- 1 電磁的記録を保管した記録媒体がサイバー犯罪に関する条約の締約国に所在し同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合に国際捜査共助によることなく同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことの許否
- 2 警察官が日本国外に所在する蓋然性がある記録媒体にリモートアクセスをして電磁的記録を複写するなどして収集した証拠について証拠能力が肯定された事例
- 3 リモートアクセスによる電磁的記録の複写の処分を許可した捜索差押許可状の執行に当たり個々の電磁的記録につき内容を確認せずに複写することが許されるとされた事例
- 4 インターネット上の動画の投稿サイト及び配信サイトを管理・運営していた被告人両名に上記各サイト上におけるわいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪及び公然わいせつ罪の各共同正犯が成立するとされた事例
- 1 電磁的記録を保管した記録媒体がサイバー犯罪に関する条約の締約国に所在し、同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合に、国際捜査共助によることなく同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは許される。
- 2 警察官が、(1)リモートアクセスによる電磁的記録の複写の処分を許可した捜索差押許可状記載の捜索場所においてコンピュータから記録媒体にリモートアクセスをして当該コンピュータの使用者のメールアドレスに係るメール等の電磁的記録を複写するなどし、(2)同所に所在するコンピュータの使用者からアカウントの付与を受けるなどして同所外のコンピュータからリモートアクセスをして電磁的記録の複写を行った場合、上記各リモートアクセスの対象である記録媒体が日本国外にあるか、その蓋然性が否定できないものであっても、(1)の手続は、コンピュータの使用者の任意の承諾に基づく任意捜査として適法であるとはいえず、サイバー犯罪に関する条約32条が規定する場合に該当するともいえないが、実質的には、司法審査を経て発付された同許可状に基づく手続ということができ、警察官は、同許可状の執行と同様の手続により、同許可状において差押え等の対象とされていた証拠を収集したものであって、同許可状が許可する処分の範囲を超えた証拠の収集等を行ったものとは認められず、警察官が、国際捜査共助によらずにコンピュータの使用者の任意の承諾を得てリモートアクセス等を行うという方針を採ったこと自体が不相当であるということはできない、(2)の手続についてのコンピュータの使用者の承諾の効力を否定すべき理由はないなど判示の事情の下においては、(1)、(2)の各手続について重大な違法があるということはできず、警察官が各手続により収集した証拠の証拠能力を肯定することができる。
- 3 捜索差押許可状によるリモートアクセスによる複写の処分の対象となる電磁的記録に被疑事実と関連する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、差押えの現場における電磁的記録の内容確認の困難性や確認作業を行う間に情報の毀損等が生ずるおそれ等があるという事情の下においては、個々の電磁的記録について個別に内容を確認することなく複写の処分を行うことが許される。
- 4 インターネット上の動画の投稿サイト及び配信サイトを管理・運営していた被告人両名が、上記各サイトに投稿・配信された動画が無修正わいせつ動画であったとしても、これを利用して利益を上げる目的で、上記各サイトにおいて不特定多数の利用者の閲覧又は観覧に供するという意図の下、上記各サイトの仕組み等を通じて動画の投稿・配信を勧誘し、投稿者及び配信者らが、上記の働きかけを受け、同様の意図に基づき、上記各サイトのシステムに従って投稿又は配信を行ったものであり、わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪及び公然わいせつ罪は、上記投稿者らが無修正わいせつ動画を上記各サイトに投稿又は配信することによって初めて成立し、上記投稿者らも、被告人両名らによる上記勧誘及び上記各サイトの管理・運営行為がなければ、無修正わいせつ動画を不特定多数の者が認識できる状態に置くことがなかったなどの本件事実関係(判文参照)の下では、被告人両名について、上記投稿者らとの上記各罪の各共同正犯が成立する。
- (1、2につき補足意見がある。)
(1~3につき)刑訴法99条2項、218条2項
(1、2につき)サイバー犯罪に関する条約32条
(4につき)刑法60条、174条、175条1項前段
平成30年(あ)第1381号 最高裁令和3年2月1日第二小法廷決定 わいせつ電磁的記録記録媒体陳列、公然わいせつ被告事件(刑集75巻2号123頁) 上告棄却
原 審:平成29年(う)第635号 大阪高裁平成30年9月11日判決
第1審:平成27年(わ)第920号 京都地裁平成29年3月24日判決
1 事案の概要
本件は、インターネット上の動画の投稿サイト及び配信サイトをX社と共に管理・運営する会社Yの代表取締役等であった被告人両名が、①X社の代表者Z及び投稿者らと共謀の上、投稿者が送信した無修正わいせつ動画データを「X動画アダルト」のサーバコンピュータに記録・保存させるなどし、不特定多数のインターネット利用者がこれを閲覧できる状態を設定し、アクセスしてきた者にこれを閲覧再生させたというわいせつ電磁的記録記録媒体陳列、②Z及び各配信者らと共謀の上、2回にわたり、各配信者らが「Xライブアダルト」の映像配信システムを利用してわいせつな映像を無修正で即時配信し、不特定の視聴者らに観覧させたという公然わいせつの事案である。
本件の捜査において、警察官は、Z及び被告人両名らに対するインターネットサイト「X」における公然わいせつ幇助等を被疑事実とする捜索差押許可状(刑訴法218条2項のリモートアクセスによる電磁的記録の複写の処分の許可を含むもの)等に基づき、Y事務所において、捜索等の執行を開始した。警察官は、これに先立ち、外国の主権を侵害するおそれがあることを考慮して、日本国外に設置されたメールサーバ等にメール等の電磁的記録が蔵置されている可能性があることが判明した場合には、令状の執行としてのリモートアクセス等を控え、パソコンの使用者の承諾を得てリモートアクセス等を行う旨事前に協議をしており、この方針に基づき、被告人両名を含むY関係者から承諾を受け、Y関係者が使用するパソコンからリモートアクセスを行い、メール等の電磁的記録の複写を行ったパソコンについては被告人乙から任意提出を受ける手続をとった(手続㋐)。さらに、上記複写作業等が続いている状況において、警察官は、Yから、よりYの業務に支障が少ない方法として、警察のパソコンでメールサーバ等にアクセスできるアカウントを付与するなどしてY事務所以外の場所でダウンロード等ができるようにする旨の提案を受け、協議を経て被告人乙が作成した承諾書に基づき、Y事務所外の適宜の機器からリモートアクセスを行い、電磁的記録の複写を行った(手続㋑)。なお、上記各リモートアクセスの対象である記録媒体は、日本国外にあるか、その蓋然性が否定できないものであった。
本件の主たる争点は、①警察官が日本国外に所在する蓋然性のある記録媒体にリモートアクセスをして電磁的記録を複写するなどして収集した証拠の証拠能力の有無、②被告人両名についての上記各罪の各共同正犯の成否である。
2 訴訟の経過
第1審は、争点①につき、手続㋐、㋑により収集された証拠は被告人乙らの任意の承諾に基づいて収集したものであるから、その収集過程に違法があるとは認められず、上記各手続がリモートアクセス先のサーバ設置国の主権を侵害するとも認められないなどとして上記証拠を採用するなどし、争点②につき、被告人両名には少なくとも共謀共同正犯が成立すると認め、被告人両名をそれぞれ懲役2年6月及び罰金250万円(懲役刑につき4年間執行猶予)に処した。
被告人両名が控訴したところ、原判決は、争点①につき、手続㋐についてY関係者は前記捜索差押許可状等の執行による強制処分と誤信して応じた疑いがあり、Y関係者の任意の承諾があったとは認められないとしつつ、手続㋐のリモートアクセス等は、実質的には刑訴法に則って発付された同許可状に基づく強制捜査として行われたとみられ、サーバ所在国の主権侵害等があったとしても、証拠能力を失わせるほどの重大な違法には当たらない、手続㋑についてY関係者の承諾の効力を否定する理由はないなどと指摘して、手続㋐、㋑に令状主義の精神を没却するような重大な違法があったことを否定し、争点②につき第1審の判断を是認して、各控訴を棄却した。
これに対し、被告人両名が上告した。
第二小法廷は、争点①につき決定要旨1ないし3、争点②につき決定要旨4のような職権判断を示し、各上告を棄却した。
3 解説
(1)決定要旨1、2について
ア 問題の所在
情報技術の発展に伴い、コンピュータや電磁的記録の特質に応じた証拠収集等の手続を整備する必要が生じており、また、サイバー犯罪に関する条約(サイバー犯罪条約)は、国際的に協調してサイバー犯罪に効果的に対処する上で重要な意義を有するという状況を背景として、平成23年に刑訴法が改正された。リモートアクセスによる複写の処分は、同改正により導入されたものであり、差し押さえるべき物である電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体が、当該電子計算機で作成、変更した電磁的記録等を保管するために使用されていると認められる場合には、その電磁的記録を当該電子計算機等に複写した上、当該電子計算機等を差し押さえることを認めるものである(刑訴法99条2項、218条2項)。
しかし、インターネットは世界規模のネットワークであり、電磁的記録が保存されている記録媒体は外国に所在する可能性があることから、このような記録媒体へのリモートアクセス等を行うことの許否が問題となる。すなわち、捜査は、国家主権の行使の一内容とされており、他国の領域内において捜査を行うことは、当該他国の同意がない限り、国際法上許容されない。また、刑訴法の学説上、日本の刑訴法は日本の領域外にも適用があるが、外国の主権が及ぶ範囲では制限を受け、当該外国の承認がなければ、日本の捜査機関は捜査活動を行い得ないとする見解(外国主権制限説)が有力である。そして、捜査機関が日本国内から外国にあるサーバ等にリモートアクセス等を行うことも、外国における捜査の実施とみることができるため、これを行うためには、サーバ等所在国の承認を得たり、捜査共助を要請したりしなければならないのではないか等が問題となる。
イ サイバー犯罪条約の規定内容等
この点について、国際的に統一した見解は存在しない。日本も締結している欧州評議会のサイバー犯罪条約32条は、締約国が、a公に利用可能な蔵置されたコンピュータ・データにアクセスすること、及び、bコンピュータ・システムを通じて当該データを自国に開示する正当な権限を有する者の合法的なかつ任意の同意が得られる場合に、自国の領域内にあるコンピュータ・システムを通じて、他の締約国に所在する蔵置されたコンピュータ・データにアクセスし又はこれを受領することを、他の締約国の許可なしに行うことができる旨定めている。同条約の注釈書によれば、起草者は、この領域を規律する、包括的で、法的拘束力がある制度を整備することはまだできないと判断し、国家が一方的に行動することが認められることに起草者全員が同意した場合を同条に規定するにとどめ、その他の場合については、更に経験が集積され、それらを踏まえて更に議論がなされるようなときになるまで、規定しないことに同意したものとされている。
以上を踏まえ、平成23年刑訴法改正の立案担当者は、「一般には、電磁的記録を複写すべき記録媒体が他国の領域内にあることが判明した場合において、(サイバー犯罪条約)第32条によりアクセス等をすることが許されている場合に該当しないときは、当該他国の主権との関係で問題を生じる可能性もあることから、この処分を行うことは差し控え、当該他国の同意を取り付けるか、捜査共助を要請することが望ましい」旨説明していた(杉山徳明=吉田雅之「『情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律』について(下)」曹時64巻5号(2012)1095頁)。
ウ 裁判例及び学説の状況
この問題に関する高裁レベルの判断は分かれており、①東京高判平成28・12・7高刑集69巻2号5頁は、捜査機関が検証におけるリモートアクセスという法が許容しない捜査方法を行ったことに加え、サーバコンピュータが外国に存在すると認められる場合には、基本的にリモートアクセスによる複写の処分を行うことは差し控え、国際捜査共助を要請する方法によることが望ましく、サーバコンピュータが外国にある可能性が高いことを認識していたのに主権侵害等の法的問題に適切な配慮をせず捜査目的を優先させた捜査機関には法令遵守の姿勢が欠けていたことを指摘して、上記検証には重大な違法があるとした1審判決の判断を是認し、「サーバが外国にある可能性があったのであるから、捜査機関としては、国際捜査共助等の捜査方法を取るべきであったともいえる」旨説示し、②本件原判決は、我が国の捜査機関が国際捜査共助の枠組み等により相手国の同意ないし承認を得ることなく、海外リモートアクセス等の処分を行った場合には、相手国の主権を侵害するという国際法上の違法を発生させると解する余地があり、この違法がある場合には捜査手続に刑訴法上も違法の瑕疵を帯びさせることになると考えられるが、実質的に我が国の刑訴法に準拠した捜査が行われている限り、関係者の権利、利益が侵害されることは考えられないなどとして、主権侵害の違法が直ちに証拠能力を否定する理由となることを否定し、③東京高判平成31・1・15高等裁判所刑事裁判速報集令和元年95頁は、一般に、サーバが外国にある可能性がある場合にリモートアクセスを行うためには、国際捜査共助を要請することが望ましいとしても、これを行わずにリモートアクセスを行ったことにより、我が国の刑訴法の解釈上、捜査の違法性の判断に直ちに影響を及ぼすものではなく、国際捜査共助の要請なく行われたことは、証拠能力を判断するに当たって考慮すべき事項とはいえないとしていた。
学説上は、記録媒体が日本国外に所在する場合には、国際捜査共助の枠組みによる必要があるとする見解のほか、データの蔵置場所が判明しない場合には、データが外国にあるサーバに蔵置されている可能性があるとしても、捜査機関には相手国の同意を求めたり、捜査共助を要請したりする義務はなく、直ちにリモートアクセスを行うことが認められるべきであるとする見解や、外国にあるサーバに対するリモートアクセスを一律に主権侵害と評価することに疑問を呈する見解等が主張されている。
エ 本決定について
- (ア) 本決定は、まず、決定要旨1のとおり、電磁的記録を保管した記録媒体がサイバー犯罪条約の締約国に所在し、同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合(すなわち、同条約32条bが規定する場合)に、国際捜査共助によることなく同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは許されると解すべきである旨説示した。上告趣意は、近時の欧米の立法動向等からすれば、日本国外にあるサーバへのリモートアクセスが同条bに依拠して許容されるとする原判断は国際法上認められない可能性が高く、あくまで国際捜査共助によるべきである旨主張していたが、本決定は、このような見解を明確に否定するものである。
-
(イ) その上で、本決定は、手続㋐、㋑により収集された証拠能力について、決定要旨2のような判断を示しているが、これに関しては、以下の2点を指摘できよう。
第1に、法廷意見には言及がないが、三浦裁判官の補足意見は、電磁的記録を保管した記録媒体が外国に所在する場合に、同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは、当該外国の主権との関係で問題が生じ得る旨述べている。後記のような本決定の判断内容にも照らすと、本決定は、我が国の捜査機関が外国に所在する記録媒体へのリモートアクセス及び電磁的記録の複写を行うことについては、当該外国の主権との関係で問題が生じ得るものであり、国際捜査共助によらず、当該外国の同意やサイバー犯罪条約等にも基づかない場合には、主権侵害となる可能性があること、主権侵害があったと認められる場合には、国際法上だけでなく、国内法(刑訴法)上も違法と評価され得ることを前提としているものと理解することが可能である。
第2に、外国の主権を侵害する捜査によって収集された証拠の証拠能力については、かねてから、違法収集証拠の証拠能力の問題に帰着し、実質的に刑訴法に準拠した捜査が行われている限り、関係者の権利・利益が侵害されることは考えられないから、最一小判昭和53・9・7刑集32巻6号1672頁の趣旨に従えば、上記の違法は証拠能力を否定すべき理由とはなり得ない旨の指摘がされていた(堀篭幸男「国際化と刑事手続」三井誠ほか編集代表『刑事手続 下』(筑摩書房、1988)636頁等)。日本国外にあるサーバへのリモートアクセスについても、基本的に同様の理解に立った上、外国の主権の侵害による違法性に重大な違法という要件を適用する余地はあると考えられるが、一般には、それだけで証拠排除を基礎付けるような重大な違法は認められず、データの所在国が明確に反対の意思を表明しているにもかかわらず、あえて捜査を行ったような場合にはそれが認められる余地があるという見解が主張されている(川出敏裕「コンピュータ・ネットワークと越境捜査」酒巻匡ほか編著『井上正仁先生古稀祝賀論文集』(有斐閣、2019)430頁)。本決定は、証拠能力判断の枠組みを示すことはしていないが、決定要旨2のような事情を指摘して、手続㋐、㋑について重大な違法があることを否定し、これらの手続により収集した証拠の証拠能力を肯定できるという結論を導いていることからすると(本決定が判断の基礎とした事情については、直接判文全体に当たられたい。)、上記の見解に親和的な考え方を基礎にしているという見方をすることは可能であるように思われる。いずれにせよ、三浦裁判官の補足意見が、本件においては、手続㋐、㋑の各リモートアクセスの対象である記録媒体がサイバー犯罪条約の締約国に所在するか否かが明らかではないが、このような場合、その手続により収集した証拠の証拠能力については、決定要旨1をも踏まえ、(電磁的記録を開示する正当な)権限を有する者の任意の承諾の有無、その他当該手続に関して認められる諸般の事情を考慮して判断すべきである旨述べているのは、参考になると思われる。 - (ウ) 本決定は、基本的に原判決が認定した事実関係に即して、手続㋐、㋑により収集された証拠の証拠能力について事例判断を示したものである。外国にある記録媒体に対するリモートアクセスに関しては、国内外の議論も分かれているところであり、最高裁として、現段階において、包括的、一般的な基準を定立することは避けるのが相当であるという判断がされたものと推察される。
(2)決定要旨3について
ア 本件において、警察官は、手続㋐、㋑のリモートアクセスによる電磁的記録の複写を行うに当たり、対象となる記録領域内に保存されている電磁的記録について、前記被疑事実との関連性の有無を個別に確認することなく一括して複写するという手法を用いていたことがうかがわれるとされている。この点について、上告趣意は、令状主義による統制の下、被疑事実と関連性の認められる物に限って差押えが許されるという原則に反する旨主張していた。
イ 周知のとおり、電磁的記録媒体の差押えについての判例として、最二小決平成10・5・1刑集52巻4号275頁がある。同決定は、①フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められること、②そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があることという事情が認められる場合に、内容を確認せずにフロッピーディスク等を差し押さえることが許されるとしたものであるが、①と②は当該事案を前提とした例示と解されている(池田修・最判解刑事篇平成10年度87頁)。
リモートアクセスによる複写の処分の対象となるべき電磁的記録について、平成23年刑訴法改正の立案担当者は、被疑事実との関連性があると思料されないものを差し押さえることが許されないことは差押え一般の場合と基本的に同様であると考えられるとしつつ、上記平成10年決定に言及しつつ、法文上複写の処分の対象とされている電磁的記録については、通常、被疑事実との関連性があると思料されるものと考えられるから、個々の電磁的記録について、個別に被疑事実との関連性の有無を判断しなければならないわけではないと考えられるが、差押えの現場において、被疑事実との関連性があると思料される電磁的記録とそれ以外の電磁的記録との区別が容易である場合に、捜査機関が明らかに被疑事実との関連性がないと思料される電磁的記録の複写を殊更に行うことは許されないと考えられる旨説明していた(杉山=吉田・前掲1097頁)。
ウ 本決定は、判例(上記平成10年決定)違反をいう所論を事案を異にする判例を引用するものとして退けた上、前記捜索差押許可状による複写の処分の対象となる電磁的記録に前記被疑事実と関連する情報が記録されている蓋然性が認められることを前提として、現場における電磁的記録の内容確認の困難性や確認作業を行う間に情報の毀損等が生ずるおそれ等に照らすと、個々の電磁的記録について個別に内容を確認することなく複写の処分を行うことは許される旨説示した。
被疑事実の内容やそれとコンピュータとの関係、コンピュータの利用状況等には様々なものがあり得るところ、本決定は、本件事案の具体的事実関係に即して事例判断をしたものであり、リモートアクセスによる複写の処分については当然に個々の電磁的記録の内容を確認することを要しないとしたものではないことには留意する必要があろう。
(3)決定要旨4について
ア 一般的に、共同正犯が成立するためには、2人以上の者の間に共同実行の意思及び共同実行の事実が存することが必要であるとされている。もっとも、練馬事件判決(最大判昭和33・5・28刑集12巻8号1718頁)やスワット事件決定(最一小決平成15・5・1刑集57巻5号507頁)等の判例は、実行行為を直接分担しない者について共謀共同正犯の成立を認めており、実務は、実行共同正犯と共謀共同正犯を統一的に把握し、共謀を実行時点における犯罪の共同遂行の合意と理解した上、「自己の犯罪」を遂行する意思(正犯意思)を有する者を共同正犯とし、「他人の犯罪」に加担する意思を有する者を狭義の共犯とする主観説によってきたといわれている。学説においても、共謀共同正犯を肯定する見解が多数となっており、実行の分担に準ずるような重要な役割を果たしたと認められる場合に共同正犯性を肯定すべきとする見解が有力である。
イ 違法なコンテンツがアップロードされたサーバを管理・運営するプロバイダ等の刑事責任に関する裁判例としては、わいせつ物公然陳列罪の単独正犯の成立を認めた大阪高判平成11・8・26高刑集52巻1号42頁、わいせつ画像をアップロードした者らとのわいせつ文書陳列罪の実行共同正犯の成立を認めた横浜地判平成20・1・17LLI/DB L06350161、アダルトライブチャットの出演者らとの公然わいせつ罪の共謀共同正犯が成立するとした東京地判平成22・6・30D1 -Law 28175102等があるほか、共同正犯の成否について1、2審で判断が分かれた事案として、横浜地判平成29・5・16LLI/DB L07250440、東京高判平成30・2・6高刑速平成30年93頁がある。同事案は、インターネット上の画像共有アプリケーションソフトを運営管理する会社の経営者について、わいせつ動画等をアップロードするユーザーらとの間で児童ポルノ等の公然陳列の共同正犯が成立するかが争われたものであるが、1審判決が被告人とユーザーとの間にはわいせつ動画等の公然陳列についての意思連絡があったとして、共同正犯の成立を認めたのに対し、2審判決は、被告人とユーザーとの間に、共同正犯の成立を認める前提となる意思の連絡があったとみることはできず、被告人はユーザーがわいせつ画像等をアップロードする行為を幇助したにとどまるとした(ただし、被告人には同社従業員との共謀による共同正犯が成立すると認められるとして、1審判決の誤りは判決不影響とした。)。
学説においては、従前から、プロバイダ等が違法な情報の掲示を主な目的とした電子掲示板を運営し違法な情報の投稿を慫慂する等の積極的関与が認められる場合に投稿者との共同正犯が成立する可能性を肯定する見解(島田聡一郎「判批」刑事法ジャーナル9号(2007)142頁、佐伯仁志「プロバイダの刑事責任」堀部政男監修『プロバイダ責任制限法 実務と理論』〔別冊NBL141号(2012)〕167頁)が主張されていた。
もっとも、本件原判決に対しては、被告人両名は投稿・配信の時点で実行犯(前記投稿者ら)を特定して認識していないこと、実行犯が被告人両名の意思に拘束されずに自由かつ主体的に犯罪を実行したこと等を指摘して、被告人両名に共同正犯は成立せず、幇助犯しか成立し得ないとする見解(豊田兼彦「判批」速判解24号(2019)178頁)がある一方、本件について共謀共同正犯の成立を肯定するのは困難であるが、実行共同正犯としての構成が考えられるなどとし、具体的には、「公然性」の作出を実行行為の一部又は構成要件的状況の作出と解して実行共同正犯の成立を肯定する(伊藤嘉亮「本件原審判批」法時91巻5号(2019)153頁)、複数の構成要件要素が定められている構成要件について個別の構成要件要素を充足する点で相互に補充し合う関係に立つ者を共同正犯にしてよい(樋口亮介「実行共同正犯」前掲井上古稀170頁)という理論構成を提示する見解も見られた。
ウ 本件においては、被告人両名らによる投稿・配信の勧誘及び前記各サイトの管理・運営行為がなければ、前記投稿者らが無修正わいせつ動画を投稿・配信して不特定多数の者が認識できる状態に置くことはなかったという本決定の認定を前提とすれば、被告人両名が前記各罪の実現に不可欠ないし重要な寄与をしたと評価できることについては、特に問題がないと思われる。
本件事案の最大の特徴は、練馬事件やスワット事件と異なり、被告人両名と前記投稿者らが謀議行為を行い、あるいは、被告人両名と前記投稿者らとの間に強固な人間関係があり犯行時に行動を共にしていたといった事情はなく、被告人両名が前記投稿者らの具体的な投稿・配信行為を認識していたわけでもない、という点にあるといってよいであろう。上告趣意は、正にこの点を捉えて、被告人両名は前記投稿者らとの意思連絡を欠き、共謀を認める余地はない旨主張していた。
これに対し、本決定は、被告人両名らは、前記各サイトに投稿・配信された動画が無修正わいせつ動画であったとしても、これを利用して利益を上げる目的で、前記各サイトにおいて不特定多数の利用者の閲覧又は観覧に供するという意図を有しており、前記各サイトの仕組みや内容、運営状況等を通じて動画の投稿・配信を勧誘することにより、被告人両名らの上記意図は前記投稿者らに示されており、他方、前記投稿者らは、上記の働きかけを受け、同様の意図に基づき、前記各サイトのシステムに従って投稿・配信を行ったものであり、前記投稿者らの上記意図も、被告人両名らに対し表明されていたといえ、 被告人両名らと前記投稿者らの間には、無修正わいせつ動画を投稿・配信することについて、黙示の意思連絡があったと評価することができるとして、共同正犯の成立を肯定した。
共謀ないし意思の連絡を認定するためには、犯行の本質的部分について共犯者間の了解が必要であると考えられるものの、犯行の日時・場所・方法等の詳細についての認識や共犯者間の人的関係等は不可欠の要件ではないと解され、本決定は、事例判断ではあるが、このことを示したものと理解することができる。上告趣意は、前記投稿者らが被告人両名の意思に束縛されることなく自由意思で犯罪を行ったことも強調していたが、心理的拘束を共同正犯一般の成立要件として要求するのは相当でないと考えられ、本決定も同様の理解に立つものと推測される。なお、本決定は、共同正犯の成立を認めるに当たり、特定の理論構成を採用したことを示すものではない。
(4)本決定の意義
本決定は、最高裁が、日本国外に所在する蓋然性がある記録媒体へのリモートアクセス等により収集された証拠の証拠能力に関し、初めて判断を示すとともに、先例の少ない類型の事案について共同正犯の成立を肯定する判断を示したものである。いずれも事案に即した判断ではあるものの、実務上、重要な意義を有するものと思われる。