◇SH0482◇最二小決 平成27年9月18日 不当利得返還請求事件(千葉勝美裁判長)

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 本件は、区分所有建物(本件マンション)の区分所有者の1人であるXが、同じく本件マンションの区分所有者であるYに対し、不当利得返還請求権に基づき、Yが本件マンションの共用部分を第三者に賃貸して得た賃料のうち共用部分に係るXの持分割合相当額の金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

 Yは、携帯電話会社との間で、携帯電話基地局を設置する目的で、本件マンションのうちYの専有部分並びに共用部分である塔屋及び外壁等を賃貸する旨の賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結し、本件賃貸借契約に基づき、アンテナの支柱、ケーブルの配管部分等が共用部分に設置された。

 Xは、本件賃貸借契約の賃料のうち共用部分に係るXの持分割合相当額(賃料のうち共用部分の使用の対価に相当する部分にXの持分割合を乗じた額)について不当利得が成立すると主張した。これに対して、Yは、本件マンションの管理規約に、「塔屋、外壁及びパイプシャフトの一部については、事務所所有の区分所有者(Yはこれに当たる。)に対し、事務所用冷却塔及び店舗・事務所用袖看板等の設置のため、区分所有者に無償で使用させることができる」旨の定めがあることから、不当利得は成立しないと主張したほか、共用部分から発生する収益について個々の区分所有者が当然に具体的な請求権を行使することはできないと主張した。

 

 原審は、管理規約における無償使用についての定めが適用されるとのYの主張を排斥し、不当利得の成立を認めた。しかし、原審は、区分所有建物の共用部分の管理は団体的規制に服するから、本件マンションの区分所有者であるからといってXがその不当利得返還請求権を行使する余地はないなどとして、Xの請求を棄却すべきものとした。

 これに対し、Xが上告受理の申立てをしたところ、第二小法廷は、上告審として事件を受理した上、判決要旨のとおり判示して、上告を棄却した。

 

 区分所有建物の共用部分は、区分所有者全員の共有に属するものとされているが(建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)11条本文)、共用部分について生ずる不当利得返還請求権の帰属・行使については学説上争いがある。

 まず、請求権の帰属については、各区分所有者に分割的に帰属するとの見解(吉田徹編著『一問一答改正マンション法』(商事法務、2003)30頁、鎌野邦樹=山野目章夫編『マンション法』(有斐閣、2003)90~91頁〔舟橋哲〕等。通説であるとみられる。)と区分所有者全員に団体的に帰属するとの見解(新田敏「マンションの共用部分から生ずる金銭債権の性質」杏林社会科学研究18巻2号69頁)がある。この点に関する判例として、マンションの管理組合が、共用部分に瑕疵が生じたと主張して、建設会社及び販売会社に対して不法行為に基づく損害賠償請求をした事案に関し、当該損害賠償請求権は各区分所有者に分割的に帰属するとして管理組合の請求を棄却した原判決(東京高判平成8・12・26判時1599号79頁)を正当として是認した、最三小判平成12・10・10公刊物不登載がある。本件においては、当事者も原判決も不当利得返還請求権が各区分所有者に分割的に帰属することを前提としていると考えられる。

 次に、分割的帰属を前提とした請求権の行使については、各区分所有者が自己に帰属する請求権を個別に行使することができるとの見解(分割的帰属を主張する見解は、基本的にこの見解に立つとみられる。)と、共用部分の管理は排他的な団体的管理に服するとして区分所有者の団体あるいはその執行機関である管理者のみが請求権を行使することができるとの見解(平野裕之「マンションの共用部分の瑕疵と区分所有者の交替」ジュリ1402号23~24頁)がある。この点について明示的に述べた裁判例は見当たらないが(前者の見解を当然の前提にしていたのではないかと考えられる。)、原判決は後者の見解を採ったものと考えられる。

 

 本判決は、一部の区分所有者が共用部分を第三者に賃貸して得た賃料のうち各区分所有者の持分割合に相当する部分につき生ずる不当利得返還請求権(本件請求権)について、原則として各区分所有者が自己に帰属する請求権を個別に行使することができるとの立場を示した上で、区分所有建物については区分所有者の団体が存在し、共用部分の管理が団体的規制に服していること、本件請求権が共用部分の管理と密接に関連するものであるといえることなどから、区分所有者の団体は、区分所有者の団体のみが本件請求権を行使することができる旨を集会で決議し、又は規約で定めることができ、この場合には、区分所有者は、自己に帰属する本件請求権を行使することができないとした(判決要旨1)。共用部分について生ずる損害賠償請求権や不当利得返還請求権に関してこのような見解を示した学説は見当たらないが、同じく各区分所有者に分割的に帰属すると解されている共用部分に関する損害保険金請求権については、区分所有者の内部関係において権利行使に制限を付すこと(例えば、区分所有者による個別的受領を制限し、管理者が代理受領した保険金は修繕積立金と同じように管理組合にプールする旨を定めること)は、共用部分の管理に関する事項として規約で定めることが可能であるとの見解が、昭和58年の区分所有法改正の際に立案担当者によって示されていた(濱﨑恭生『建物区分所有法の改正』(法曹会、1989)64頁。この改正の際に法務省が取りまとめた要綱試案においては、「共用部分に関する損害保険金請求権の取立て及び譲渡、担保権の設定その他の処分についての制限規定を設ける必要があるか。」が問題とされ、これに対し制限規定を設けるべきとする意見が比較的多数寄せられた。しかし、保険金請求権の担保化の道を閉ざすことは適当でなく、保険金が共用部分の修復等の費用に充てられることを確保するために担保権の実行等を制限する制度を設けることは立法技術上著しく困難であるなどとして法制化は見送られた。同書25頁、63~64頁)。本判決は、この見解と基本的な発想を同じくするものと考えられる。

 本判決の考え方に対しては、集会における議決権の過半数を有する区分所有者が共用部分を不法に第三者に賃貸した場合に、その余の区分所有者が不当利得返還請求権を行使することができなくなって結論が不当であるとの批判があり得る(論旨も同旨をいうものと解される。)。しかし、共用部分の管理に関する事項については、集会の決議又は規約の定めがあれば区分所有者全員がこれに拘束されるというのが区分所有法の枠組みである以上、この結論が必ずしも不当であるとはいえないものと思われる。ただし、場合によっては、管理者に対する監督(管理者解任の訴え(区分所有法25条2項)等)や集会の運営の適正化(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律上の決議の瑕疵に関する訴えの規定の類推適用等)により対処することが考えられる。

 なお、本判決のいうような集会の決議又は規約の定めがある場合、区分所有者の団体が「法人でない社団」(民訴法29条)としてその名において訴訟を提起するか、又は区分所有者の団体の執行機関である管理者が区分所有法26条4項の規定によりその名において訴訟を提起することになる(濱﨑・前掲225頁参照)。

 

 本判決は、前記4の法理を前提に、管理者が共用部分の管理を行い、共用部分を特定の区分所有者に無償で使用させることができる旨の本件マンションの管理規約中の定めは、区分所有者の団体のみが本件請求権を行使することができる旨を含むものと解して、Xは本件請求権を行使することができないとした(判決要旨2)。本判決は、共用部分の管理を団体的規制に服させている区分所有法の趣旨を重視して、通常の契約解釈よりも相当程度緩やかに規約を解釈したものと考えられる(実際上も、本件請求権を行使して得られる金員は、区分所有者の団体が一元的に請求して受領し、団体的意思決定を介して建物の管理等の費用に充てることが建物の円滑かつ適正な管理という観点から望ましいと考えられる。)。本判決の考え方によれば、国土交通省が管理規約の標準モデルとして作成しているマンション標準管理規約(単棟型)16条(管理組合が敷地及び共用部分等の一部を第三者に使用させることができる旨を定める規定。文言等については、稻本洋之助=鎌野邦樹編著『コンメンタール マンション標準管理規約』(日本評論社、2012)62頁以下参照)等は、区分所有者の団体のみが本件請求権を行使することができる旨を含むものと解されるのではないかと考えられる。なお、本判決は、区分所有建物の共用部分について生ずる本件請求権以外の不当利得返還請求権や損害賠償請求権を規約等により制限することができるか否かについて判示するものではないが、本件請求権以外にその行使を規約等により制限することができる請求権があるとすると、どのような規約の定め等が区分所有者の団体のみが当該請求権を行使することができる旨を含むものと解されるかは、当該請求権の性質等により異なるものと考えられる。

 

 本判決は、区分所有建物の共用部分について生ずる不当利得返還請求権を各区分所有者が個別に行使できない場合があるかという点について、最高裁が初めて判断を示したものであり、規約の解釈の点も含め、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられることから、紹介する次第である。

 

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