定 | 中間的な論点整理の補足説明 |
第35回 第2読会(6) |
H23.11.15開催 | 部会資料33-7(中間的な論点整理に対して寄せられた意見の概要(各論6)) |
第60回 第2読会(31) |
H24.10.23開催 | 部会資料49 |
第69回 中間試案(6) |
H25.2.12開催 | 部会資料57 |
第71回 中間試案(8) |
H25.2.26開催 | 部会資料59 |
民法(債権関係)の改正に関する中間試案 | H25.2.26決定 | 民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明 |
第80回 第3読会(7) |
H25.11.19決定 | 部会資料71-4(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要(各論2) |
第85回 第3読会(12) |
H26.3.4開催 | 部会資料75B |
第78回 第3読会(19) |
H26.6.24開催 | 部会資料80-3(【取り上げなかった論点】として掲載) |
2 審議の経過の概要
⑴ 第1読会
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ア 第1読会では、①契約の解釈の原則を明文化することの要否、②契約の解釈に関する基本原則、③個別的な解釈指針(部会資料19-1)について、議論された。
- イ ①契約の解釈の原則を明文化することの要否及び②契約の解釈に関する基本原則
[部会資料19-1]
第5 契約の解釈
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- 契約においては、当事者間の権利義務関係は、原則として当事者の合意内容によって決定されるから、契約内容を明らかにする作業としての契約の解釈は、極めて重要な作業であるとされる。しかしながら、改正前民法には契約の解釈に関する直接的な規定はなかった。
- これに対して、旧民法には、財産編第2部第1章第4款「合意の解釈」において第356条から第360条までにおいて合意の解釈に関する基本原則等が規定されていた。また、比較法の観点においても、合意の解釈にかかる規定を設ける例もあることから、契約の解釈に関する原則を明文化する必要性があるかについて、議論がなされた。ただし、こうした点については、法律行為の解釈として議論されることもあるものの、単独行為や合同行為については、契約の解釈とは性質が異なるとの指摘もあることから、法律行為一般についての解釈規定を設けるのは困難として、契約の解釈のみについて規定を設けるべきとの指摘もあった。
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これについては、研究者からは、契約の解釈に関する規定を設けることについて、賛成する意見が多かったが[2]、実務家からは、契約の解釈の原則を明文化することによって、事案の特質に照らした柔軟な解釈が困難になったり、固定化しすぎるのはいかがなものかとの指摘[3]、解釈の問題ではなく事実認定の問題ではないかとの指摘[4]、契約の解釈の準則を設けることに違和感があるとの指摘[5]もあった。
- ウ ③個別的な解釈指針
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部会資料では、有効解釈の原則、全体的解釈の原則、個別交渉を経た条項の優先も指摘されたが、とりわけ議論の対象であったのは条項使用者不利の原則であった。これについては、研究者や実務家からは賛成する意見が出された[6]が、産業界からは明文化について反対する意見がだされた[7]。
⑵ 中間的な論点整理
- 第1読会を経て、中間的な論点整理では、①契約の解釈の原則を明文化することの要否および②契約の解釈に関する基本原則については、賛否両論が指摘されていることから、改正するか否かも含め、広くさらに検討することについてパブリックコメントに付することとされた。③個別的な解釈指針については、条項使用者不利の原則に絞り、これについても賛否両論を踏まえて、パブリックコメントに付することとされた。
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(2)につづく
[1] なお、契約の解釈の問題として、個別的な解釈指針や条項使用者不利の原則についても法制審で議論されたが、中間試案に至らずに取り上げられなかった論点とされたことから、本稿では法制審においてそうした議論があったことを指摘するにとどめ、契約の解釈そのものの問題(特に3つの解釈準則)に絞って触れることとする。
[2] 第19回議事録49~50頁(沖野発言)、同51-52(山野目発言)、同52頁(山本(敬)発言)、同53-54頁(鹿野発言)。
[3] 第19回議事録52頁(村上発言)。
[4] 第19回議事録53頁(岡発言)、同56頁(村上発言)。
[5] 第19回議事録53頁(岡発言)。
[6] 第19回議事録49頁(沖野発言)、同51頁(高須発言、山野目発言)、同52頁(山本(敬)発言)、同53頁(岡発言)、同54頁(鹿野発言)。
[7] 第19回議事録47-48頁(奈須野発言)、同48頁(佐成発言)。
(はやし・くにひこ)
弁護士(大阪弁護士会)、New York州弁護士、大阪学院大学法学部及び法学研究科准教授
大阪大学法学部卒業後、ウィスコンシン大学ロースクール卒業(M.L.I.)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)、大阪大学法学研究科後期課程修了(単位取得)を経て、現在は林邦彦法律事務所代表。日弁連信託センター副センター長、元法制審議会信託法部会(公益信託法)幹事などを歴任する。
取扱分野は、一般民事、民事訴訟、会社法・社外取締役、信託(民事信託等)、交通事故、行政、債権回収、倒産、渉外等。
主な著書・論文
大阪弁護士会民法改正検討特別委員会編『実務解説 民法改正』(民事法研究会、2017)(共著)
日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法』(弘文堂、2017)(共著)
大阪弁護士会司法委員会信託法部会会編『弁護士が答える民事信託Q&A100』(日本加除出版、2019)(共著)
「信託口口座に対する差押え――実務上の課題を踏まえて」信託フォーラム13号(2020)69頁
「『信託口口座開設等に関するガイドライン』の解説」NBL1183号(2020)38頁