◇SH3583◇最三小判 令和2年12月15日 貸金返還請求事件(林道晴裁判長)

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 同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合における借主による充当の指定のない一部弁済と債務の承認(平成29年法律第44号による改正前の民法147条3号)による消滅時効の中断

 同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは、当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(平成29年法律第44号による改正前の民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有する。

 民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)147条3号、民法152条1項

 令和2年(受)第887号 最高裁令和2年12月15日第三小法廷判決 貸金返還請求事件 一部破棄自判、一部却下 民事判例集登載予定

 原 審:令和元年(ネ)第3700号 東京高裁令和2年1月29日判決
 原々審:平成30年(ワ)第625号 さいたま地裁川越支部令和元年7月29日判決

 

1 本件は、X(原告・控訴人・上告人)が、Y(被告・被控訴人・被上告人)に対し、平成16年、平成17年及び平成18年に貸し付けられた貸金の返還を求める事案である。Yは、平成20年に、弁済を充当すべき債務を指定することなく一部弁済をした。本件の争点は、この一部弁済により、平成17年及び平成18年の各貸付けについて、消滅時効が中断するか否かである。

 

2 事実関係等の概要は、次のとおりである。

 ⑴ 亡Aは、平成16年10月17日、長男であるYに対し、253万5000円を貸し付けた(以下、この貸付けを「本件貸付け①」という。)。

 ⑵ Aは、平成17年9月2日、Yに対し、400万円を貸し付けた(以下、この貸付けを「本件貸付け②」という。)。

 ⑶ Aは、平成18年5月27日、Yに対し、300万円を貸し付けた(以下、この貸付けを「本件貸付け③」といい、本件貸付け①及び②と併せて「本件各貸付け」という。)。

 ⑷ Yは、平成20年9月3日、Aに対し、弁済を充当すべき債務を指定することなく、貸金債務の弁済として、78万7029円を支払った(以下、この弁済を「本件弁済」という。)。

 ⑸ Aは、平成25年1月4日に死亡し、三女であるXは、本件各貸付けに係る各債権を全て相続した。

 ⑹ Xは、平成30年8月27日、Yに対し、本件各貸付けに係る各貸金及びこれに対する平成20年9月4日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。Yが、同法167条1項に基づき、本件貸付け②及び③に係る各債務(以下「本件債務②及び③」という。)の時効消滅を主張するのに対し、Xは、本件弁済により同法147条3号に基づく消滅時効の中断の効力が生じていると主張して争っている。

 

3 原判決は、上記事実関係等の下において、本件弁済は法定充当(民法489条)により本件貸付け①に係る債務に充当されたとした上で、Yは、本件弁済により、本件弁済が充当される債務についてのみ承認をしたものであるから、本件債務②及び③について消滅時効は中断せず、本件債務②及び③は時効により消滅したと判断して、Xの本件貸付け②及び③に係る各請求を棄却すべきものとした。

 本判決は、判決要旨のとおり判断し、本件弁済が本件債務②及び③の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれず、本件弁済は、本件債務②及び③の承認として消滅時効を中断する効力を有すると判断した。

 

4 本件では、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときに、当該弁済が上記各元本債務の承認として消滅時効を中断する効力を有するか否かが問題となった。

 

5 時効中断事由である「承認」とは、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対して、その権利の存在することを知っている旨を表示することである(我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店、1965)470頁)。

 承認が時効中断事由とされた理由については、第1に、時効中断は権利者の権利行使によって生ずるという建前をとりつつ、相手方が権利存在の認識を表示したことを信頼したときには権利行使を怠ったことにならないという実体法的見方と、第2に、時効利益を受けるべき者が権利存在の認識を表示したことは権利存在の証拠になるという訴訟法的見方とがある。承認の法律上の性質は、いわゆる観念の通知であって法律行為ではなく、中断しようとする効果意思は必要でない(大判大正8・4・1民録25輯643頁)。承認には法律上方式が要求されておらず、法律行為の解釈に準じて、債務者の一定の態度が承認になるかどうかが決せられるべきことになる(以上につき、川島武宜編『注釈民法⑸総則⑸』(有斐閣、1967)118~129頁〔川井健〕)。

 

6 本判決が参照する大判昭和13・6・25全集5輯14号4頁(以下「昭和13年大判」という。)の要旨は、「同一当事者間ニ数個ノ消費貸借上ノ元本債務存在スル場合ニ債務者カ単ニ元本債務ノ弁済トシテ全債務ヲ完済スルニ足ラサル額ノ弁済ヲ為シタル事実アルトキハ特別ナル事情ノ見ルヘキモノナキ限リ債務者ハ其数個ノ債務ノ存在ヲ承認シ弁済ノ提供ヲ為シタルモノト認定シ得ラレサルニアラサル」というものである。昭和13年大判の考え方、すなわち、数個の元本債務がある場合に、単に元本債務の弁済として一部弁済をした事実があるときは、特別の事情のない限り、その数個の債務の存在を承認したことになるという考え方が、本件の原判決の考え方と異なるものであることは、明らかと思われる。

 

7 もっとも、平成6年に法律雑誌に掲載された座談会(岡本坦ほか『<座談会> 時効中断の各種手続と実務上の諸問題』金法1398号(1994)6~10頁)においては、本件の原審と同様に、法定充当に従って充当されるべき債務の承認と捉えるべきではないかと発言する研究者もあったところであり、昭和13年大判と同じ理解が広く浸透していたわけでは必ずしもなかった。本件においても、1審、原審においては、昭和13年大判とは異なる判断がされたが、昭和13年大判を意識した説示はされていない。

 

8 本判決は、昭和13年大判を参照しつつ、判決要旨のとおりの判断を示したものである。本判決は、その判断の理由として、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合、借主は、自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されることを述べている。

 前記のとおり、承認は、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対して、その権利の存在することを知っている旨を表示することであるから(前掲・我妻470頁)、承認が認められるためには、債務者が債務の存在を認識していることが前提となろう。本件で問題となった場合、すなわち、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合には、契約当事者である借主は各元本債務の存在を認識しているのが通常であるといえるから、承認が認められるための前提である債務の存在の認識については、認められるのが通常であるといえるであろう。

 次に、承認は、その権利の存在することを知っている旨を表示するものであるところ、弁済は、債権者の権利(債務者の債務)が存在することを認めるからこそ行うものであるから、上記の表示の典型例ということができる。もっとも、本件で問題となった場合では、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在するのであるから、弁済により、どの債務の存在を知っている旨を表示したのかという問題が生じ得ることとなり、取り分け、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときに、上記の問題が発生する。この問題は、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのに弁済を充当すべき債務を指定しなかったという借主の態度をどのように評価するかという問題であるが、このような借主の態度は、充当指定ができるのにしなかったのであるから、原則として、借主が負っている各元本債務の存在を認める旨を表示するものと解するのが相当と思われる。本判決は、このような考慮から、判決要旨のとおりの判断を示したものと思われる。なお、上記のとおり、この問題は、借主の態度をどのように評価するか(各元本債務の存在することを知っている旨を表示するものといえるか。)という問題であり、弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも弁済の充当の指定をしないときに、どの債務に弁済を充当するかという法定充当の問題とは別個の事柄である。債務の承認が認められる債務と法定充当により弁済が充当される債務とは当然に一致するものとはいえず、本件の原判決のように、法定充当により充当される債務についてのみ承認するものと解することはできないであろう。

 本判決は、判決要旨のとおり、「特段の事情のない限り、」という留保を付している。どのような事情があれば、特段の事情があるといえるのかは、今後に残された問題である。

 

9 ところで、本判決の判決要旨に係る法律問題は、上記のとおり、時効中断事由である承認の意義を踏まえて検討することを要するものである。また、昭和13年の大審院判決が令和2年に言い渡された本判決において参照されており、古くからある古典的な法律問題が現在もなお実務上問題となることがわかる。さらに、本判決が示した消滅時効の中断についての判断は、債権法改正後も、時効の更新に関する法律問題において、引き続き参照する価値を有するものと思われる。これらの点から、本判決は、学説、判例等の基礎的な学習が法律実務家及びそれを目指す者にとって重要であることを示す好例といえると思われる。

 

10 本判決は、判決要旨のとおりの法理を示したものであり、類似の判断を示した昭和13年大判があるものの、最高裁としては初めての判断を示したものであって、 実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。

 

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