◇SH0297◇最三小判 平成27年2月17日 求償金等請求事件(木内道祥裁判長)

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 本件は、信用保証協会であるXが、信用保証委託契約上の事後求償権等に基づき、Yらに対し、金員の連帯支払を求めた事案である。Yらが事後求償権の消滅時効を主張したのに対し、Xは事前求償権を被保全債権とする仮差押えにより消滅時効が中断していると主張して争った。本件の争点は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えが事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するか否かである。

 

 事実関係の概要は、次のとおりである。
 Y1は、平成2年5月、A銀行との間で、貸越極度額500万円の貸越契約を締結した。その際、Xは、Y1との間で同年2月に締結した信用保証委託契約(以下「本件信用保証委託契約」という。)に基づき、A銀行に対し、上記貸越契約に基づくY1の債務を保証した。Y1は、A銀行から、上記貸越契約に基づき借入れをした。
 Y2は、平成2年2月、Xとの間で、本件信用保証委託契約に基づきY1がXに対して負担すべき債務について連帯保証する旨の契約をした。
 Y1がA銀行に対する債務につき約定の分割弁済をしなかったため、Xは、平成6年10月、Y1を債務者として、Y1所有の不動産につき、本件信用保証委託契約に基づく事前求償権を被保全債権とする不動産仮差押命令の申立てをし、仮差押命令を得て、仮差押登記をした。
 Y1は、平成6年11月、A銀行に対する債務の期限の利益を失った。Xは、同月、A銀行に対し、借入残元本等を代位弁済し、Y1に対する事後求償権を取得した。
 Xは、平成22年12月、本件訴訟を提起した。

 

 以上の事実関係を前提として、原判決は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えは、事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するなどとして、Xの請求を認容すべきものとした。
 本判決は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えは、事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有すると判断して、Yらの上告を棄却した。

 

 民法147条は時効の中断事由を定めているところ、時効中断の客観的範囲は解釈に委ねられている。その上で、事前求償権を被保全債権とする仮差押えが事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するかについては、最高裁判例がなく、学説上もほとんど議論されていなかったが、理論的には、時効中断の客観的範囲の問題と事前求償権と事後求償権との関係の問題の両面から考察されるべき問題と思われる。
 まず、時効中断の客観的範囲についてみると、最高裁判例としては、手形債権に関する訴えの提起により原因債権についても消滅時効中断の効力が生ずるとされた最二小判昭和62・10・16民集41巻7号1497頁や、債権者が主たる債務者の破産手続において債権全額の届出をし、保証人が、債権調査期日終了後に債権全額を弁済した上、破産裁判所に債権の届出をした者の地位を承継した旨の届出名義の変更の申出をしたときは、保証人が取得した求償権の消滅時効は、届出名義の変更の時から破産手続の終了に至るまで中断するとされた最一小判平成7・3・23民集49巻3号984頁がある。学説上は、時効中断が認められる根拠についての、権利行使説(ないし実体法説)(訴えの提起等が権利者の最も断固たる権利主張の態度と認められることに基づくとする見解)と、権利確定説(ないし訴訟法説)(訴訟物たる権利関係の存否が既判力をもって確定されることにあるとする見解)の対立に対応した議論がされている。すなわち、権利行使説からは、時効中断の客観的範囲は必ずしも訴訟物に限定されず、権利者の権利行使の意思がどの範囲まで及ぶかという観点から決せられるという結論に結び付きやすいのに対し、権利確定説からは、時効中断の客観的範囲は訴訟物に限定されるという結論に結び付きやすいとされている。この点について、判例は、裁判上の請求に関し、その権利が直接訴訟物になっていなくても、当事者が同一で、訴訟物としての権利主張が当該権利の主張の一態様・一手段とみられるような牽連関係があるか、その存在が実質的に確定される結果となるようなときは、これを「裁判上の請求」に準ずるものとして、訴訟物となっていない権利についても時効中断を認めているものと解される(篠原勝美・判解民昭和62年度(1990)639頁参照)。
 次に、事前求償権と事後求償権との関係についてみると、最三小判昭和60・2・12民集39巻1号89頁は、事後求償権の消滅時効の起算点が問題となった事案で、事前求償権は事後求償権とその発生要件を異にするものである上、事前求償権については、事後求償権については認められない抗弁が付着し、また、消滅原因が規定されていること(民法461条参照)に照らすと、両者は別個の権利であり、その法的性質も異なるとしている(なお、最二小判昭和34・6・25民集13巻6号810頁参照)。他方で、事前求償権の発生・消滅が事後求償権保全の必要性の発生・消滅にかかっていること(同法459条~461条)に鑑みると、事前求償権は事後求償権確保のためのものであると解されている。このように、事前求償権と事後求償権は、別個の権利であると同時に関連性もあることを踏まえ、前掲最三小判昭和60・2・12で問題となった事後求償権の消滅時効の起算点以外の論点は、残された問題と考えられていた。学説上、かつては事前求償権と事後求償権の関係につき両者が同一の権利であるか否かが議論されていたが、前掲最三小判昭和60・2・12以降は、両者が別個の権利であるとする2個説が通説となり、その中でも同法459条1項後段所定の行為があっても事前求償権は消滅しないとする併存説が多数説であった。なお、事前求償権の制度趣旨について、通説は、保証委託契約の趣旨からは一般の委任契約の場合とは異なり費用前払請求権は認められないのが原則であるが、事前に求償をしなければ主たる債務者の財産が散逸してしまうなどの危険があり得るため、必要な範囲で例外的に認められた権利であると理解しているのに対し、近時の有力説は、保証人をその負担から解放し免責するためのものであると理解している。

 

 このような議論状況の下で、本判決は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えは、事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有すると判示した。
 本判決が挙げる理由は次の2点である。第1に、事前求償権は、事後求償権と別個の権利ではあるものの(前掲最三小判昭和60・2・12参照)、事後求償権を確保するために認められた権利であるという関係にあるから、委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをすれば、事後求償権についても権利を行使しているのと同等のものとして評価することができるということである。第2に、上記のような事前求償権と事後求償権との関係に鑑みれば、委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをした場合であっても民法459条1項後段所定の行為をした後に改めて事後求償権について消滅時効の中断の措置をとらなければならないとすることは、当事者の合理的な意思ないし期待に反し相当でないということである。
 理由の第1は、前記のような事前求償権と事後求償権との関係を踏まえ、時効中断が認められる根拠に照らして理由付けたものと解される。判文からは権利行使説に親和的とも思われるが、権利確定説からも説明可能であると思われる。また、本判決の結論は、事前求償権の制度趣旨に関する通説と近時の有力説のいずれからも説明可能と思われる。理由の第2は、第1とも関連するが、本判決と反対の見解に立った場合の具体的帰結が当事者の合理的な意思・期待に反することを述べたものと解される。
 また、判文の趣旨に照らせば、請求、承諾等の場合には、本判決の射程は及ぶものではないと解される。
 原判決は、その理由付けの一つとして、仮差押命令が、当該命令に表示された被保全債権と異なる債権についても、これが上記被保全債権と請求の基礎を同一にするものであれば、その実現を保全する効力を有することを挙げていたが(最一小判平成24・2・23民集66巻3号1163頁参照)、本判決は、上記の理由を挙げていない。前掲最一小判平成24・2・23は、かなり特殊な事例について請求の基礎の同一性の有無が判断されたものであって(市川多美子・曹時67巻2号(2015)243頁参照)、本件とは事案を異にすると考えられたものと思われる。

 

 本判決は、事前求償権を被保全債権とする仮差押えが事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するか否かについて、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。

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