◇SH3613◇共同事務所の利益相反に関する最高裁決定 渡辺直樹(2021/05/12)

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共同事務所の利益相反に関する最高裁決定

ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所

弁護士 渡 辺 直 樹

 

1 はじめに

 日系の製薬会社にて特許侵害訴訟提起の準備をしていた社内弁護士Aが同社を退職して入所した法律事務所が、当該訴訟の被告である外資系製薬会社から当該訴訟の訴訟代理人業務の依頼を受けた。その法律事務所のA以外の所属弁護士Bらが被告代理人として訴訟行為をすることについて、原告は利益相反を理由に排除を申し立てることができるのか。この問題は、本件の原審決定[1]の頃から、法律家や企業法務関係者の注目するところとなっていたが、本年4月14日、最高裁判所第二小法廷は、知財高裁の決定を破棄し、代理人排除の申立てはなしえないとの判断を下した[2]。本稿では、この最高裁決定の概要を説明し、複数の弁護士を擁する共同事務所や企業・官庁などの組織における実務へのインパクトについて、私見を述べることとしたい[3]

 

2 事実の概要

 最高裁決定では、下記の経緯が摘示されている。

 ⑴ 日系製薬会社(以下「原告会社」)らは令和元年11月20日、外資系製薬会社(以下「被告会社」)らを被告とする特許侵害訴訟を東京地方裁判所に提起した(以下「基本事件」)。

 ⑵ A弁護士は、平成20年から原告会社に所属し、平成30年2月から令和元年10月までの間、本件訴訟提起の準備を担当した。A弁護士はその後、原告会社を同年12月31日をもって退職し、令和2年1月1日、B弁護士らの所属する法律事務所(以下「本件事務所」)に入所した。B弁護士らは、被告会社から同年1月8日付委任状の交付を受け、被告会社の訴訟代理人となった。

 ⑶ 原告は令和2年2月7日、東京地裁に対し、B弁護士らの訴訟行為の排除を求める申立て(以下「本件申立て」)をした。その根拠とするところは、本件事務所に所属するA弁護士は弁護士職務基本規程(以下基本規程」)27条1号により本件訴訟につき職務を行いえないのであるから、B弁護士らが訴訟代理人として訴訟行為をすることは基本規程57条に違反するというものである。
なお、A弁護士は、同年2月10日、本件事務所を退所している。

 

3 下級審の判断

 ⑴ 東京地裁(以下「原々審」)は、令和2年3月30日、本件申立てを却下した[4]。東京地裁が本件申立てを却下した理由は、弁護士法25条1号に違反する訴訟行為につき、相手方である当事者が裁判所に対して同号違反を理由として訴訟行為の排除を求める申立権を有することからすれば、基本規程57条違反の訴訟行為についても、訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有すると解するのが相当とするが、A弁護士が勤務を開始する前後の時期に、A弁護士と本件事務所の他の弁護士との間での基本事件に関する情報の共有や漏えいを防止するための一定の措置が講じられていたこと、A弁護士の本件事務所での勤務が短期間にとどまり、A弁護士の退所により同事件に関する情報の共有や漏えいのおそれも存しないこと、決定時点において、A弁護士と本件事務所の他の弁護士との間で同事件の情報の共有や漏えいがあった形跡も記録上うかがえないことなどから、57条ただし書の職務の公正を保ちうる事由があり、B弁護士らの訴訟行為は同条に違反しないというものであった。

 ⑵ 知財高裁(以下「原審」)は、東京地裁決定を取り消し、B弁護士らは訴訟行為をしてはならないとの判断をした。その理由は次のとおりである。

 原審は、まず最高裁判例を引用し、弁護士法25条1号に違反する訴訟行為については、相手方が異議を述べ、裁判所に排除を求めることができるが、基本規程57条が共同事務所の所属弁護士が、「職務の公正を保ち得る事由」があるときを除き、他の所属弁護士が27条1号により職務を行い得ない事件について、所属弁護士がその職務を行うことを禁止しているのも、弁護士法と同様の目的に出たものであることから、基本規程57条に違反する訴訟行為についても、異議を述べ裁判所に行為の排除を求めることができるものと解するのが相当と判示した。

 次に、基本規程57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」に関しては、所属弁護士が、他の所属弁護士が基本規程27条1号により職務を行い得ない事件について職務を行ったとしても、客観的及び実質的にみて、依頼者の信頼が損なわれるおそれがなく、かつ、先に他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)を信頼して協議又は依頼をした当事者にとって所属弁護士の職務の公正らしさが保持されているものと認められる事由をいうものと解するのが相当との一般論を述べた。

 そしてあてはめにおいては、①基本事件は、外国での訴訟と並行して提起されており、原告被告の利害の対立が大きい事件であること、②A弁護士が原告会社所属時に知りえた情報は、基本事件の訴訟追行において重要な意味を有するものと解されること、③被告会社は当初、本件事務所とは別の法律事務所の弁護士に訴訟追行を委任し、A弁護士が本件事務所に入所した時期と近接する時期に、本件事務所に所属するB弁護士らに切り替わったものといえることの各事情は、原告会社らにとって、B弁護士らが訴訟代理人として職務を行うことについて、その職務の公正らしさに対する強い疑念を生じさせるものであると指摘する。これに加え、被告会社が主張する情報の共有や漏えいを防止することを目的とする情報遮断措置(A弁護士からの情報を漏らさない旨の誓約書、事務所スタッフへの方法を明示したメール、記録、データ管理、打ち合わせ場所の指示)は情報の伝達、交換、共有等を遮断するには一定の限界があり、情報遮断措置として十分ではなく、「職務の公正を保ち得る事由」があるとは認められないと判示した。

 

4 最高裁決定

 最高裁は、以下のように判示し、B弁護士らの訴訟行為について基本規程57条に違反するとした原審判断を是認することができないと判断した。

 基本規程は、日本弁護士連合会(以下「日弁連」)が弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため会規として制定したものであるが、基本規程57条に違反する行為そのものを具体的に禁止する法律の規定は見当たらない。弁護士法25条1号のように、法律により職務を行いえない事件が規定され、弁護士が行う訴訟行為がその規定に違反する場合には、相手方が異議を述べ、裁判所に排除を求めることができるとはいえ、日弁連の会規である基本規程に違反するにとどまる場合には、懲戒原因となりうることは別として、訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

 法廷意見については、後述のとおり草野裁判官の補足意見がある。

 

5 検討(考察)

 本件における争点は、①弁護士法に違反しないが基本規程に違反する訴訟行為について、相手方当事者が異議を申し立てることができるか、および②異議を申し立てうるとして、本件において職務基本規程57条ただし書きの「職務の公正を保ちうる事由」があるかであった。最高裁は、このうち①について、原審、原々審とは異なり、異議を申し立てることができないと判断し、②を論じるまでもなく排除の申立てを却下した。

 争点①については、原審および原々審は、基本規程57条の趣旨が弁護士法25条1号の趣旨と共通ないしおおむね同一であることを理由に、基本規程違反の訴訟行為についても排除を申し立てることができるとしていたが、最高裁は、基本規程違反行為を具体的に禁止する法律の規定が見当たらないことを理由に、内規にすぎない基本規程57条違反の訴訟行為については、排除の申立権を認めることができないとした。

 具体的に禁止する法律の規定が見当たらないことは直ちに排除を認めないことを意味するものではなく、法律の規定がなくても解釈として申立権があるという結論を導くことは論理的には可能であろう。しかしながら、内規違反の場合に法令違反の場合と同様のサンクションを導くには、かかるサンクションを正当化する理由が必要であり、基本規程57条の目的や趣旨が弁護士法25条のそれと共通であるというだけでは、基本規程57条が法25条1号や基本規程27条、28条よりも一歩進んで、直接に利益相反関係にある弁護士(本件におけるA)ではない事務所所属の他の弁護士(本件におけるBら)に拡張して発動するサンクションの正当化理由としては十分とはいえないと思われる。

 争点②の「職務の公正を保ちうる事由」については、原審と原々審が正反対の結論に至っていた。特に、本件事務所においてA弁護士を対象として実施した情報遮断措置に対する評価の差が顕著である。情報遮断措置が十分に講じられていれば「職務の公正を保ちうる事由」があるといえるのかについては、日弁連が公表している基本規程の解説からも確たる手がかりが得られる状況ではない。日弁連の解説では、利益相反事由のある弁護士を他の所属弁護士から完全に情報遮断する措置が構築されていることやその遮断の程度が厳格なものであることは職務の公正を保ちうる事由を認める方向で考慮すべき事情の1つとなるという[5]。だが、解説は、情報遮断措置の他に7つの事項を列挙し、情報遮断措置ありの一事をもって当然に職務の公正を保ちうる事由があるとは断定することはできないとし[6]、「職務の公正を保ちうる事由」は一種の規範的要件であるから、一律の基準をもって解釈することは硬直化するおそれがあってかえって適当ではなく、その事由の有無は具体的事案に即して実質的に判断されるべきであるとしている[7]。おそらくは、このような問題が顕在化するのはかなり先のこととの予測のもとに、解説が執筆されたのだと推察するが、日本における法務サービスニーズの高度化・多様化、サービス提供者側の組織体制の変化、関与人材の流動化促進の動きなどのリーガルマーケットの環境変化は、情報遮断措置があれば基本規程違反を構成しないのか、あるいは補完措置が必要であるならそれは何かについて、既に具体的な事案として、受任が可能であるかについての行動の指針となる規範が問われる事件を生み出している。本決定において最高裁のとったポジションは、デリケート[8]でかつ新規な問題であり、しかも日常的に生じうる共同事務所所属の弁護士の利益相反については、裁判所が事後的に評価するよりも、内規のオーナーであり、利益相反問題の実態をより深く把握すべき立場にある日弁連が責任をもって行為規範たるルール形成をするべきという役割分担を選択したものと解される。草野裁判官の「ある事件に関して基本規程27条又は28条に該当する弁護士がいる場合において,当該弁護士が所属する共同事務所の他の弁護士はいかなる条件の下で当該事件に関与することを禁止または容認されるのかを,抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく,十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つである。」との補足意見での指摘は、上記の役割分担論によるものと思料する[9]

 

6 本決定の実務へのインパクト

 草野補足意見のとおり、日弁連は、情報遮断措置の構築は基本規程違反を構成しないのか、そのための要件、あるいは他に揃えるべき条件を明らかにするルールや、そもそも共同事務所の弁護士について一人の弁護士に生じた事由を他の所属弁護士に拡張する規定が広汎な場面において適切なのかを検証し、弁護士や共同事務所の行為規範となるルールを策定することが求められる。これは本件の原審、原々審にて結論が分かれたことにも見られるように、さまざまな価値判断や法務ニーズへのアクセスに関する司法政策とも関連して、現代の弁護士の行動を律する規範を定立するという難問であるが、現にこの問題が顕在化した状況において、最高裁裁判官から喫緊の課題とされたことの意味は重いというべきである[10]

 また、本決定は、弁護士や共同事務所にとって、利益相反が内規に基づく懲戒事由であるほかに、ユーザーの信頼や、自身および事務所のレピュテーションにただちに影響するリスク要因でもあり、新規案件、新規依頼者および他の事務所その他組織からの弁護士の加入などのインテイクの際に、適切なコンフリクトチェックによってリスクマネジメントをすることの重要性を再認識させる契機となった。情報遮断措置にまつわるルールは未確定ではあるが、コンフリクトチェックの手順や結果の記録化など所内ルールやプロセスを確立することのほか、事務所の規模によってはコンフリクト対応の責任者や専任の人員を置くことなども考えられる。また情報遮断措置の構築のためには、基本規程を遵守するべき弁護士のみならず、遮断措置の構成要素ともなるサポートスタッフの人員配置、フロアや執務環境、ハード・ソフトを含むファイル・データ環境、IT環境などバックオフィスを担当する人員において利益相反についての教育や理解を図ること、およびそれらのPDCAなど、リスクマネジメントの措置を講じることが重要となる。その手当ては、共同事務所の監督権限ある弁護士(基本規程55条)の責務と位置付けられよう[11]

 最後に、法律事務所以外の組織(企業や官庁)への影響について若干付言する。本件は、企業に勤務していた弁護士が法律事務所に転職したことから、組織内弁護士であった同人が基本規程27条により職務を行いえない事件が、同57条により法律事務所の他の弁護士の利益相反に拡張されて問題となった事件である。基本規程54条は、文言上、複数の弁護士が法律事務所を共にする場合を「共同事務所」と称し、「共同事務所」の規制を企業や官庁などの組織に適用することは予定していないかのようであるが、情報の流通が組織内で行われ、それが弊害に繋がるというおそれは、法律事務所の場合と差があるようには思われず、これら組織においても上記のようなリスクマネジメントを考える必要性を否定できるものではない。

 

7 おわりに

 弁護士業務以外の分野に目を転じても、利益相反の存在が他の不祥事につながった事案が多くみられたために利益相反管理の重要性が指摘され、法令による対応がなされた分野もある[12]。利益相反の状態にどのように対処するかについての社会の意識や感度がより高いものになってきたともいえる。弁護士業務ではもともと相手方の存在が想定される場面が多く、利益相反への対応は古くからある問題ではあるが、業務分野が変容し、多様化するなかで、上述のような社会の意識や感度の変化にも対応しうるルールの策定や運用が期待されていることを意識して取り組まねばならない課題である。

以 上

 


[1] 知財高決令和2・8・3裁判所HP(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=89630

[2] 最二小決令和3・4・14裁判所HP(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90257

[3] 本稿は筆者の個人的な見解を述べるものであり、現在および過去における所属法律事務所、企業その他の所属団体の意見を示すものではない。

[4] 東京地決令和2・3・30LLI/DB判例秘書L07530986

[5] 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説 弁護士職務基本規程〔第3版〕』(日本弁護士連合会、2017)170頁。

[6] 日本弁護士連合会・前掲[5] 同頁。

[7] 日本弁護士連合会・前掲[5] 169頁。

[8] 依頼者は当該分野において専門性の高いベストの弁護士を代理人として起用したいであろうし、コンフリクトチェックをクリアして案件を受任してもらいたいと望むであろう。法律事務所の側もできればコンフリクトチェックをクリアし、案件を受任したいと考えるのは自然である。他方、案件の性質が争訟性を帯びる場合には、利益相反の有無が問題となりそうな場合に、可能な手段があるなら阻止できないかと争訟の相手方が考えるのも無理からぬところである。また、争訟性のない取引の分野では、個々の案件に応じて、複数の起用法律事務所のうちの1つに依頼をするという使い分けが慣習的にあるので、争訟案件のように利益相反の問題が先鋭化する可能性は低い。

[9] 本件を審理した第二小法廷の構成に大規模共同事務所出身の裁判官が2名(うち1名は組織内弁護士の経験もある)含まれていたことも、本決定の結論に影響したのではないかと推測する。

[10] 石田京子教授は、アメリカにおける情報遮断措置に関するABA模範規則の射程やその変遷を検討され、同国において情報遮断措置が、事務所内における利益相反拡張の回避手段として認められるまでに相当の年月を要し、その結果ABA模範規則においても、現在でも限定的な範囲でのみ認められていると指摘される。石田京子「利益相反回避手段としての情報遮断措置の位置付け――アメリカにおける議論の変遷を参考に」加藤新太郎古稀『民事裁判の法理と実践』(弘文堂、2020)627頁以下、644頁。

[11] なお、基本規程からは外れるが、利益相反に関しては、外国弁護士が仲裁人として審理係属中に、所属する国際的な法律事務所の他国オフィスに、仲裁当事会社の兄弟会社を被告とする訴訟の被告代理人を務めた外国弁護士が入所、所属していた事実につき、仲裁法18条4項の「自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある」事実の開示義務の有無が争われた事件として、最三小決平成29・12・12民集71巻10号2106頁がある。

[12] ディオバン事件などをうけて2017年に制定された臨床研究法、再生医療等の安全性の確保等に関する法律施行規則の2018年改正がその代表例と言える。

 


(わたなべ・なおき)

ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所パートナー弁護士、英国仲裁人協会仲裁人(MCIArb)
双日株式会社 前理事、M&Aマネジメント室担当本部長、LINE株式会社 前社外監査役

ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所 https://se1910.com/ja/

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