◇SH3572◇債権法改正後の民法の未来94 契約の解釈(1) 林 邦彦(2021/04/12)

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債権法改正後の民法の未来94
契約の解釈(1)

林邦彦法律事務所

弁護士 林   邦 彦

 

 「法律行為ないし契約の解釈」の解釈は、民法には明文の規定はないが、民法総則の基本論点である。諸外国には、契約の解釈に関する明文の規定を設ける例もあることから、明文化が検討された。しかしながら、明文化には、賛成・反対の両意見があり、コンセンサスの形成可能な成案を得る見込みがないとして、明文化は見送られた。

 本講は、これら議論の経緯を整理するとともに、検討過程で示された問題意識の整理を試みるものである[1]

 

Ⅰ 最終の提案内容

  1.  「中間試案(第29 契約の解釈)
    1 契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは、契約は、その理解に従って解釈しなければならないものとする。
    2 契約の内容についての当事者の共通の理解が明らかでないときは、契約は、当事者が用いた文言その他の表現の通常の意味のほか、当該契約に関する一切の事情を考慮して、当該契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈しなければならないものとする。
    3 上記1及び2によって確定することができない事項が残る場合において、当事者がそのことを知っていれば合意したと認められる内容を確定することができるときは、契約は、その内容に従って解釈しなければならないものとする。
    (注) 契約の解釈に関する規定を設けないという考え方がある。また、上記3のような規定のみを設けないという考え方がある。

 

Ⅱ 提案の背景等

1 検討がされた背景

 「法律行為ないし契約の解釈」の解釈は、民法総則の基本論点であるものの、民法には明文の規定はなかった。これに対して、旧民法には、財産編第2部第1章第4款「合意の解釈」において合意の解釈に関する基本原則等が規定されていた。また、諸外国には、契約の解釈に関する明文の規定を設ける例もあったことから、法制審に先行した民法(債権法)改正検討委員会において、契約の解釈について、次のような立法提案がなされた。

2 債権法改正の基本方針における立法提案

【債権法改正の基本方針(民法(債権法)改正検討委員会)】
  1. 【3.1.1.40】(本来的解釈)
     契約は、当事者の共通の意思に従って解釈されなければならない。
  2. 【3.1.1.41】(規範的解釈)
     契約は、当事者の意思が異なるときは、当事者が当該事情のもとにおいて合理的に考えるならば理解したであろう意味に従って解釈されなければならない。
  3. 【3.1.1.42】(補充的解釈)
     【3.1.1.40】および【3.1.1.41】により、契約の内容を確定できない事項が残る場合において、当事者がそのことを知っていれば合意したと考えられる内容が確定できるときには、それに従って解釈されなければならない。

 

Ⅲ 審議の経過

1 経過一覧

 法制審議会では、契約の解釈の明文化について、以下の経緯で審議がなされた。

会議等 開催日等 資料
第19回
第1読会(17)
H22.11.19開催 部会資料19-2
第24回
論点整理(4)
H23.2.2開催 部会資料24
第26回
論点整理(6)
H23.4.12開催 部会資料26
中間的な論点整理 H23.4.12決定 中間的な論点整理の補足説明
第35回
第2読会(6)
H23.11.15開催 部会資料33-7(中間的な論点整理に対して寄せられた意見の概要(各論6))
第60回
第2読会(31)
H24.10.23開催 部会資料49
第69回
中間試案(6)
H25.2.12開催 部会資料57
第71回
中間試案(8)
H25.2.26開催 部会資料59
民法(債権関係)の改正に関する中間試案 H25.2.26決定 民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明
第80回
第3読会(7)
H25.11.19決定 部会資料71-4(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要(各論2)
第85回
第3読会(12)
H26.3.4開催 部会資料75B
第78回
第3読会(19)
H26.6.24開催 部会資料80-3(【取り上げなかった論点】として掲載)

 

2 審議の経過の概要

 ⑴ 第1読会

  1.  ア 第1読会では、①契約の解釈の原則を明文化することの要否、②契約の解釈に関する基本原則、③個別的な解釈指針(部会資料19-1)について、議論された。
     
  2.  イ ①契約の解釈の原則を明文化することの要否及び②契約の解釈に関する基本原則

[部会資料19-1]

 第5  契約の解釈

  1.  1 総論(契約の解釈に関する原則を明文化することの要否等)
  2.    契約の解釈は、契約関係に基づく当事者間の法律関係を確定するために不可欠の作業としてその重要性が指摘されているが、民法は、契約の解釈を直接扱った規定を設けていない。しかし、旧民法(明治23年法律第28号)は契約の解釈に関する規定を設けており、諸外国の立法例にもこれを設ける例が多い。これらを踏まえ、民法に契約の解釈に関する規定を設けるべきであるとの考え方があるが、どのように考えるか。
     また、仮に契約の解釈に関する規定を設けるとすれば、これに関する基本的な原則(後記2)や、個別の契約解釈指針(後記3)などの内容を検討する必要があると考えられるが、このほか、どのような点に留意する必要があるか。

 

  1.  2 契約の解釈に関する基本原則
  2.    契約の解釈に関する基本的な原則として、狭義の解釈(当事者によって表示されたところの意味を明らかにする解釈)について、契約は当事者の共通の意思に従って解釈しなければならないこと、当事者の意思が異なるときは、当事者が当該事情の下において合理的に考えるならば理解したであろう意味に従って解釈されなければならないことを条文上明示すべきであるとの考え方が提示されている。
     また、補充的解釈(当事者が表示していない事項について法律行為を補充する解釈)について、当事者が合意したと考えられる内容が確定できるときは、その合意内容に従って契約を解釈しなければならないとの規定を設けるべきであるとの考え方が示されている。
     これらの考え方について、どのように考えるか。
  1.    契約においては、当事者間の権利義務関係は、原則として当事者の合意内容によって決定されるから、契約内容を明らかにする作業としての契約の解釈は、極めて重要な作業であるとされる。しかしながら、改正前民法には契約の解釈に関する直接的な規定はなかった。
  2.    これに対して、旧民法には、財産編第2部第1章第4款「合意の解釈」において第356条から第360条までにおいて合意の解釈に関する基本原則等が規定されていた。また、比較法の観点においても、合意の解釈にかかる規定を設ける例もあることから、契約の解釈に関する原則を明文化する必要性があるかについて、議論がなされた。ただし、こうした点については、法律行為の解釈として議論されることもあるものの、単独行為や合同行為については、契約の解釈とは性質が異なるとの指摘もあることから、法律行為一般についての解釈規定を設けるのは困難として、契約の解釈のみについて規定を設けるべきとの指摘もあった。
  3.    これについては、研究者からは、契約の解釈に関する規定を設けることについて、賛成する意見が多かったが[2]、実務家からは、契約の解釈の原則を明文化することによって、事案の特質に照らした柔軟な解釈が困難になったり、固定化しすぎるのはいかがなものかとの指摘[3]、解釈の問題ではなく事実認定の問題ではないかとの指摘[4]、契約の解釈の準則を設けることに違和感があるとの指摘[5]もあった。
     
  4.  ウ ③個別的な解釈指針
  1.  3 個別的な解釈指針
  2.    書面による契約を解釈するための個別的な指針として、契約をできる限り有効又は法律的に意味のあるものとなるように解釈すべきであるとの原則、契約を全体として統一的に解釈すべきであるとの原則、個別交渉を経た条項の優先、条項使用者不利の原則などがあるとされている。このような個別的な解釈指針を法定する必要があるかどうか、また、法定するとしてどのような原則を法定するかが問題となるところ、一つの考え方として、個別的な解釈指針は基本的には明文化しないという考え方が示されているが、どのように考えるか。
  1.    部会資料では、有効解釈の原則、全体的解釈の原則、個別交渉を経た条項の優先も指摘されたが、とりわけ議論の対象であったのは条項使用者不利の原則であった。これについては、研究者や実務家からは賛成する意見が出された[6]が、産業界からは明文化について反対する意見がだされた[7]
     

 ⑵ 中間的な論点整理

  1.    第1読会を経て、中間的な論点整理では、①契約の解釈の原則を明文化することの要否および②契約の解釈に関する基本原則については、賛否両論が指摘されていることから、改正するか否かも含め、広くさらに検討することについてパブリックコメントに付することとされた。③個別的な解釈指針については、条項使用者不利の原則に絞り、これについても賛否両論を踏まえて、パブリックコメントに付することとされた。
  1. 第59 契約の解釈
  2.  1 契約の解釈に関する原則を明文化することの要否
  3.    民法は契約の解釈を直接扱った規定を設けていないが、この作業が契約内容を確定するに当たって重要な役割を果たしているにもかかわらずその基本的な考え方が不明確な状態にあるのは望ましくないことなどから、契約の解釈に関する基本的な原則(具体的な内容として、例えば、後記2以下参照)を民法に規定すべきであるとの考え方がある。これに対しては、契約の解釈に関する抽象的・一般的な規定を設ける必要性は感じられないとの指摘や、契約の解釈に関するルールと事実認定の問題との区別に留意すべきであるなどの指摘がある。
     これらの指摘も考慮しながら、契約の解釈に関する規定を設けるかどうかについて、更に検討してはどうか。
  4. 【部会資料19-2第5、1〔40頁〕】

 

  1.  2 契約の解釈に関する基本原則
  2.    契約の解釈に関する基本的な原則として、契約は、当事者の意思が一致しているときはこれに従って解釈しなければならない旨の規定を設ける方向で、更に検討してはどうか。他方、当事者の意思が一致していないときは、当事者が当該事情の下において合理的に考えるならば理解したであろう意味に従って解釈するという考え方の当否について、更に検討してはどうか。
     また、上記の原則によって契約の内容を確定することができない事項について補充する必要がある場合は、当事者がそのことを知っていれば合意したと考えられる内容が確定できるときはこれに従って契約を解釈するという考え方の当否について、更に検討してはどうか。
  3. 【部会資料19-2第5、2〔48頁〕】

 

  1.  3 条項使用者不利の原則
  2.    条項の意義を明確にする義務は条項使用者(あらかじめ当該条項を準備した側の当事者)にあるという観点から、約款又は消費者契約に含まれる条項の意味が、前記2記載の原則に従って一般的な手法で解釈してもなお多義的である場合には、条項使用者にとって不利な解釈を採用するのが信義則の要請に合致するとの考え方(条項使用者不利の原則)がある(消費者契約については後記第62、2⑪)。このような考え方に対しては、予見不可能な事象についてのリスクを一方的に条項使用者に負担させることになって適切でないとの指摘や、このような原則を規定する結果として、事業者が戦略的に不当な条項を設ける行動をとるおそれがあるとの指摘がある。このような指摘も考慮しながら、上記の考え方の当否について、更に検討してはどうか。
  3. 条項使用者不利の原則の適用範囲については、上記のとおり約款と消費者契約を対象とすべきであるとの考え方があるが、労働の分野において労働組合が条項を使用するときは、それが約款に該当するとしても同原則を適用すべきでないとの指摘もあることから、このような指摘の当否も含めて、更に検討してはどうか。
  4. 【部会資料19-2第5、3〔50頁〕、部会資料20-2第1、2〔11頁〕】

(2)につづく



[1] なお、契約の解釈の問題として、個別的な解釈指針や条項使用者不利の原則についても法制審で議論されたが、中間試案に至らずに取り上げられなかった論点とされたことから、本稿では法制審においてそうした議論があったことを指摘するにとどめ、契約の解釈そのものの問題(特に3つの解釈準則)に絞って触れることとする。

[2] 第19回議事録49~50頁(沖野発言)、同51-52(山野目発言)、同52頁(山本(敬)発言)、同53-54頁(鹿野発言)。

[3] 第19回議事録52頁(村上発言)。

[4] 第19回議事録53頁(岡発言)、同56頁(村上発言)。

[5] 第19回議事録53頁(岡発言)。

[6] 第19回議事録49頁(沖野発言)、同51頁(高須発言、山野目発言)、同52頁(山本(敬)発言)、同53頁(岡発言)、同54頁(鹿野発言)。

[7] 第19回議事録47-48頁(奈須野発言)、同48頁(佐成発言)。

 


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(はやし・くにひこ)

弁護士(大阪弁護士会)、New York州弁護士、大阪学院大学法学部及び法学研究科准教授
大阪大学法学部卒業後、ウィスコンシン大学ロースクール卒業(M.L.I.)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)、大阪大学法学研究科後期課程修了(単位取得)を経て、現在は林邦彦法律事務所代表。日弁連信託センター副センター長、元法制審議会信託法部会(公益信託法)幹事などを歴任する。
取扱分野は、一般民事、民事訴訟、会社法・社外取締役、信託(民事信託等)、交通事故、行政、債権回収、倒産、渉外等。

主な著書・論文
大阪弁護士会民法改正検討特別委員会編『実務解説 民法改正』(民事法研究会、2017)(共著)
日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法』(弘文堂、2017)(共著)
大阪弁護士会司法委員会信託法部会会編『弁護士が答える民事信託Q&A100』(日本加除出版、2019)(共著)
「信託口口座に対する差押え――実務上の課題を踏まえて」信託フォーラム13号(2020)69頁
「『信託口口座開設等に関するガイドライン』の解説」NBL1183号(2020)38頁

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