1 事案の概要
本件は、執行猶予付き懲役刑の猶予期間中の再犯に関し、再度の執行猶予付き懲役刑を言い渡され、保護観察に付されていた申立人につき、遵守事項違反があったなどとして、刑の執行猶予の言渡し取消し決定がされ、即時抗告も棄却されたため、特別抗告が申し立てられたという事案である。検察官が前記各刑の執行猶予の言渡し取消しを請求したところ、原々審は、前記各刑の執行猶予の言渡しを取り消す各原々決定をしたが、各原々決定の謄本を、いずれも検察官と原々審で申立人が選任した弁護人2名のうち主任弁護人に対して送達したものの、申立人本人に対して送達しなかった。申立人は、前記弁護人2名を原審の弁護人として改めて選任し、各原々決定に対してそれぞれ即時抗告を申し立てたが、原審は、本件各即時抗告をいずれも棄却する各原決定をした。これらに対し、申立人が本件各特別抗告を申し立てた。なお、前記弁護人2名は、刑訴規則62条1項の送達受取人には選任されていなかった。
2 判示事項1について
(1) 裁判の告知は、公判廷で宣告によって行う場合及び特別の定めがある場合を除き、裁判書の謄本を送達して行うこととされている(刑訴規則34条)が、刑の執行猶予言渡し取消し決定については、送達を受けるべき者を定めた規定がなく、解釈に委ねられているところ、直接論じた文献は見当たらない。もっとも、保釈請求を例として一般的には、①申立権者とする見解(團藤重光編『法律實務講座 刑事編 第二巻 総則(2)』(有斐閣、1953)275~277頁〔安村和雄〕)、②裁判を受ける者とする見解(中島卓児「勾留及び保釈に関する諸問題の研究」司法研究報告書8輯9号(1957)370~372頁)、③「申立人、裁判を受ける者(裁判の効果を直接受ける者、すなわち、裁判により身体、財産、事由その他の利益に直接の影響を受ける者)、代理抗告権者以外の抗告権者」(小林充ほか「決定及び命令の告知に関する諸問題」書記官会報100号(1979)23頁)、あるいは「広義の裁判を受ける者(裁判の効果を受ける者、すなわち、裁判によって法律関係に影響が及ぶ者)」(河上和雄ほか編『注釈刑事訴訟法 第1巻〔第3版〕』(立花書房、2011)642~647頁〔香城敏麿=井上弘通〕)に告知する必要があるという見解等があるとされていた(河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法 第1巻〔第2版〕』(青林書院、2013)621~623頁〔中山善房〕)。また、この問題に直接答えた判例は見当たらないが、刑の執行猶予言渡し取消し請求事件についての即時抗告棄却決定謄本が即時抗告の申立人(被請求人)本人と弁護人との双方に日を異にして送達された場合、特別抗告期間は申立人(被請求人)本人に対して送達された時から進行を始めるものと解すべきであるとされていた(最一小決昭和58年10月19日・裁判集刑事232号415頁)。
(2) 以上のような状況の下、本決定は決定要旨1のとおり判示した。特段の理由は示されていないが、その背景には次のような考慮があるのではないかと思われる。
すなわち、刑の執行猶予言渡し取消し請求事件について、被請求人本人と弁護人との双方に日を異にして決定謄本が送達された場合の不服申立て期間の進行開始日に係る判例の結論からすれば、被請求人本人が受送達者であることは当然の前提とされているように思われる。実質的に考えてみると、裁判の告知を裁判の外部的成立の問題としてのみ捉えるのは適切ではなく、訴訟関係人の権利の行使、裁判の執行その他訴訟手続全体の円滑な進行を図るという観点からの検討が不可欠と思われる。そして、請求権を有する者の請求のある場合には、裁判所は請求に対する裁判をすべき義務があるから、請求者に対する裁判の告知をする必要があるが、他方、受送達者が請求者である検察官に限られるとすれば、刑の執行猶予言渡し取消し決定により猶予の取消しの効果を直接受けるのは被請求人であり同決定に対する即時抗告権も有するにもかかわらず、その権利の行使を阻害することとなり、不当である。このようにして、本決定は、刑の執行猶予言渡し取消し決定の謄本の受送達者は、検察官及び被請求人であると判示したのではないかと思われる。
3 判示事項2について
(1) 民事訴訟では、訴訟代理人によって訴訟が追行されている場合、当事者本人を証拠方法として呼び出すための呼出状の送達を除き、訴訟代理人に送達するのが実務上の原則と解され、むしろ本人に送達するのは不相当であると考えられているが、刑事訴訟では、被告人に対する送達を弁護人に対してすることは基本的に行われていないものの、法的な問題として、弁護人の包括的代理権に基づき、弁護人に裁判書の謄本を送達することによって被告人に送達したのと同じ効果を認めてよいとか否かにつき、積極(前掲小林25頁等)、消極(前掲香城=井上642頁等)の両説があった。法令上被告人に送達を要するとされている起訴状謄本及び訴因追加請求書謄本については、これらの書類を被告人に送達せず、弁護人に送達しても、刑訴法規を遵守したことにはならないとする判例があるが(最二小決昭和27年7月18日・刑集6巻7号913頁)、決定謄本の送達一般に関する判例は見当たらない。
(2) 以上のような状況の下、本決定は決定要旨2のとおり、送達事務の堅実性・画一性の見地から被請求人本人に対して裁判書謄本を送達するべきであるという多数説・実務上の運用の考え方に沿った判断を示した。こちらも結論のみを示したものであるが、次のような点が考慮されたのではないかと思われる。
裁判の告知は、民事訴訟において、一般的に決定・命令は「相当な方法による告知」をすれば足りるとされている(民訴法119条)が、刑事訴訟においては、公判廷で宣告によって行う場合及び特別の定めがある場合を除き、裁判書の謄本を送達して行うこととされている(刑訴規則34条)。裁判により生じる効果は様々なものがあるが、刑事訴訟における裁判は刑を科すことに関わるものであるため、要式性の高い制度設計がされたものと考えられる。このことからすれば、裁判の告知について代理権限を認めることについては慎重に検討すべきであるように思われる。
刑の執行猶予の言渡し取消しは、通常、懲役又は禁錮刑について問題となることがほとんどであり(初度の執行猶予は罰金刑についても付し得るが、事例は極めて少ない。)、殊に、本件のような刑法26条の2による取消しの対象となる再度の執行猶予は、前に禁錮以上の刑に処されてその刑の執行を猶予された者を、1年以下の懲役又は禁錮に処する場合に限って付され得るものであり、それゆえ刑法26条の3による取消しの対象も、禁錮以上の刑に付された執行猶予に限られるから、いずれも身体の拘束を伴う刑の執行猶予を取り消す効果を生じる決定といえる。このような刑の執行猶予言渡し取消しの制度内容からすると、その決定謄本の送達による裁判の告知は、第1審判決の宣告に準じ、代理に親しむものではないと解するのが相当と思われる。
被告人の送達と弁護人の送達とを区別しているのが刑訴法・規則の建前であり、刑の執行猶予言渡し取消し請求についてみても、刑訴規則222条の6第2項が請求書謄本の送達先は被請求人と規定し、同条の7が手続教示等の相手を被請求人と規定する一方、同条の9第3号が口頭弁論を開く場合の口頭弁論期日の通知先を検察官及び弁護人と規定しており、被請求人と弁護人とを区別している。このような刑訴法規の建前は、消極説の実定法上の根拠になるものと解される。
このようにして、本決定は、被請求人が選任した弁護人に対して刑の執行猶予の言渡し取消し決定の謄本が送達されても、被請求人に対する送達が行われたものと同じ法的な効果は生じないと判示したのではないかと思われる。
4 本決定の意義
本決定は、刑の執行猶予言渡し取消し請求に関し、決定謄本の送達を受けるべき者が誰かという問題のほか、被請求人が選任した弁護人に対して送達した場合の法的効果という古くからある問題につき明確な決着を付けたものであり、実務上、重要な意義を有するものと思われる。