社債と利息制限法1条の適用の有無
債権者が会社に金銭を貸し付けるに際し、社債の発行に仮託して、不当に高利を得る目的で当該会社に働きかけて社債を発行させるなど、社債の発行の目的、会社法676条各号に掲げる事項の内容、その決定の経緯等に照らし、当該社債の発行が利息制限法の規制を潜脱することを企図して行われたものと認められるなどの特段の事情がある場合を除き、社債には同法1条の規定は適用されない。
利息制限法1条、会社法2条23号、第4編「社債」
令和元年(受)第984号 最高裁令和3年1月26日第三小法廷判決 不当利得返還請求事件 上告棄却
原 審:東京高裁平成31年1月30日判決
第1審:東京地裁平成30年7月25日判決
1 事案の概要
本件は、社債を発行した会社(以下「本件会社」という。)の破産管財人であるX(上告人、控訴人、原告)が、社債権者であるY(被上告人、被控訴人、被告)に対し、利息制限法1条所定の制限利率を超えて支払われた社債の利息について、いわゆる過払金の返還等を求める事案である。社債に利息制限法1条の規定が適用されるか否かが争われている。
2
事実関係の概要は、次のとおりである。
⑴ 本件会社は、平成24年、事業のために社債を発行し、Yがその割当てを受け(以下、被上告人が割当てを受けた社債を「本件社債」という。)、平成27年までの間、本件社債の募集事項に従って、利息制限法1条所定の制限利率を超える利率の利息の支払及び社債の償還を受けた。
⑵ 本件会社は、平成24年3月から平成27年11月にかけて、本件社債を含め、合計203回にわたり、社債権者をそれぞれ1名として社債を発行したが、そのほとんどは、利息制限法1条所定の制限利率を超える利率の利息を定めたものであった。
⑶ 本件会社は、平成28年4月、破産手続開始の決定を受けた。
3 1審及び原審の判断
1審及び原審は、社債は消費貸借契約とは法的性質を異にすること、利息制限法の趣旨は経済的弱者の保護にあるところ、社債の債務者である会社は類型的に経済的弱者とは認められないこと、このことは、債権者が1人であるなどの事情によっても異なることはないことなどを理由に、社債には、事実関係のいかんにかかわらず、利息制限法1条の規定は適用されないとして、上告人の請求を棄却すべきとした。
4 本判決
原判決に対し、上告人が上告受理申立てをしたところ、第三小法廷は、上告審として受理し、判旨のとおり、特段の事情がある場合を除き、社債には同法1条の規定は適用されないと判断して上告を棄却した。
5 説明
⑴ 社債は、会社法の規定により会社が行う割当てにより発生する金銭債権であって、同法676条各号に掲げる事項(募集事項)についての定めに従い償還されるものと定義される(同法2条23号)。なお、社債には、不特定多数の者に対する公募の手続を経て発行される金商法2条3項の「募集」の要件を満たす募集社債と、これに該当しない、50人未満の社債権者に対して発行される等の要件を満たす場合の私募債に分類される。本件社債は、Yのみに対して本件会社から直接発行されたもので、私募債に該当する。私募債は、金商法上は、開示規制を免れる等募集社債と規制に違いがあるが、会社法上の規制には同様に服している。
このような社債は、今日、株式による資金調達(エクイティファイナンス)と並び、融資と同じく債務による資金調達手段(デットファイナンス)として重要な役割を果たしているものである。
他方、利息制限法1条は、利息を制限する対象を「金銭を目的とする消費貸借」と規定するのみで、その主体や契約類型に特段の限定はない。そこで、従来、社債にも当然に同条が適用されるという解釈が有力に主張されていた。
⑵ 現在、学説は、社債への利息制限法の適用について、肯定説と否定説に分かれている。肯定説は、①社債も、社債権者が会社に一定の額の金銭を払い込むと一定の額の償還を受けることができ、利息について定めることもできる点では消費貸借と何ら異ならないこと、②利息制限法は、たとえ大企業の銀行借入れであっても同法の制限利率に服しているように必ずしも消費者保護のためにあるわけではないこと等からすると、社債を同法1条にいう「金銭を目的とする消費貸借」の対象から除外する理由がないことを理由とする。これに対し、否定説は、社債は、金銭消費貸借類似の無名契約とされているところ、そもそも、①社債は、会社が会社法に従って自ら利率等の募集事項を定めて募集し、引受けにより成立するもので、その成立までの手続が法定されているなど金銭消費貸借と同じとはいえないこと、②利息制限法は、制定当初は、殖産興業の名の下で会社に円滑に金銭が融資されるためという目的を有していたことは否定できないが、主な目的は、高利貸しから庶民の生活を守ることにあったといえること、③現在、社債は企業の有力な資金調達手段として重要な機能を担っており、これを阻害してはならないこと、④法務省民事局長の見解(昭和29年9月21日付登第225号東京法務局長照会、同年12月24日付民事甲第2625号民事局長回答)において、社債に対する利息制限法の適用につき消極と回答していること等を根拠にしている。
この点に関する最高裁の判例はない。他方、下級審裁判例については、本件会社が発行した一連の社債に関する本件同様の過払金返還請求訴訟について、異なる判断が出されている(否定説を採るものとして東京地判令和元・6・13金判1573号34頁、その控訴審である東京高判令和元・10・30金判1595号48頁[なお、同高裁判決につき最高裁第三小法廷は本件判決と同日付けで棄却兼不受理決定をしている(令和2年(オ)第570号、同年(受)第720号)。]事例判断であるとしつつも利息制限法の適用を肯定したものとして、東京地判平成30・7・25判タ1470号208頁)。
⑶ そもそも利息の制限は契約自由に対する制限であるところ、現行の利息制限法は、昭和29年、明治10年に制定された旧法をほぼ承継する形で制定されたものである。そして、利息制限法は、以後70年近くもの間、その制限利率や適用対象には何ら変更がない一方で、その効力は、みなし弁済規定の撤廃等、多重債務者保護のため強化されてきており、その適用範囲の検討は慎重に行う必要があると思われる。また、社債は、株式発行のように経営権に影響を受けることがなく、銀行融資のように銀行からの審査や担保の要求等もされずに、会社が主体的に契約条件を定めて発行することができる資金調達手段であり、特に中小企業の資金調達手段としては近年ますますその重要性が増してきている。このような社債の機能を利息制限法により阻害することは本来好ましいとはいい難い。この点は肯定説も否定するものではなく、肯定説であっても、将来的には、利息制限法等に除外規定を設けるなどの立法的解決を図ることを想定しているものと思われる。本件の判断には、従来の肯定説、否定説の各論拠に加え、これらの点も考慮して検討する必要があろう。また、社債は、株式発行のように経営権に影響を受けることがないほか、銀行融資のように銀行からの審査や担保の要求等をされることなく、会社が主体的に契約条件を定めて発行することができる資金調達方法であって、特に中小企業にとって近年ますますその重要性が増してきており、このような社債の機能を利息制限法により制限することは好ましいとは思われない。この点は肯定説も認めるところであり、肯定説であっても、将来的には、立法により利息制限法1条に除外規定を設けて妥当な結果となることを想定しているものと思われる。この問題の判断には、従来の肯定説、否定説の各論拠に加えこれらの点も考慮して検討する必要があろう。
⑸ このような議論もある中、第三小法廷は、まず、利息は当事者間の契約によって自由に定められるものであるところ、社債は、発行会社が事業資金を調達するため自らの経営判断により条件を定めて募集することが想定されるなど一般に想定されているような金銭消借とは異なること、利息制限法は、主に経済的弱者である債務者に不当な高利の貸付けが行われることを防止する趣旨で利息を制限したものと解されるところ、社債にはこのような趣旨が直ちに当てはまるものではないこと、今日、様々な社債が会社の資金調達に重要な役割を果たしていることからすると社債の利息を制限することは、このような社債制度の趣旨に反することとなるとして、基本的には否定説をとることを明らかにした。
ただし、社債であれば事実関係いかんに関わらず利息制限法が適用されないこととすると、貸金業者が社債に名を借りて高利を得ようとすることが容易に想定される。このような場合でも、社債の定義からすれば会社が会社法の規定に基づいて発行すれば社債であることに変わりはないから、社債に当たらないとはいい難い。そこで、第三小法廷は、このような潜脱が発生することを防止すべく、判旨のとおりの特段の事情がある場合には、利息制限法が適用され得ることを判示したものと思われる。
4 本判決の意義
利息制限法が社債に適用されるかという問題は、現在の利息制限法が制定された当時から見解が分かれ、問題となっていた問題である。本判決はこの問題に最高裁として初めて判断を示したものであり、実務上も理論上も重要と思われる。